Shiny NOVA&WショーカのNEOスーパー空想(妄想)タイム

主に特撮やSFロボット、TRPGの趣味と、「花粉症ガール(粉杉翔花&晶華)というオリジナルキャラ」の妄想創作を書いています。

勇気爆発、来臨の話(DD期間限定イベント)

コンパーニュから帰ってきて

 

翔花「たっだいま〜♪」

NOVA「さあ、ブレイバーンだ」

晶華「NOVAちゃんはしたいことができて、お気楽でいいよね」

NOVA「何だ。まだ、スネているのか」

晶華「だって、妖精女王ズの続きはマスタリングしてくれないし、せっかく作ったウォーハンマー・キャラのプレイはしてくれないし。TRPGでキャラを作ったら、プレイしたくなるのが人情ってものじゃない?」

NOVA「まあ、ルールをじっくり理解するという目的で、試しにキャラを作ってみるだけってのも俺にとってはありなんだがな。しかし、それとシナリオ用意して冒険するのはハードルが全然違う。キャラ作りは一人でもできるが、実プレイともなると、いろいろ準備が大変なんだ。T&Tみたいにソロアドベンチャーが充実しているなら、一人でもゲームブック感覚でプレイできるし、自分のしたいときにできるが、TRPGのグループプレイは複数プレイヤーが何時間も一堂に会して集まるというだけで、働く大人の場合は難易度が高いんだよ。学生時代とは話が違う」

晶華「でも、私たちは家族だし、コンパーニュの人たちは身内みたいなものだから、集まろうと思えば簡単に集まれて、ゲームにも付き合ってくれるんじゃない?」

NOVA「そういう知人たちと出会うのも、ちょっとした夢だな。現実ではそういう場を構築しようと思ったが、50歳を過ぎて、それぞれの大人の事情などで結局、定期的に集まる気力や体力が維持できない(サークル活動にしても、仕事のための体力の維持とかを考えるとな)」

翔花「で、私たちが生まれた、と」

NOVA「まあ、オタク男性の夢だよな。趣味話をバカにするでなく、楽しそうにノリノリで聞いてくれる女の子ってのは。いや、別に男友だちでもいいんだが、それはリアルでも何人かいるし、今度、その1人と『ゴジラxコング』を見に行こうって約束になった」

翔花「ドンブラは?」

NOVA「そっちはお前たちと行く」

晶華「つまり、リア友とは行かないってことね」

NOVA「さすがに、同じ時期に上映する映画をいっしょに何本もハシゴするような、いつでもどこでもベッタリな間柄ではない。まあ、年に何本か一緒に映画でも見て、夕食のついでに互いの近況話でもしようかぐらいの仲だ。コロナ前は、ボードゲームに付き合ってもらったりもしたんだが、そっちはご無沙汰になっているな。前にプレイしたのはこれだった」

晶華「ガンダムゲームか。私はあまり興味がないし」

NOVA「おや、カシュー王の声が赤い彗星のシャアだとしてもか?」

晶華「それは知ってる。OVA版ロードスのナレーションが、1stガンダムのナレーションと同じ永井一郎さんだってことも。だけど、ロードス好きがガンダムファンだとは限らないってことよ」

翔花「でも、『水星の魔女』はアキちゃんだって好きだったでしょ?」

晶華「『水星の魔女』が好きだからって、全てのガンダムを好きにならないといけないって法律はないでしょ? スレッタやミオリネさんは分かるけど、セイラさんとか、マチルダさんって言われても、ピンと来ないし。フォウさんとか、ハマーン・カーンさんとかはスパロボでもお馴染みだから分かるけど、1stのキャラはアムロさんとブライトさんとシャアさんしか出て来ないでしょ?」

NOVA「シャアさんって言ってる奴は初めて聞いたな。大体のガンダムファンは、シャアって呼び捨てなんだが」

晶華「だから、私はガンダムファンじゃないんだって。せいぜい、NOVAちゃんの語るスパロボ知識ぐらいしかないし、NOVAちゃんはガンダムよりもむしろ、マジンガーとかグレンダイザーとかボルテスとか、スーパーな方をよく語るじゃない?」

