Shiny NOVA&WショーカのNEOスーパー空想(妄想)タイム

主に特撮やSFロボット、TRPGの趣味と、「花粉症ガール(粉杉翔花&晶華)というオリジナルキャラ」の妄想創作を書いています。

リアルと非リアルの壁を越える考察話

没入(イマーシブ)というキーワードを越えて

 

NOVA「前回は、うまく着地できなくて話が終わった消化不良の回だった」

晶華「別に論文でもないし、起承転結のある物語でもないのだから、結論がまとまらなくてもいいんだけどね」

翔花「雑談が楽しかったら、それでいいし」

NOVA「それこそ、居酒屋での飲み話とか、ファミレスでダベってるとか、そういうレベルだったからな。時間が来たり、文章の尺がある程度を越えたら、そろそろ締めないとって感じで、おざなりに終わった感だ」

晶華「食事会なら、締めはデザートで、とか、カラオケOFFなら最後にみんなで歌える定番曲で盛り上げて終わるってことも可能よね」

NOVA「コロナ禍以来、カラオケにもあまり行ってないよな。まあ、さすがに昔みたいに、カラオケ3時間って体力はなくなって、1時間かそこらで息切れするようになったのは残念。歌っている時間よりも、喋っている時間の方が多いのは、コスパが悪いか、と思って、ご無沙汰になってるし」

翔花「カラオケにしても没入できなくなったら、その趣味は終わりってこと?」

NOVA「終わりというか、自分が歌う楽しみもあれば、気心の知れた友人の歌を聞く楽しみもあるんだよ。どんな歌の題目を上げるかで、そいつの趣味嗜好が判明することもあるし、『歌を歌いたい=そのアーティストや作品に愛着がある』ってことだからな。それによって、相手のツボや通っぷりが分かるとか、聞き役も合いの手を入れることで通じ合える面もある。まあ、久々に歌うと、昔は歌えたキーの高さが合わなくて、『声が出なくなったなあ』と年を感じることも最近はあったんだが」

晶華「最近って言っても、コロナ禍以前なんだから、もう5年ほど前の話じゃない?」

NOVA「いや、思い出した。前に歌ったのは、水木一郎さんが亡くなったとき(2022年末)に友人と追悼カラオケOFFをやった時だから……2023年の年始ぐらいか。去年の話だ」

翔花「歌手さんが亡くなった場合は、追悼カラオケになるのね」

NOVA「水木さんの場合は、幼年時代からのファンとしての義務感みたいに痛切に思ったからな、個人的に。そこで、哀悼の念を共有できるのが、気心の知れた関係ってものだと思うな。同じものを見たり聞いたりして、同じような気持ちになれるような間柄というのが大事で、そういう場面で変なオリジナリティはいらないんだ。

「恩人や推しの表現者が亡くなったら、素直に悲しみ、生前の功績への感謝の念を示すとか、好きな作品に感じ入ったら、その感情を表明し、その後で、考察とか批評とかを独自に加える。先に愛情を表明して、知的な何かはその後で、愛情を深めるためとか、自己主張の材料にする。段取りとか順番を外して、変な個性をいきなりぶつけて来るようなのは、コミュニケーション下手だと思うな」

晶華「人が悲しんでいる場面で、その悲しみを共有していないような発言は、さすがに空気が読めていないというか、失言レベルじゃ済まないと思う」

NOVA「こればっかりは、感情がこみ上げている場面で、いらんことを言ったら、殴られても当然、というのが昭和のフィクションあるあるだな。誰かが亡くなったシーンで、みんなが悲しんでいる場面で、『あいつは地獄堕ちだろうさ。自業自得だな』なんて暴言は、味方だったらしない。TVの毒舌コメンテーターでも、そこは弁えていると思うし、政敵が亡くなった際に、共産党の党首の人でもさすがに常識はわきまえていた。そこで、礼儀をわきまえた大人みたいに振る舞えないのは、主張の是非に関わらず、全ての信用を失墜させてしまう品性のなさなわけだ。敵ながら天晴れ、なのと、唾棄すべきクズ悪党の差が見て取れると言ってもいい」

