Shiny NOVA&WショーカのNEOスーパー空想(妄想)タイム

主に特撮やSFロボット、TRPGの趣味と、「花粉症ガール(粉杉翔花&晶華)というオリジナルキャラ」の妄想創作を書いています。

リアルと非リアルの壁を越える考察話

没入(イマーシブ)というキーワードを越えて

 

NOVA「前回は、うまく着地できなくて話が終わった消化不良の回だった」

晶華「別に論文でもないし、起承転結のある物語でもないのだから、結論がまとまらなくてもいいんだけどね」

翔花「雑談が楽しかったら、それでいいし」

NOVA「それこそ、居酒屋での飲み話とか、ファミレスでダベってるとか、そういうレベルだったからな。時間が来たり、文章の尺がある程度を越えたら、そろそろ締めないとって感じで、おざなりに終わった感だ」

晶華「食事会なら、締めはデザートで、とか、カラオケOFFなら最後にみんなで歌える定番曲で盛り上げて終わるってことも可能よね」

NOVA「コロナ禍以来、カラオケにもあまり行ってないよな。まあ、さすがに昔みたいに、カラオケ3時間って体力はなくなって、1時間かそこらで息切れするようになったのは残念。歌っている時間よりも、喋っている時間の方が多いのは、コスパが悪いか、と思って、ご無沙汰になってるし」

翔花「カラオケにしても没入できなくなったら、その趣味は終わりってこと?」

NOVA「終わりというか、自分が歌う楽しみもあれば、気心の知れた友人の歌を聞く楽しみもあるんだよ。どんな歌の題目を上げるかで、そいつの趣味嗜好が判明することもあるし、『歌を歌いたい=そのアーティストや作品に愛着がある』ってことだからな。それによって、相手のツボや通っぷりが分かるとか、聞き役も合いの手を入れることで通じ合える面もある。まあ、久々に歌うと、昔は歌えたキーの高さが合わなくて、『声が出なくなったなあ』と年を感じることも最近はあったんだが」

晶華「最近って言っても、コロナ禍以前なんだから、もう5年ほど前の話じゃない?」

NOVA「いや、思い出した。前に歌ったのは、水木一郎さんが亡くなったとき(2022年末)に友人と追悼カラオケOFFをやった時だから……2023年の年始ぐらいか。去年の話だ」

翔花「歌手さんが亡くなった場合は、追悼カラオケになるのね」

NOVA「水木さんの場合は、幼年時代からのファンとしての義務感みたいに痛切に思ったからな、個人的に。そこで、哀悼の念を共有できるのが、気心の知れた関係ってものだと思うな。同じものを見たり聞いたりして、同じような気持ちになれるような間柄というのが大事で、そういう場面で変なオリジナリティはいらないんだ。

「恩人や推しの表現者が亡くなったら、素直に悲しみ、生前の功績への感謝の念を示すとか、好きな作品に感じ入ったら、その感情を表明し、その後で、考察とか批評とかを独自に加える。先に愛情を表明して、知的な何かはその後で、愛情を深めるためとか、自己主張の材料にする。段取りとか順番を外して、変な個性をいきなりぶつけて来るようなのは、コミュニケーション下手だと思うな」

晶華「人が悲しんでいる場面で、その悲しみを共有していないような発言は、さすがに空気が読めていないというか、失言レベルじゃ済まないと思う」

NOVA「こればっかりは、感情がこみ上げている場面で、いらんことを言ったら、殴られても当然、というのが昭和のフィクションあるあるだな。誰かが亡くなったシーンで、みんなが悲しんでいる場面で、『あいつは地獄堕ちだろうさ。自業自得だな』なんて暴言は、味方だったらしない。TVの毒舌コメンテーターでも、そこは弁えていると思うし、政敵が亡くなった際に、共産党の党首の人でもさすがに常識はわきまえていた。そこで、礼儀をわきまえた大人みたいに振る舞えないのは、主張の是非に関わらず、全ての信用を失墜させてしまう品性のなさなわけだ。敵ながら天晴れ、なのと、唾棄すべきクズ悪党の差が見て取れると言ってもいい」

翔花「みんなが悲しんでいる場面で、一人だけクールに達観しているようなキャラもいるけど?」

NOVA「『いつまでも悲しんでも仕方ない。あいつの残した分まで、頑張らないとな』と仕切る役もいるが、それとは別に『ここで死んで良かったのかもな。この先は地獄だ』とか、ハードボイルドに振る舞ったり、まあ、作風にもよるし、『悲しんでいても、死んだ奴は帰って来ない。悲しむだけ時間の無駄だ』とか、本当に人情を分かってなくて、主人公の怒りを煽るだけのクールキャラもいて、そういうのを格好いいとセリフだけ真似して、キレられる読解力の低いファンもいる」