NOVA「まあ、スパロボでスーパーなロボを語らずにどうする? って話だろう。そして今はブレイバーンだな。前置き終了だ」

 

ガシャの結果

 

NOVA「ブレイバーンのSSR必殺技がガシャでなかなか出なくて、苦労した」

晶華「3000近くもあったクリスタルが、残り200ほどになるなんて」

NOVA「ガシャで一周すると、700個のクリスタルを消費する。そして4周もしたのに、出てくるのはディーダリオンのSSR武装ばかり」

翔花「ディーダリオンさんと言えば、スパロボDDのオリジナル主人公機体よね」

NOVA「ああ。声優さんは阿座上洋平さんだ。クロムクロの主人公侍であり、水星の魔女のグエル・ジェタークであり、ブレイバーンのルイス・スミスでもある」

晶華「グエルさんとスミスさんと言えば、NOVAちゃんの推しキャラじゃない?」

NOVA「そうだな。一応、スミスとルルは今回のイベントでも登場していたんだが、ユニットは登場していない。イベント用の機体として、後方から援護射撃を行なっているという設定で、立ち位置的には鋼鉄ジーグのビッグシューターその他の支援機みたいな扱いだ」

翔花「ルルちゃんと言えば、最終回で未来戦士の称号をもらったのよね」

NOVA「で、今週発売のこの雑誌で未来戦士ルルの話が載るらしい」

NOVA「で、4回もガシャを回して、ブレイバーンのSSR必殺技は当たらなかったんだが、おまけで入手できるチケット4回分で、『勇気一刀流ブレイブ斬』の武装パーツは購入できた。とりあえず、ブレイバーンのためにクリスタル4周分を残しておいて良かったぜ」

晶華「ああ、結局、手に入ったんだね」

NOVA「あとは、さらなる武装パーツでバーンブレイバーンへの合体とか、ビッグバーンが再現されるといいなあ」

 

ストーリー紹介と、世界観越えの話

 

NOVA「で、DDのストーリーイベントだが、これまでの期間限定イベントは本編とはあまりリンクしていない独立した話が多かった。しかし、今回はバッチリ前回のこのエピソードの続きになっている」

晶華「ええと、第5世界の火星からグラドスを追い出す作戦は成功したんだけど、多元世界をつなぐゲートが消失してしまったので、大変だって話の続きね」

NOVA「そうだ。幸い、ハーザが作るゲートは機能するようで、ブライトさんたちは無事に第5世界から第2世界に帰還することができたようだ。そこに新たな異世界からブレイバーンとイサミ、スミスとルルが召喚される」

翔花「スミスさんが健在ということは、8話より前の話ね」

NOVA「ハワイで一度倒されたスペルビアが復活して、日本でブレイバーンやスミスたちと戦っている状況で異世界転移したから、6話ということになるな。そんなわけで原作アニメの世界でブレイバーンたちとスペルビアが戦っていると、突然ゲートが発生してDD世界に漂着したのが今回のスパロボ・エピソード設定だ」

晶華「時空の扉がいろいろと不安定みたいね。それも『混沌の渦』の影響かしら」

NOVA「何でもかんでも、『混沌の渦』って言っていればいいってものでもないんだが、結構便利だよな。『混沌の渦』ってタイトルは」

翔花「とりあえず、錬金術の世界にゴージャスな世界からハンドレッドって連中が現れたし(雉野さんとソノザさんは1話だけの特別顔見せ出演だけで、結局ハーカバーカの方に召喚されちゃったみたいだけど)、ウルトラ時空にも思い出エディオムさんがいろいろなデータを受信して世界をつなげているし、デザイアグランプリ(DGP)からビッグバングランプリ(BBG)に加速したようだし」