翔花「みんなが悲しんでいる場面で、一人だけクールに達観しているようなキャラもいるけど?」

NOVA「『いつまでも悲しんでも仕方ない。あいつの残した分まで、頑張らないとな』と仕切る役もいるが、それとは別に『ここで死んで良かったのかもな。この先は地獄だ』とか、ハードボイルドに振る舞ったり、まあ、作風にもよるし、『悲しんでいても、死んだ奴は帰って来ない。悲しむだけ時間の無駄だ』とか、本当に人情を分かってなくて、主人公の怒りを煽るだけのクールキャラもいて、そういうのを格好いいとセリフだけ真似して、キレられる読解力の低いファンもいる」

翔花「どういうこと?」

NOVA「クールキャラは、熱血主人公と対比するように配置されて、主人公の引き立て役なのが本義なんだ。だから、悲しんでいる主人公の感情を焚きつけもするし、それをきっかけに主人公の激情を演出できる。そしてキレた主人公に殴られたりしたクールキャラが、後の場面で『俺としたことが、変に悲しみに呑まれまいと、つまらんことを言ってしまったな。あいつに殴られたのも当然だ』と冷静に自己分析したり、『ああでも言わないと、あいつは立ち直れないと思ったからな』とか独白したり、人前ではクールぶっていたのが一人になってから自分の部屋で『畜生。何で死んでしまったんだ〜』と後から遅れて悲しさを表明したり、もっと悲惨な死を見て来たから感情を失っているという設定が後から語られたり、いろいろ格好よく扱う作劇演出が考えられる」

晶華「嫌われ役をどう格好よいライバル格に持ち上げるかって創作手法ね」

NOVA「そこまで計算して、自己演出に使える役者タイプならいいんだけど、たいていは独り善がりで、周りに伝わっていないから孤立せざるを得ない。普通はそこまで考えずに、天然に失言暴言を吐いて、人間関係を修復することすらできないからな。創作の意図的な演出と、リアルの感情はずいぶんと違う。フィクションのクールキャラは、熱血キャラ同様、相当にデフォルメされているので、そのまま演じると、たいてい破綻する」

翔花「でも、クールキャラって、リアルで考えると、たいていコミュ障よね」

NOVA「その辺の解像度が上がったから、近年は残念クールと揶揄されるケースが増えてるな。まあ、昔のチーム物は、熱血赤、クール青、コミカル黄の3パターンに分けられて、普通はリーダー赤に感情移入するんだけど、クール青に感情移入するファンもいるし、それだけだと話がギスギスするから、仲を取り持つ和ませ役のコミカル黄が配置される*1

「一方で、芸達者な兜甲児くんは、どの役割も果たせるわけで、いろいろな相棒の性格に応じて、芸風を広げて行った稀代の主人公なわけだよ。スパロボだと、熱血バカでコミカルな面が強調されがちだけど、それは相方が戦闘マシンの鉄也さん(クール)だったり、真面目キャラの大介さん(孤高の王子)だったりして、引き立て役に回されたから」

晶華「兜甲児さんはコミュ障じゃないし、相手に応じた立ち振る舞いができるので、主役もできれば、サポートキャラもしながら、立派にドラマの主軸を回せるってことね」

NOVA「そういう完璧なヒーロー像に憧れて来たわけさ、俺は。熱血成分と、クール成分と、コミカル成分をバランスよく兼ね備え、そこにヒロイン要素と、無邪気な少年モードを加味すれば、一人でチームが構成できる。さらに、陣営移行しがちな追加戦士成分とかな」

翔花「何でもできる立ち回り方で、芸達者を目指して来たのか。それって凄くない?」

NOVA「だから、躁鬱気質になってしまったのかもしれないし、的が定まらない寄り道脱線癖もそれゆえかもな。やっぱり、主軸が何かを見失うと、人間は不安定になりがちだ。だからこそ、これが柱だってものを明示して、そこはブレないって振る舞い方で周りからの信頼を得ておかないと、『あいつはコロコロ変わって信用できない』と思われてしまう」

晶華「そもそも、話題がコロコロ変わると、読者さんは何を期待して読めばいいのか、困惑するでしょ?」

翔花「的を定めないと、迷子になっちゃう」

 

的は何?