翔花「どういうこと?」

NOVA「クールキャラは、熱血主人公と対比するように配置されて、主人公の引き立て役なのが本義なんだ。だから、悲しんでいる主人公の感情を焚きつけもするし、それをきっかけに主人公の激情を演出できる。そしてキレた主人公に殴られたりしたクールキャラが、後の場面で『俺としたことが、変に悲しみに呑まれまいと、つまらんことを言ってしまったな。あいつに殴られたのも当然だ』と冷静に自己分析したり、『ああでも言わないと、あいつは立ち直れないと思ったからな』とか独白したり、人前ではクールぶっていたのが一人になってから自分の部屋で『畜生。何で死んでしまったんだ〜』と後から遅れて悲しさを表明したり、もっと悲惨な死を見て来たから感情を失っているという設定が後から語られたり、いろいろ格好よく扱う作劇演出が考えられる」

晶華「嫌われ役をどう格好よいライバル格に持ち上げるかって創作手法ね」

NOVA「そこまで計算して、自己演出に使える役者タイプならいいんだけど、たいていは独り善がりで、周りに伝わっていないから孤立せざるを得ない。普通はそこまで考えずに、天然に失言暴言を吐いて、人間関係を修復することすらできないからな。創作の意図的な演出と、リアルの感情はずいぶんと違う。フィクションのクールキャラは、熱血キャラ同様、相当にデフォルメされているので、そのまま演じると、たいてい破綻する」

翔花「でも、クールキャラって、リアルで考えると、たいていコミュ障よね」

NOVA「その辺の解像度が上がったから、近年は残念クールと揶揄されるケースが増えてるな。まあ、昔のチーム物は、熱血赤、クール青、コミカル黄の3パターンに分けられて、普通はリーダー赤に感情移入するんだけど、クール青に感情移入するファンもいるし、それだけだと話がギスギスするから、仲を取り持つ和ませ役のコミカル黄が配置される*1

「一方で、芸達者な兜甲児くんは、どの役割も果たせるわけで、いろいろな相棒の性格に応じて、芸風を広げて行った稀代の主人公なわけだよ。スパロボだと、熱血バカでコミカルな面が強調されがちだけど、それは相方が戦闘マシンの鉄也さん(クール)だったり、真面目キャラの大介さん(孤高の王子)だったりして、引き立て役に回されたから」

晶華「兜甲児さんはコミュ障じゃないし、相手に応じた立ち振る舞いができるので、主役もできれば、サポートキャラもしながら、立派にドラマの主軸を回せるってことね」

NOVA「そういう完璧なヒーロー像に憧れて来たわけさ、俺は。熱血成分と、クール成分と、コミカル成分をバランスよく兼ね備え、そこにヒロイン要素と、無邪気な少年モードを加味すれば、一人でチームが構成できる。さらに、陣営移行しがちな追加戦士成分とかな」

翔花「何でもできる立ち回り方で、芸達者を目指して来たのか。それって凄くない?」

NOVA「だから、躁鬱気質になってしまったのかもしれないし、的が定まらない寄り道脱線癖もそれゆえかもな。やっぱり、主軸が何かを見失うと、人間は不安定になりがちだ。だからこそ、これが柱だってものを明示して、そこはブレないって振る舞い方で周りからの信頼を得ておかないと、『あいつはコロコロ変わって信用できない』と思われてしまう」

晶華「そもそも、話題がコロコロ変わると、読者さんは何を期待して読めばいいのか、困惑するでしょ?」

翔花「的を定めないと、迷子になっちゃう」

 

*1:黄は基本的に赤の味方をするので、青が孤立してしまう。それだとチームが分裂するので、ヒロインが心配して青に絡んで、何故か主人公の赤よりも青と引っ付いてしまったのが最初のゲッター。最初からそうする意図ではなかったと思うけど、ストーリーの流れで結果的にそう収まってしまって、その後も青がゲッターサーガの牽引役になる。

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真・受け手の没入度と創作の話

没入し過ぎてボツになった話

 

NOVA「さて、前回の記事は、一言で言うなら、この小見出しにある通り、『没入(イマーシブ)ゲームがどうやって人を没入させるか』を語ろうとしながら、それを創作につなげようとして、いろいろ語っているうちに、何だこれ???という文章になってしまい、的を外した記事になってしまったわけだ」

晶華「そんなつまらない雑談に付き合わされた私たちにとっては、たまったものじゃないわ……と読者さんの気持ちを代弁するわ」

NOVA「お前だって雑談の当事者じゃないか。俺一人に罪を押しつけるんじゃない」

翔花「でも、本当に読む価値のない文章だったら、ボツにして、人様の目に触れないようにするんでしょ?」

NOVA「ああ。何だこれ???と書き手の俺が思ったのは、意味不明ってことではなくて、最初に書きたいと思ったことと、書いた文章の内容が随分と乖離したな、という理由からだ。文章の中身はそれなりに面白くて、人によってはタメになる、というか、良い勉強になるのではないか、と自画自賛できる。ええと、卵焼きを作ろうとしたら、かき混ぜているうちに形が崩れて、炒り卵になってしまい、まあ、これはこれで美味しく食べられるからいいか、と納得しているような気分だ」