NOVA「俺たちも世界の観測者として、見るべきものがいっぱいなんだが、全てを見ることはできないから優先順位を決めないとって話なんだ」

晶華「時空監視のお仕事があれこれ忙しいから、ウォーハンマーのプレイも、妖精女王ズも放置ってこと?」

NOVA「読者ウケしそうな記事だと確信が得られたなら、興が乗るんだけどな。まあ、それはともかく、スペルビアの声が杉田智和さんで、ディーダリオンのライバル的なアンギルオンの声も杉田さんで、この人もいろいろと時空をかき乱してくれるよな。

「デビュー作が世紀末の『魔装機神サイバスター』で、そこから『スパロボα』(2000年)の主人公の一人、ブリット君として俺には認知された。特撮界では2008年の『仮面ライダーキバ』のキバット役で登場し、その後、2013年にウルトラマンギンガになったり、2019年にジオウ劇中で仮面ライダーギンガになったり、2020年に『キラメイジャー』のオラディン王になったりして、ただのゲスト怪人とかではなく、メインキャラとして特撮三冠王に輝いた」

晶華「世間一般では、2006年の『銀魂』の主人公の銀さん役として、圧倒的に認知されているみたいだけどね」

NOVA「『ハルヒ』のキョン役としても一世風靡したけど、同作はゼロ年代半ばから10年代頭の5年強のブームで、ラノベ界を花形的に盛り上げたものの、令和になって少し復刻を遂げただけで、今の時代の若者には認知度が薄いと聞く」

翔花「世代を越えて愛されているシリーズにはならなかった、と」

NOVA「ロードス→ハルヒの角川スニーカーの伝承系譜が、平成の末期に研究されたんだがな。いわゆる『世界観を越えて独立したキャラ消費が、ハルヒの辺りから顕在化した』というのがロードス作者の水野良さんの分析だ」

晶華「世界観の壁を越えて独立したキャラ消費? そんなのスパロボとか、異世界転移とか当たり前でしょ?」

NOVA「まあ、俺の世代だと、こういう多元宇宙的な世界観はゲームとかで当たり前なんだが、水野さんの世代(俺よりも10年ほど上で、ストーリーゲームを最初に生産・紹介した側)の人だと、特筆に値する時代の変化らしい。水野さんは世界観にこだわる作家で、キャラクターと背景世界は不可分というスタンスを持っている。例えば、ハイエルフのディードリットロードス島、遠征してもソード・ワールドアレクラスト大陸までは赴いても許されるが、仮にディードリット現代日本宇宙世紀や近未来のサイバーパンク世界に転移するようなキャラだけの切り取り方は、絵柄も想像できないし、受けつけないそうだ」

翔花「ロードスのキャラは、ロードスの世界観を抜きに考えられないってこと?」

NOVA「まあ、ゲームの中だと、水野さんが10年代に書いた『グランクレスト戦記』のPS4ゲームの隠しキャラとして、パーンとディードリットが登場しているんだが、水野さん的には自分がタッチした(アイデアを出した)要素ではなく、あくまで製品開発者がファンサービスとして付加したおまけ程度の認識なんだな」

NOVA「世界観を越えたキャラ共演は、同じ作者や同じ製作会社のお祭り的なスペシャルイベントとして昔からあったんだけど、それが常態となったのは90年代に入ってからだと思う。そもそもフィクションのファンの中で世界観をどうこうと語るようになったのは、80年代に入ってからだと思うし、それ以前の70年代は世界観の整合性なんて作り手も受け手も大して気にしていなかった」

晶華「そうなの?」

NOVA「ウルトラシリーズが分かりやすいな。初代マンとセブンは別作品のキャラで、初めてウルトラ兄弟という概念が出てきて客演するのは71年の『帰ってきたウルトラマン』からだ」

晶華「第2期ウルトラシリーズってことね」

NOVA「ウルトラQウルトラマンの世界は、登場怪獣の系譜的につながっている(ラゴンとか、脚本的には同じ怪獣だったパゴス→ガボラとか、メフィラス回のケムール人とか)が、間に東映のキャプテン・ウルトラを挟んだセブンは、初代マンとのリンクがほぼ皆無だ。むしろ、セブンは初代マンとの設定の差異を意識して構築された作品と言える」