 

NOVA「見えている的は、前回の続きの『脱出ゲームのEXITに起因するゲームとストーリーの融合に関する創作手法』なんだが、EXITについては、俺のリサーチ不足ということが分かって、今後の課題という結論。創作手法については、ずっといろいろな観点で思うところをつらつら述べているが、雑多な要素をばら撒いているだけで、まとまりに欠けることは否めない。個々のネタは面白いと思っているが、縦糸の見えない個別エピソードを連ねただけって感じだな。今の連続アニメだと、『ストーリー構成、仕事しろ』とツッコミ入れられるレベルだ」

晶華「EXITは一端、捨てて、『ゲームとストーリーの融合』に軸足を定めましょう」

NOVA「ゲームで大事なのは、プレイヤーの当事者感覚なんだよな。普通のゲームだったら、プレイヤーが競技者として参加しないと遊戯として成立しないから、当事者感覚が損なわれることはない」

翔花「システムがつまらなかったり、逆に複雑で難解すぎたりすると、没入できなくなってしまうのだけどね」

NOVA「それは、システムとプレイヤーの相性だから、自分や仲間の習熟度に応じたシステムのゲームを選択する必要がある。基本は、初心者向きゲームから徐々に難易度を上げてマニアックな世界に踏み込みつつ、手慣れたシステムに没頭したり、飽きて違うシステムを楽しんだり、いろいろな経験を積み重ねるのがゲーマーってものだな」

晶華「そして経験を重ねれば、ゲーマー同士の共有体験に基づく通な会話で花を咲かせることもできる、と」

NOVA「人気のあるシステムだったら、共有体験を語れる相手も多いから、ソード・ワールドのピンゾロ50点!』というネタだけで軽い笑いをとれたりもするわけだ」

翔花「ルールを知らないと、それの何が面白いか分からないよね」

NOVA「サイコロを振って、1のゾロ目が出ると行為判定に絶対に失敗するので、プレイ中は『キャラがドジを踏んだ』という扱いになる。格好よく活躍しようとしたところで、滑って転んでギャーとなるような失敗ネタだな。それだと、あまりに可哀想なので、1のゾロ目が出ると『経験点を50点だけもらって、大失敗から学ぶというルール』ということで、『大失敗だけど経験点が増えたのはラッキー。笑いでウケをとったのもラッキー♪』というプレイヤー心理をネタにしたゲーマージョークなわけだな」

晶華「リアルで失敗した人に、『ピンゾロ50点』と言うと、分かっている人間には『ドンマイ、失敗は成功のもと』ぐらいな意味で伝わる、と」

NOVA「揶揄というか、励ましの意味もあるな。気心の知れたゲーマー仲間だと」

翔花「共通体験で通じ合える仲ってのはあるよね」

NOVA「それが同じTV番組を見て、好意的な感想のやり取りだったり、『こいつは8割程度、気が合って基本は楽しく付き合えているから、1割2割の失言は気にならないわ。それにカチンと来たことは、その場で伝えれば、すぐに謝ってくれるしな。まあ、顔色見たら、相手もマジで怒ってるの分かるし、こっちもすぐに謝ろって思えるし、お互いさまで、上手く付き合えるわ』ぐらいな距離感かな。気心が知れているから失言も許されるなんて都合のいい関係じゃなくて、失言一発で破綻し兼ねないデリケートな人間関係を手探りで紡ぎながら、共通話題の積み重ねで楽しさを共有する中で、『ここまでは言っても大丈夫。ここからは踏み込まない方がいいな』って距離感をつかんで、そつなく付き合えるようになったのが気心が知れた間柄ってことで」