晶華「でも、プロの料理人だったら失格ね。料理屋で卵焼きを注文したのに、出て来たのがスクランブルドエッグだったら、金返せのレベルだし」

NOVA「カレーライスを注文したのに、出て来たのがカレーピラフだったという経験は実際にある。その店のカレーライスは、ライスが白飯じゃないのが仕様だったようで、初見の店で自分が想定していたのと違うものが出て来たわけだ。まあ、別に食べられないわけじゃないので普通に文句を言わずに食べたが、そのお店には2度と行ってない。その店の提供するカレーピラフは、俺の食べたいカレーライスと違うからな」

翔花「でも、文章を書いていて、最初に意図していた文章と違うものができるのってあるの?」

NOVA「それって、創作あるあるだぞ。工業製品みたいに完成された設計図やレシピがあるわけじゃないからな。まあ、その設計図がプロットと称されるものだが、人に見せるためのあらすじ的なプロットと、自分だけが分かればいいという下書きメモと、イメージだけがある脳内プロットは別物。で、俺も構成をしっかり考えたいときは、メモに概要を書き記してから記事書きするけど、いつもそうしているわけじゃない。

「とりわけ、お前たちとの雑談は心の翼を広げて、無意識から飛び出すものを楽しみながら書いているところがある。そもそも、お前たちの誕生からしてそうだ。意図的に作ったのではなくて、自然発生的に生まれた。だから、そういう作為よりも偶発性を楽しめる読者さんは、お前たちを楽しめるし、そうでない読者さんにとっては謎のオリキャラ(リカイフノウ)になるんじゃないかな」

晶華「リカイフノウってカタカナで書くと、壊れた人工知能みたいね」

NOVA「まあ、例のコメントは、俺にとっては人格を持った人間というよりも、壊れた人工知能みたいなところがあるからな。そもそも、『寸劇』って何だ? 誰がいつ寸劇なんて書いたんだ?」

翔花「寸劇を定義すると、『ショーなどの合間にはさまれる、短く軽い演劇。コント』とあるわね。前回のガッチャードさんの話であった『ラケシスさんを笑わせよう』のシーンがそれかしら」

NOVA「あれは、メインエピソードが『ガッチャードと冥黒の王の戦い』にあるから、あのシーンは日常の幕間、和ませシーンで本筋ではない(だけどキャラや演じ手への愛着を高めるシーンとしては効果的な)寄り道だった。ああいうのを寸劇と称するのは間違っていない」

晶華「でも、私たちのお喋りは寸劇じゃないわよね」

NOVA「まず、長さが全然違う。俺のこの長文を称して、寸劇という言葉を当てはめたなら、そいつの語彙力は中学生レベルだ。まあ、国語の苦手な高校生かもしれんが、教育的指導を誘発したくなるレベルだな」

晶華「出たわね、説教親父モード。壊れた人工知能相手に説教しても仕方ないでしょ?」

NOVA「いや、人工生命体を人間にするために、お笑いを教えようってのは、令和ライダーの原点からしてそうだぞ。たとえ、相手が国語の弱い人間だろうと、壊れた人工知能だろうと、令和ライダーファンなら笑わせたくなるのが流儀ってものではないか?」

翔花「相手が読んでるとは限らないんだけどね。で、わたしたちのお喋りは、『会話劇が主で、そのネタとして、映画感想という題材を使った記事』なんだから、コメント主さんは最初から盛大に勘違いしたってことね」

NOVA「映画感想が主で、合間の短いお喋りで和ませるとか、そういう記事だと思い込んでみたら中身は違っていた、ということみたいだな」

晶華「カレーライスを注文したはずが、出て来たのがカレー掛けスクランブルドエッグだったので、何じゃこれ? という反応だったわけね」

NOVA「カレーのトッピングに、スクランブルドエッグって美味しいじゃないか」

晶華「個人の好き好みの話じゃなくて、カレーライスを注文されたら、普通にカレーライスを出さないと、お客さんは満足しないわ」

NOVA「いや、注文された覚えはないんだが? 俺がスクランブルドエッグ(ごちゃごちゃお喋り)にカレールー(キョウリュウ王様の映画)を掛けて美味しいなあって言ってたら、『スクランブルドエッグに???』という反応をされたような感じか。創作卵料理がメインのお店に来て、カレーに卵など意味不明と言われた場合、お店としては卵が邪魔と判断すべきなのかと考えて一言、『うちは卵がメインでやってるんじゃ。卵にケチをつける客はお呼びじゃない。卵の味が分かるなら、また来なよ』って応じるべきだろうな」

翔花「そこで『卵の味が分からないなら2度と来るな』と感情的に言ってしまうと、作り手としては負けなのね」

NOVA「それは頑固な職人でありがちだけど、商売人としてはダメなんだな。客には客の作法や資質が求められるけど、客の意見は一応、熟考してみて、自分の改善につなげられないかと検討する姿勢を見せることが、今の時代に求められているビジネススタイルだとは何かの本で読んだ」