晶華「相手を怒らせて、謝罪にも応じないようでは、人の気心なんて一生、知り合えないでしょうね」

NOVA「『悪かったな』『いや、こちらこそ。今後はお互いに失礼のないよう、気を付けましょう』 この程度で済むことを、その場で修復せずに生きていると、人付き合いなんてできないわ」

翔花「ゲームだったら、『ごめん。ピンゾロ振った(orz)』だけで、関係性が紡げたりするのよね」

NOVA「失敗からのリカバリーは、ゲーマーにとっての必須のコミュニケーション技能だからな。サイコロを振る以上は、ランダムに失敗することは誰にでもあるし、経験豊富なゲーマーほど失敗体験は数多く重ねているものではないだろうか」

晶華「リアルの失敗じゃないから、笑って許される面もあるし、失敗体験シミュレーターみたいな面もあるわね」

NOVA「失敗体験をお笑いネタとして昇華できてこそ、一流の芸人という話もあるしな」

 

多様な主人公観

 

晶華「で、NOVAちゃんの寄り道脱線芸は、記事の構成としては失敗の一ケースなんだけど?」

NOVA「まあ、失敗して立て直そうともがくのも、書き手の当事者感覚なんだな。お笑いネタになってるかどうかは知らんが、ある意味、この記事書きそのものが、今の俺にとっては高度なストーリーゲームになってる感じもある。文章をつなげて、当初の目的=『ゲームとストーリーの融合』に到達できることを目指すソロプレイ感覚」

翔花「ああ、この記事自体がリプレイね」

NOVA「そして、普通のゲームは勝利条件を目指すために、プレイヤーが当事者感覚で没入するのが理想で……って話だが、ストーリーゲームだと、プレイヤーがどの視点で物語に参加するかが問題となる」

晶華「ふむふむ。物語には登場人物がいるから、どのキャラに没入できるかが問題になるわけか」

NOVA「そして、小説では主人公に自己を投影できるのがベストだが、癖の強い主人公の場合は、作者の意図に反して、別の推しキャラを見出す読み方もある。魅力的な脇キャラに感情移入しながら、主人公へのツッコミに共感できたりもするわけだ」

晶華「『指輪物語』ではフロドが主人公だけど、従者のサムワイズを推す人も多いし」

NOVA「終盤は、ヒロイン役みたいになったフロドに代わって、忠義の従者英雄として大活躍するからな。もちろん、メリーやピピンだったり、アラゴルンだったり、エオウィンとファラミアだったり、レゴラスギムリだったり、もちろんガンダルフだったり、いろいろなキャラがそれぞれのシーンごとに見せ場を飾る戦史ロマンにも似た群像劇なのが指輪の魅力で、もちろん討ち死にしたボロミアのファンだったり、悪の従者たる蛇の舌グリマに感情移入してもいいわけだ」

晶華「いや、普通、グリマに感情移入はしないでしょう?」

NOVA「主人のサルマンは、ガンダルフに対するアンチテーゼだが、映画だと割愛されたホビット庄での終盤エピソードでは『成長したフロドとサルマン』の対峙が描かれる。フロドとサルマンが対比されるなら、従者のサムワイズとグリマを対比して、何かを語ることもできるわけだよ。『指輪物語における従者論』ってのは良いテーマになりそうな気がする」

翔花「書くの?」

NOVA「書かない。ほんの思いつきのアイデアに過ぎないので、話を戻す。長編だと、作者自身が当初の主人公の役割をシフトチェンジすることもあるし、読者だって自分の推しを探す楽しみもある。主人公以外のキャラが、それぞれ魅力的に描かれていれば、そこにファンは付く。まあ、これが美少女ゲームだと、主人公の男よりも攻略対象の女の子に魅力を集中させる手法なので、主人公はどこにでもいる無個性キャラが望ましいのだが、鬼畜系ゲームだとまた違うサディスト主人公だったり、ジャンルに応じた(想定プレイヤーの願望を反映した)主人公像になりがちだ」