晶華「ただし、お客さんの要望が、お店の提供するものとは関係ない、プライベートな親密な付き合いだったら、話は別ね」

NOVA「???のコメント主は、曲がりなりにも未熟な客人だが、スキンシップ云々はただのキモい変質者的な言動だからな。転禍為福のネタにもならん」

 

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受け手の没入度と創作の話

少しまじめな話

 

NOVA「さて、指輪EXITをプレイした後で、ゲームとストーリーの融合について思うところを述べてみたい」

翔花「また、小難しい話になりそう」

晶華「リアル脱出ゲームのことを、没入(イマーシブ)ゲームと形容している話もあるよね」

NOVA「この没入感は、ゲームだけでなく、小説やコミック、その他、スポーツ競技など多くの娯楽に共通する、ファンを惹きつける要素と言っていい。リアル脱出ゲームがどうして没入ゲームかと言えば、実際にどこかの施設に鍵をかけて閉じ込められて、パズルを解かないと脱出できないシチュエーションが与えられるからだな」

翔花「遊園地のお化け屋敷やアトラクションみたいなものね」

NOVA「マーダーミステリーの公演もそうだけど、ある程度、予約制とか参加者枠が限定される登録制で、ゲーム好きな面々が即席のグループを作って、協力もしくは競争するイベントでもある。そういうゲームの光景を、海外ではTVの人気番組として放送することもあるわけで」

晶華「そういうTV番組の設定に基づいたのが、仮面ライダーギーツさんのDGPになるわけね」

NOVA「日本では、そういうゲーム文化自体が一般に認知されていなかったから、デジタルゲームの紹介番組自体はあるけど子ども向けという枠形式だし、ゲームショーはどちらかと言えば、クイズ番組とか、芸能人に遊ばせる(その中で失敗をネタとして弄る)番組が主で、ゲーム自体の楽しさをアピールする一般向け娯楽番組は少ないかな、と思う」

晶華「視聴者参加型のクイズ番組も昔に比べて減っているらしいものね」

NOVA「海外のゲームショーに一番イメージとして近いのは、昔に年1の大イベントでやっていた『アメリカ横断ウルトラクイズ』(1977〜1992年。加えて1998年の計17回)かなあと思う。言わば、それも主に80年代の秋の風物詩だった。この番組の系譜としては、1983年から今も続く『高校生クイズ全国高等学校クイズ選手権)』があるし、クイズ王みたいなタイトルの企画番組もあるが、その大規模さや話題性においてウルトラクイズほどのインパクトを持ったものはないと言っていい(『世界で最も制作費のかかったクイズ番組』としてギネスブックにも登録されたらしいし)」

晶華「昭和生まれの人にとっては懐かしいみたいね。確か、ゲーム感覚のバラエティ番組で今も時々聞くのは、『風雲!たけし城』ってのがあったらしいけど」

NOVA「それは86年〜89年だな。番組の企画原案は、北野武(当時の芸名はビートたけし)さんが『流行りのファミコンみたいなのを、自分たちの身体でできないか?』ということで、たけしさんが殿として君臨するたけし城を、芸能人が隊長を務める視聴者チームでいろいろなイベントゲームを攻略して攻め落とそうと頑張る番組だ。これも昭和らしい豪快かつ大規模な作品だったと思うな。その系譜は、身体を張った部分がSASUKEに引き継がれていると思う。まあ、SASUKEはチームじゃなくて、個人用に規模が縮小されているけど」

翔花「重要なポイントは、自分たちがその競技の世界に参加できそうな感覚を覚えることね」

NOVA「視聴者参加型の企画は、そういう趣旨だからな。もちろん、芸能人がクイズやゲームを楽しみつつ、ネタ会話を繰り広げるのを楽しむ番組もいいが、内輪ウケ感覚が強すぎると、推しの芸能人でないと没入しにくい弊害はある」

晶華「知っている人が興味ある話題を喋っていると楽しめるけど、知らない人がよく分からないネタを語ってもつまらないってことね」

NOVA「こういう人の親和性と、話題の親和性の両方が噛み合うと面白さが増すし、そうでなければ……以下の感じになる」

 

  1. 知っている人やキャラが、興味ある話題を語る:素直にハマれる。
  2. 知っている人やキャラが、よく知らん話題を語る:話題への興味を喚起される。あるいは、興味がなくても、推しが語っているだけで楽しめる。
  3. 知らない人やキャラが、興味ある話題を語る:話題への興味だけで、関心が持てる。ただし、語り手の知識レベルがにわかだったり、否定的な論調だと逆効果な場合も。自分の興味あるジャンルについて深い知識や、肯定的な反応を示す人やキャラに対しては、好感度が増してファンになることも。
  4. 知らない人やキャラが、よく知らん話題を語る:語り口が面白ければ、そこからハマるケースもあるが、基本的には聞き流す、または、まともに見向きもしない。

 