晶華「やってることがえげつないと、主人公像も醜悪なおじさんだったりするわね」

NOVA「ゲームの主人公は、プレイヤーの選択するゲーム内の行動によってキャラ立ちするのが基本だからな。その辺はジャンル次第だし、現実にできない過激な行動も(眉をひそめる向きもあるだろうが)秘めたる願望充足の仮想体験という意味では、それを変にリアルに持ち込まない限り、肯定されて然るべき、と俺は主張する。まあ、俺はさすがにサディスト願望はないから未プレイだけどな」

翔花「NOVAちゃんの願望は?」

NOVA「アダルト系なら、ヒロイン悪堕ち、あるいは吸血鬼などの魔物化がツボだが、こういう作品ジャンルの場合は、プレイヤーは悪の首領か怪人、もしくは吸血鬼を担当することが普通で、稀に魔物化したヒロインに襲われる一学生だったりするか。次々と魔物化するサブヒロインから逃げながら、メインヒロインといっしょに脱出するハッピーエンドが王道で、ゲームクリア後の裏ルートだと最初に主人公が魔物化して、いろいろなヒロインを襲って最後は魔物ハーレムって流れもあって、10年ぐらい前には堪能していたこともある」

晶華「今は?」

NOVA「卒業した。ヒロイン悪堕ちゲームというジャンルそのものが衰退したんじゃないかな。まあ、ゲームじゃなくて、コミックや小説なんかでは健在なんだが、メインの趣味とは言えなくて、せいぜいフレーバー程度の興味だな」

晶華「で、たまにそういう要素が私たちに漏れ出る、と」

NOVA「試してみたが、自分で書くと、意外と上手く描けないんだよな。頭の中の空想がワンパターンに固定化して、広がらないというか、そこは自家発電できない領域ということになる。描き手を尊敬してはいるが、この場で称えることも、語ることもしにくいネタだ」

翔花「思わぬ寄り道だけど、作品ジャンルによって主人公像はそれぞれってことね」

NOVA「そりゃ当然だが、ゲームの主人公って小説とはまた違った扱いなんだな。プレイヤーが主人公その人になるのか、それとも主人公の物語を観客の立場で楽しむのか。前者なら無個性で完全にプレイヤーに行動を委ねるのか、それともプレイヤーがゲームジャンルにハマれるようなキャラ設定を提示するのか」

晶華「魔物から逃げるゲームで、主人公が魔物になるのは裏ルートというか、おまけのIFルートってことね。そこはプレイヤーさんに委ねられている」

NOVA「まあ、ゾンビ系のゲームだと、ゾンビから逃げるか倒すかが正道だけど、自分がゾンビになりたいという願望もマニアックながら、一定数の需要はあるだろうしな。ゾンビみたいに怪物化してしまえば、人間の倫理なんて気にせずに平気でエロいことも大義名分をもってできるわけだ」

翔花「そういうのは大義名分とは言わないと思うけど、NOVAちゃんがそれで幸せになれるなら、わたしは止めないわよ。花粉ゾンビになってもいい」

NOVA「いや、止めろよ。俺は花粉ゾンビなんて書きたくもない。大体、何だよ、花粉ゾンビって!?」

晶華「何というか、ツッコミどころの多い動画ね」

NOVA「一番のツッコミどころは、花粉対策にマスクぐらい付けろよ、お前らってところだな。その点でリアリティに欠ける」

翔花「いや、そうじゃなくて、花粉症になって頭が巨大な花粉になるのって有り得ないでしょう」

NOVA「巨大な花粉になった後が問題だな。何を固まっているんだよ? ゾンビだったら、動けよ。動いて、非感染者を襲いに行けよ。魔物化して人を襲わない感染者フィクションなんて、つまらんだろう? 俺なら喜んで襲うね」

晶華「ちょっと、NOVAちゃん。悪堕ち禁止」

NOVA「おっと、今のは感染系の魔物の心理だな。さすがに、これがコロナだと、他人に移したいと思うほど、心は魔物になりきれない。まあ、反マスク反ワクチンなのに平気で外に出歩いて危機感を持たない連中は、人の心を持たない魔物みたいな目で見ていた時期もあるが、花粉症と違ってコロナはゾンビみたいに感染するからな。火炎放射器で殺菌処理されなかった分、リアルは非リアルよりも優しかったということだ」

翔花「ちょっと、NOVAちゃん、その発言はコロナ感染者に失礼よ」

NOVA「おっと、言い過ぎた。すまない(m0m)。リアルのコロナ感染者を差別するつもりじゃなくて、これが非リアルなゾンビワールドだったら、そういう対処のされ方が定番だなって仮想の話だ。リアルと非リアルの違いを弁えようって話だ、今回は」

晶華「一番、違いを弁えてなさそうなNOVAちゃんに言われても、説得力はないんですけど」

NOVA「それは誤解だ。リアルと非リアルの違いを弁えていないと、こういう話は書けないんだって。リアル重視の人間は、創作や仮想世界を戯言と軽視するし、逆に非リアル重視の人間は、リアルに夢や希望を持たずに非現実の空想に埋没する。俺はどちらかと言えば、後者寄りになりがちだが、それでもリアルな世界の面白さはそれなりに心得ているつもりだ」

翔花「例えば?」

NOVA「おっと、仕事の前に洗濯物を取り入れないと」

晶華「って、一体、何?」

(少しして)

NOVA「ふう、いつもブログ記事では、描写を割愛している日常の細々とした雑務。仕事も含めて、こういうのがリアルだ。食事したり、風呂掃除をしたり、クーラーのフィルターを掃除したり、リアルはそういう作業の積み重ねだな。面白いか、と言われたら、必要だからしているわけだし、そこに楽しみを見出すかどうかは人それぞれだけど、生きていくためには大切な作業だし、それができなくなると、結構、落ち込む。地に足ついた日常雑務の繰り返しが人生の半分近いかもしれないな。これを全部捨てて、楽しいことだけの非リアルな世界に生きていたいって思わなくもないけど、それはそれで味気ないわけだ」

翔花「日常リアルは様々な雑務から成って、非日常ファンタジーは楽しい趣味だけど、前者を捨てて後者だけってのは、成立しないわけね」

NOVA「そんなわけで、仕事に行って来るわ」

晶華「え? 唐突に何?」

NOVA「いや、このブログの初心者は、何だか俺がお前たちと同じ非実在キャラだと勘違いしてやしないかって気になってな。俺はリアルと非リアルの両方の世界で生きていることを確認して見せたいわけだ。じゃあ、また後で」

 

非実在ガールの日常

 

翔花「NOVAちゃん、いなくなっちゃった」

晶華「仕方ないわね。こんな中途半端な記事を残したままにしておいて。こうなったら仕方ない。NOVAちゃんがいない間に、NOVAちゃんの宿題を完成させてあげましょう。アシスタントガールの実力を見せるときよ」

翔花「そうね。NOVAちゃんにできないことをするのが、わたしたちの使命。ええと、『ゲームとストーリーの融合』だっけ?」

晶華「それと、『リアルと非リアルの壁』がどうこうとか、『主人公に感情移入できないときは、他のキャラに感情移入したらいい』とか、そんな話をうろちょろしていたんだと思う」

翔花「ストーリーゲームは、プレイヤーがどういう立ち位置でゲームの世界に没入するかで、主人公視点と観客視点の大きく2つに分かれるって話だった気もする」

晶華「ドラクエ視点と、FF視点だっけ? 小説だと、1人称小説と、3人称小説ね。たまに、ゲームブックみたいに2人称で主人公を表すことで、読者に没入させる作品もあるけど」

翔花「作者が読者に語りかけてくる文章ね。映像作品でも、『TVの前のみんな〜、私たちを応援してねえ』って話しかけてくることがあるけど」

晶華「ステージとかで、ヒーローやアイドルが観客席の子どもたちやファンに呼びかける形で、臨場感を共有するライブ感覚もあって、リアルの観客席と非リアルな舞台をつなげてみせるスタイルの典型ね。リアル脱出ゲームとか、多くのアトラクションがイマーシブ(没入型)と称されるのもそれゆえらしいわ」