NOVA「こればかりは受け手の知識や親近感、受容能力にも影響されるので、送り手だけの責任にはできないのだが、送り手としては、とりあえず自分の興味に関心を持つ人間を喜ばせるようなスタンスで何かを発信し、そこからどう広げて行くかが目指すポイントということになるな」

晶華「そのために、どう面白そうと思ってもらえるかの外面的インパクトが集客において大事だし、その後で、中身をどう楽しんでもらえるかが持続的なファンを確保できるかに関わってくる」

NOVA「キャッチーなイラストや作品タイトル、簡単な概要解説で、客の目を惹きつけ(いわゆる宣伝効果も含む)、そして手にとってもらった(鑑賞してもらった)客をじっさいに楽しませるところまで行って、ファンが生まれるわけだ。まあ、客が何を楽しむかは人それぞれなので、どういう客層を求めるかによっても作品作りの戦略は変わってくるが、とりあえずは『売れ筋に乗っかる』ことと『他にない独自性を売りにする』の二つの矛盾した要素のバランスをどう取るかだな」

 

  1. 売れ筋に乗りつつ、独自性も示す:安定したヒット作になる。
  2. 売れ筋に乗っているけど、独自性が欠如している:凡百の亜流作品。ジャンルの流行に応じて、それなりに売れるし、作家の器用度や製作スピード次第で生き残れる。作品製作数が積もれば経験も貯まるし、業界での立ち位置も確保できる。
  3. 売れ筋には乗っていないが、独自性は示されている:マニアック、ひいてはカルトな人気作になることも。固定ファンが付けば、それなりに商売になる。我が道を貫くタイプの作家や作品は、継続できれば魅力と言える。
  4. 売れ筋には乗っておらず、独自性も欠如している:何が売れ筋なのかを勘違いしているか、自分の好きなもののパロディを好きに書いているか。仕事じゃない趣味なら、そういうのもありで、パロディでも面白ければウケるかも。昔の商業作品への愛着が強すぎて、マネして書くだけで満足できちゃう人はこの方向性かな。

 

NOVA「商業作品なら、1番を目指しながら、2番か3番のどちらかになりがちだけど、4番は4番で、趣味で書くなら自由だ。作者が一般ウケを狙っていなくて、好きなものの劣化コピーだけで満足しているなら、周りがどうこう言うものでもあるまい。本人がそれで楽しいならいいと思うがな」

翔花「あとは、たまたまそれを読んだ人の受け止め方次第ね」

NOVA「書き手の波長と読み手の波長が合って、いいねや好感的なコメントが付けばラッキーだと思うし、普通はコメントを付けるのもハードルが高いと思う。まあ、書き手としては、波長が合う読み手の琴線に触れて、上手く縁が紡げたら嬉しいなと思うけど、わざわざ波長が合わないことをアピールするコメントは(滅多にないことだけど)、ちょっと不思議に感じたんだ」

晶華「怒ってるとか、傷ついたじゃなくて、不思議に感じてるわけ?」

NOVA「最初は何だかカチンと来たさ。『わざわざ分からんというツッコミを入れることに悪意を感じた』りもしたけど、それはただの自意識過剰な被害妄想だと思い直して、もっと単純な『マニアックな話題を語る主人公』『話が理解できずに困惑する仲間』という構図かな、と。ただ、そういうのは顔見知りのツッコミとか、ネットだと心の中で処理すればいいだけであって、わざわざ匿名で『分からん』と言いたいだけのコメントを付けて寄越す心理が不思議なんだよ。俺の場合だと、『マニアックなネタが分かって楽しめた』ってコメントを付けたくなるところだが、分からんアピールはマニアとしては恥ずかしいし」

翔花「相手は別にマニアさんじゃないのでしょ?」

NOVA「だろうな。マニアじゃない人が、マニアックな記事を読んでも、分からないのが普通だ。こちらとしては相応のマニアな人にすら分からない文章になってしまえば、失敗した駄文だと思う。どの知識レベルの客層に向けて書く文章なのかが気にすべきところだけど、まあ、めったにない内容のコメントだから不思議に思って、考察材料にしているわけだ」

晶華「変なこだわりってことね」

 

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続・指輪の脱出ゲームの話

待ちに待ったパーティー

 

NOVA「さて、これより指輪EXITの時間だ。君たちはホビットで、俺、いや、わしがガンダルフな」

晶華「NOVAちゃんがガンダルフさんなんて」

NOVA「俺、いや、わしがガンダルフ役で何が悪い? 我がサイトのホビー館でも、『白の魔術師ガンダルフに今なお憧れるNOVA』というキャッチフレーズで、24年間、続けているんだぞ」

翔花「今はブログ以外の更新をしていないのだから、本当に古代遺跡みたいになっているのよね」

NOVA「40代の懐古趣味男が50代の懐古趣味男にバージョンアップして、WhiteもShinyになったからな。まあ、たまに昔の記事を自分で発掘して、懐かしんでいるわけだが」