翔花「コスプレとかで、自分がキャラになりきるスタイルもあるわ。見た目や形から入るスタイル?」

晶華「歴史的には、映像作品よりも前に舞台芸術があって、映画やTVは後から発展したものだけど、私たちは映像ドラマやアニメの方を見慣れていて、そっちが王道みたいに錯覚している」

翔花「ゲームもそうじゃない? 対面のアナログゲームが先にあって、デジタルゲームは後から発展した」

晶華「だけど、通信技術の発展で、TRPGもオンラインで行うスタイルが定着していたりするし、それ専用のサービスも設けられて、アナログゲームをデジタル環境で遊ぶ時代になっているのよね」

翔花「アナログゲームのデジタル化かあ。実写とアニメがCG技術で融合するみたいなものかしら」

晶華「リアルと非リアルの境界線も、技術の発展によって突破できる時代もすぐ側まで来ているのかも知れないわね」

翔花「確か、拡張現実(AR)だっけ? 現実世界にCGやデジタルデータを投影するような技術。『ポケモンGO』(2016〜)なんかでも話題になったりした」

晶華「その先に複合現実(MR)というのがあって、さらにXR(エクステンデッド・リアリティ、またはクロスリアリティ)という世界が研究中という話を聞いたけど、映画の世界ではすでに描かれているみたいね。『アイアンマン』とか『アベンジャーズ』のシリーズなんかで」

翔花「確か、『キラメイジャー』(2020)でも、それっぽい描写があったみたいだけど、わたしはよく知らないの」

晶華「確かに、デジタル科学的な描写はスーパー戦隊で一番、発展してそうだったわね。その後が、ゼンカイ、ドンブラ、キングオーで異世界色が広がって、現実風味がファンタジーに塗り替わって行ったけど」

翔花「ブンブンは、レトロな感じだし、あまりデジタルな雰囲気じゃないか」

晶華「ライダーだったら、ゼロワンさんが一番、技術的に最先端って感じ?」

翔花「その後が書物ファンタジーっぽいセイバーさん、悪魔なリバイスさん、未来科学はあったけど現実の延長には見えないギーツさん、錬金術なガッチャードさんって感じで近未来のリアリティに近いのはゼロワンさんのAI技術かあ」

晶華「案外、劇場版555のスマートブレインが一番最近のデジタル風描写かも」

翔花「荒唐無稽のファンタジーとか、超未来の夢物語じゃなくて、10年後ぐらいには実現してそうな近未来感覚って描写だと、キラメイジャーのCARATか、ゼロワンさんがリアルっぽい感じかな」

晶華「ウルトラの防衛チームはメカSFだけど、あまりデジタルって感じがしないのよね。どこかレトロなイメージで、一番最近でデジタルなのって、エックスさん(2015)まで遡るって言うか」

翔花「今のユカさんの研究室も、予算が掛かってなさそう。ノートパソコン一台で、セブンガーの改修案を一人の隊員に負わせるのって、ストレイジも予算事情が厳しそうね」

晶華「一度、解散したチームだからね。引退したセブンガーを再利用しないといけない時点で、潤沢な予算とは言い難いと思う……って、こんな話でいいのかしら?」

翔花「さあ。NOVAちゃんが帰って来ないと、答えは出ないような気がするので、今日はこれぐらいにして、ゲームを楽しみましょう。わたしはNOVAちゃん一推しのFF5をプレイしたい」

晶華「だったら、私はドラクエ6にしましょう。現実と夢、リアルと非リアルのことを考えるには、これが一番だと思うし」

(NOVA不在のまま、当記事 完)

*1:黄は基本的に赤の味方をするので、青が孤立してしまう。それだとチームが分裂するので、ヒロインが心配して青に絡んで、何故か主人公の赤よりも青と引っ付いてしまったのが最初のゲッター。最初からそうする意図ではなかったと思うけど、ストーリーの流れで結果的にそう収まってしまって、その後も青がゲッターサーガの牽引役になる。