晶華「とにかく、NOVAちゃんがガンダルフさんの役を喜んでやってるわけね」

NOVA「ああ、ガンダルフに憧れた人間がガンダルフごっこをできるなんて、素晴らしいゲームだよ。指輪EXITって」

NOVA「そして、ヒントカードのイラストがいいんだな。前半が灰色のガンダルフで、後半が物語の流れに応じて、白のガンダルフに昇格するんだ。最初はてっきり、白のサルマン? と勘違いしたんだが」

晶華「NOVAちゃんがガンダルフさんなら、私たちはフロドさんたちをプレイするの?」

NOVA「いや、プレイヤーが担当するのは、歴史書には語られていない名もなきホビット集団。そうだな、『影のホビット忍び団』とでも勝手に名付けようか。略してKHSDとか」

晶華「どうせなら英語にしましょうよ。Shady Hobbit Burglers、略してSHBって感じで」

NOVA「erじゃなくて、arのBurglarが正しいつづりだがな。ホビットの『忍びの者』って。違う訳だと『押し入り』ってなってるが、やはりシノビットって瀬田さんの訳が気に入ってるし、いろいろ年寄りの蘊蓄語りもしたくなるが、とりあえず、君たちはガンダルフの密命を帯びたホビット忍び団として、歴史の影でフロドたちの支援をしてもらうことになった。こっそり彼らの旅に付いて行って、密かな援護を行う重要な使命を帯びているんだ」

翔花「原作もののゲームでよくある設定ね。ガンダムでも、『アムロさんのところに届けられる予定の新型ガンダム』が後からどんどん増えて行くし、違う戦場で戦った量産型ガンダムとか、歴史の影に消えた青いのとか、新作ゲームのたびにガンダムが増えて行く感じで」

NOVA「ロードスだと、主人公の故郷の若者たちから成る『ザクソン自警団』とか設定したなあ。俺が自警団長のセシルの役をしたこともある。後年、セシルが歴史の中で殺されたことを知ったときは、少しガーンとなったものだが、それはさておき、指輪EXITの設定では、プレイヤーたちはガンダルフさんに召集されて、フロドたちを影から支援する役どころ。君たちがパズルを解けないと、フロドたちの旅は頓挫するという話だ」

晶華「責任重大ってことね。私たちが失敗すると、サウロンが勝利する並行世界、マルチバースが発生してしまう」

NOVA「エルフが黒人化して、イメージが崩れてしまうマルチバースだって公式にあるわけだから、サウロン勝利エンドだって、誰かが考えれば実現する可能性もあるわけだ。もっとも指輪ファンがサウロン勝利の二次創作を見たいか、と言えば、よく分からんが。俺としては、サウロンよりもサルマンが改心して、ホビット庄でのんびりスローライフを送っているIF世界ものが見たいわけだが、さておき」

翔花「今回は、いつにも増して、『さておき』が多そうね」

NOVA「寄り道を軌道修正する定型句だからな、さておき。で、栄えあるホビット忍び団に参加するには、早速、入団テストを受けてもらわないといけない。ガンダルフの用意した鍵付き小箱を開封しなければいけないんだ」

晶華「それが、パズルの第一問ね」

NOVA「手掛かりは、カードに記された光るルーン文字と、ホビット庄における夏至のお祭りイラスト、そしてカードに描かれた種々のアイテムと数字を上手く組み合わせて、鍵を開ける3桁の番号を確定させる。数字の順番については、『大きい、さらに大きい、一番小さい』のコードも手掛かりになる」

翔花「ルーン文字なんて、ただのホビットに読めると思う?」

NOVA「文字の意味は、ガンダルフのイニシャルのGを表しているのは、指輪マニアの常識だが、ここでは文字の意味よりも形の方が問題になる。イラストの中で、同じ形のアイテムを見つけて……おっと、ネタバレ禁止じゃ。ホビットの諸君、これぐらいの謎が解けずして、忍び団にはなれんぞ」

晶華「別に忍び団になっても、名誉が得られるわけでもなく、歴史に残るわけでもないでしょ?」

翔花「でも、歴史の影に隠された物語を楽しむことはできる。何とか頑張って、小箱を開けましょう」

 

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指輪の脱出ゲームの話

脱出ゲームとは?

 

NOVA「さて、今日は脱出ゲームの話だ。参考資料として、こういう本もあったりする」

晶華「ええと、仮面ライダーギーツさんで、お城からの脱出をテーマにした回があったよね」

NOVA「11話と12話だな。あれは、なかなか面白い回だった」

翔花「じっさいに、ああいう脱出ゲームってあるの?」

NOVA「リアル脱出ゲームで検索するといいし、日本でこういうイベントの最大手のサイトはこちらになるな」

晶華「体感型のゲームイベントね。面白そう」

NOVA「さて、ここで問題です。あなたたちは鍵の閉まった部屋に閉じ込められました。脱出するためには、部屋の中から鍵を開けるための暗証番号の手がかりを探さないといけません。部屋の中には本棚と、謎の宝箱と、鍵付き引き出しの付いた机と、その他いろいろな物が隠されています。何から調べますか?」

翔花「う〜ん、こういう時は慌てず騒がず、こう言うわ。秘技・花粉分解! これで、どんな小さな隙間からでも脱出可能」

NOVA「反則だ。そんなことが許されるなら、リレミトやテレポが使える魔法使いだと、簡単に脱出できてしまう」

晶華「あっ、盗賊技能の持ち主なら、鍵なんてなくても、盗賊道具で解錠できてしまうし」

NOVA「そういう特殊能力や魔法、特技なんかを活用すると、ゲームとしてフェアじゃないだろうが。あくまで出題者の用意したパズルを解いたり、暗号を解読したり、謎解きを頑張って脱出するんだよ。これがTRPGだったら、斧やハンマーで扉を破壊したりするのもありだが、リアルな脱出ゲームはもっとスマートな解法が必ず用意されているわけで」

翔花「でも、今回の話はリアルじゃない方の空想(妄想)脱出ゲームでしょ? 当ブログで、リアルなんてあり得ない」

NOVA「別にあり得なくはないんだが、まあ、ゲームブックとか、箱入りゲームでもいろいろと脱出ゲームはあるわけで、今回はそういう話だな」

 

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当面のマルチバース話のまとめ

FFやドラクエ話が一段落して

 

NOVA「ふう。長かった2大RPG話も一段落したあ」

晶華「おつかれさま。ドラクエ話の続きはしないの?」

NOVA「ドラクエ話の続きは、3年前にアストが語っているからなあ。ナンバリングの続編が出ていない以上、同じ話を繰り返しても仕方ない。今回は作品本数的にもFFの方に中心的な視点を当ててみた次第だ」

翔花「ドンブラ映画前に語り始めたマルチバース話がここまで長くなるなんて思わなかったわ」

NOVA「俺もだ。そもそも最初はFF話に展開するつもりもなくて、『90年代からゲームのジャンルで広がった多元世界の話が、アニメや実写特撮の世界にも本格的に取り入れられた』って話をしようとしたんだよ。とりわけゼロ年代の半ばから、特撮ヒーローが洋物アメコミヒーローの集結映画『アベンジャーズ』(2012)を中心とするMCU企画*1と重なるように、日本のヒーローもシリーズの遺産を有効活用すべくマルチバース構想に通じる旧作世界設定の整理、再統合を行なったわけで、そういう話をするつもりだった」

晶華「具体的には、戦隊、ライダー、ウルトラマンね」

NOVA「戦隊は、定期的にVSシリーズで前作共演なんかはやっているんだが、多元世界を売りにしたのは、来週ブンブンジャーと共演する『ゴーオンジャー』(2008)からだな。そこからの発展で、それまでの全戦隊が集結した『ゴーカイジャー』(2011)というお祭り作品につながるんだが」

晶華「戦隊は先に海外のパワーレンジャーマルチバースの原型を見せているわよ」

NOVA「それも坂本浩一監督の仕業なんだな。とりあえず、日本の特撮ヒーローをマルチバース化させた原因の一つは、坂本監督のマニア的こだわりにもあるわけで」

翔花「仮面ライダーは『ディケイド』(2009)さんから?」

NOVA「平成ライダー10作め記念で、世界観の違う10作品を全部つなげて壊してみようって企画だな」

翔花「どうして壊すのよ!?」

NOVA「新たな創造のためには、破壊も必要だとか何とか。まあ、ディケイドの観測する平成ライダーの物語は、時空を超える特異点の電王以外は何だかいろいろ歪んでしまう(リ・イマジン)ので、歪んだ世界を修復して、本来の平成ライダー9作品を取り戻す的な目的もあったらしいが、何だか勢いで大ショッカーまで動き出して、昭和ライダーの世界観までつながってしまう。そこから、仮面ライダーも戦隊みたいに前作との共演映画の『MOVIE大戦』などで世界をつなげるのが常態になったわけだな」

晶華「マルチバースを初めて謳ったのはゴーオンジャーさんで、その点では戦隊が一足早いんだけど、全部集めた集大成はディケイドさんで、その後、ライダー全集結がありなら戦隊も全部集まれって無茶をしたのがゴーカイジャーさんってことね」

NOVA「この辺の勢いが凄いよなあ。一方、ゴジラは2004年の『FINAL WARS』で歴代怪獣大集結祭りを見せてくれたんだが、それで文字どおりの展開終了になった最後の花火だったわけだ。そこからの再始動までが長かったな」

翔花「10年経ってからのアメリカ版『ゴジラ』(2014)だっけ。それから、さらに10年経ってモンスターバースと立派に続いているわけで」

NOVA「ゴジラ時空は、TVのヒーローよりもタイムスパンが長いな。一方、ゴジラに刺激されたからか、同じ怪獣特撮のウルトラマンマルチバース化を始めたのは東映よりも早い2006年『ウルトラマンメビウス』からだ」

晶華「昭和ウルトラ世界の継承者で、ここから昭和と平成の宇宙観がつながって来るのね」

NOVA「メビウスは、昭和ウルトラの世界観を平成時代に合わせて再構成した後、平成ウルトラのTDG三部作ともパラレルワールドでつなげて見せた。なお、この立役者の一人である脚本家はガッチャードの長谷川圭一さんだ」

晶華「ウルトラマルチバースの旗手でもあるわね」

NOVA「ウルトラ世界に初めて並行世界という単語を持ち込んだのもこの人だからな」

NOVA「1999年という年に、ウルトラマンの映画に初めて並行世界というSF概念を劇中で語らせ(主人公の我夢が科学者という設定なので、自分の状況を科学的に解説できた)、そこから21世紀のウルトラマルチバース構想への契機になったわけだ」

晶華「そして、ガイア20年後の2018年に続編小説を書くなど、マルチバースの先駆者みたいにもなっているわけね」

 

*1:シリーズ開始は2008年の『アイアンマン』からだが、それ以前にゼロ年代の『スパイダーマン』や『ハルク』などのマーベルヒーロー復権の流れがあった。何よりもCG技術の発達で、かつての絵空事をよりリアルに表現できるようになったのが大きい。

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最後のPS時代のドラクエ話(ドラクエ7)

これで一連の20世紀2大RPG話を終わる予定

 

NOVA「ふう、FF話が長かった」

晶華「そりゃあ、FF9で終わらずに、勢いで10や12、13、15、16まで触れちゃうからでしょ」

NOVA「FFの生みの親は坂口博信さんで、イメージ作りの立役者は植松伸夫さんと天野喜孝さんだと思っているが、今のFFはイメージイラストの天野さん以外が関わっていないからな。坂口さんが作った最後のFFがXとX2ということで、12は2001年からの制作には携わっていたものの2006年の発売前にスクウェアを退社して統括プロデューサーを交代しているので、その辺がFF変質の転機と言えるだろうな」

翔花「変質といっても、具体的にはどう変わったのかしら?」

NOVA「同じFFシリーズと言っても、13と15と16は作っている人間が全部違うから、違うカラーになるのも当然だ。統一された系譜を辿るのも難しいし、15以降はアクションRPGとして別ジャンルだからな。あらすじを読んだが、話も陰鬱で暗いし、俺がゲームに求める爽快感は得られそうにないや。ブランドだけを追っても満足感は得られないだろうな、と思う」

晶華「作る人が変われば、時代も変わるってところね」

NOVA「で、ドラクエだが、ドラクエ6(95年)と7(2000年)の間に5年の期間が空いて、その間にライバルのFFにいろいろ抜かれちゃった感があって、それでもいよいよ王道ドラクエの反撃が見られるか、とファンの期待が高かったんだが、何だかなあ、と失望を買ったのが当時のリアルタイムのプレイヤー感想だと思う」

翔花「つまらなかった?」

NOVA「つまらなくはないが、革新的なFFの発展に比べて、ドラクエの進化はあまりにも変わっていないというか、天空シリーズ3部作の後で、新たな3部作を期待するファンの前に提示されたのは、6のシステムの発展版。つまり、伝統的な転職システムで、FF5のコピーかよ、と言われたシステムをそのまま踏襲。また、CGも当時のFFとは比べ物にならない稚拙さで、技術力の差をマジマジと見せつけた。つまり、ドラクエは日本のRPG王者ではなくなったと思わせたんだな」

晶華「旧態依然の変わらないドラクエってところね」

NOVA「そして、7のストーリーはとにかく陰鬱に過ぎたんだな。歴代で最も幼く見える子ども主人公*1が、歴代で最も暗くて重い冒険に臨む、世紀末をまだ引きずったような過酷な試練の物語。それがドラクエ7だ。果たして、ダークファンタジーと宣伝されているドラクエ12は、この陰鬱さを越えられるか、と逆に暗さを期待したくなってる俺がいる」

翔花「でも、音楽担当の人と、絵師の人がどちらも鬼籍に入ったので、嫌でも暗い気分にならない?」

NOVA「ああ。遺作になってしまうのか。ドラクエで暗い雰囲気だと、最初のダンジョンのBGMとか、鉱山都市アッテムトとか、ドルマゲスの連続殺人事件とか、いろいろ思い出すんだが、例えば主人公が勇者に殺された魔王の子とかで、憎き勇者を倒すためにモンスターを仲間にしながら、モシャスの呪文で人間に変身して勇者の痕跡を追いかけるような話になれば、逆転構図のダークファンタジーと言えるだろうな」

晶華「すると、仲間は暗黒騎士と邪神官と妖術師か何か?」

NOVA「人に化けた魔王子をプレイして、復讐のために勇者を追いかけるドラクエって作品だったらいいなあ」

晶華「それで本当にいいの?」

NOVA「ダークファンタジーだと、俺にはそういうのしか考えられないが果たして?」

 

*1:それでも設定年齢は16歳で、今の高校生。NOVAの印象としては12歳ぐらいに見えた。中世ファンタジーで16歳と言えば、もう普通に大人だよ。イラストイメージと年齢感覚のギャップが大き過ぎる。

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