翔花「初代ウルトラマンは怪獣主体の空想特撮ファンタジーで、セブンは宇宙人からの侵略をテーマにしたSF作品と聞いたことはある」

NOVA「スペースオペラのキャプテン・ウルトラを挟んで、宇宙メインの発展進化を遂げた作品と言えるな、セブンは。で、67年のセブンから『怪奇大作戦』『妖術武芸帳』『柔道一直線』『ガッツジュン』を経て、時代は『シルバー仮面』(71年)につながるわけだが……」

晶華「ちょっと! 『帰ってきたウルトラマン』につながるんじゃないの?」

NOVA「いや、TBSの日曜夜7時はそういう番組系譜らしい。『帰ってきたウルトラマン』は金曜夜7時で、前番組は『キックの鬼』だ。つまり、27話の八つ切り怪獣グロンケン回でキックボクサーの沢村忠さんがゲスト出演したのも、18話のベムスター回でウルトラセブンがゲスト出演したのと同様の前作ヒーロー客演回ということになる。まあ、『キックの鬼』は沢村忠さんを主人公にした梶原一騎原作のアニメだから、そのままの客演ではないんだが」

晶華「さすがにアニメのキャラが、特撮ヒーロー作品に登場するのは時期尚早ってことよね」

NOVA「しかし、番組枠で見るなら、前作ヒーローが実在の人物として後番組に出演するなんて、当時は破格のイベントだったんだろうな。まあ、これで沢村忠さんが巨大化して怪獣と戦ってくれたなら、伝説に残るスペシャルイベントとなったんだろうが、あくまで郷秀樹と戦って必殺の真空飛び膝蹴りでノックアウトするだけの出番だ」

翔花「え? ウルトラマンに変身する人を倒しちゃったの? 実在のキックボクサーさんが?」

NOVA「そんなわけで、ウルトラマンジャックは『キックの鬼』の継承者と言えるんだが、そういうエッセンスはセブンを通じて、レオに継承されたからな。ともあれ、何でブレイバーンの話をしていたら、新マンの話に流れているんだろうなあ、俺?」

Wショーカ『そんなの私たちが知るか!』

NOVA「はい、久々の定番ツッコミセリフをいただきました。で、話の行き先を見失っている気がするので、小見出しを変えて仕切り直そう」

 

多元宇宙の寄り道話

 

NOVA「ここで結論すると、70年代は同じシリーズ物でも世界観というものに非常に大らかというか、後先考えない時代だったと言える。例えば、この『帰ってきたウルトラマン』という作品は70年代をいろいろと反映した作品で、開幕の公害怪獣とか、スポ根ブームの影響とか、前作までの宇宙怪獣は18話のベムスター回まで登場しないとか、ウルトラマンという主人公の存在以外、初代マンやセブンの系譜とはまた違った世界観を形成している。

「シリーズ物として考えるなら、『帰ってきたウルトラマン』は前2作のウルトラシリーズの後に位置づけられるんだが、時代設定は初代マンが当時の近未来で『回によって万博のある1970年から90年代まで』安定しない。セブンは『1980年代から2000年』という幅があるが、初代マンの10年後ぐらいのイメージだな。で、新マンから1971年のリアルタイムで、近未来観はせいぜいMATの宇宙ステーションなどメカ関係のみだ。そして、武装としては、光学合成を駆使したスマートなレーザー銃を使う前2作に比べて、MATの装備は火薬を使った実弾とか(レーザーは標準装備ではなくて秘密兵器扱い)、旧日本軍の作った毒ガスにまつわるエピソードとか、時代描写がことごとく逆行している。シリーズとしての世界観の整合性を深く考えてなさそうな描写設定で、後から辻褄合わせをするのが大変だな、と」

晶華「そういうことにこだわるSFマニアの視聴者を想定して、お話作りしていないんだから、仕方ないんじゃないの?」

NOVA「まあ、当時のマニアに新マン以降の第2期ウルトラが人気がなかったのも、近未来SF要素を捨て去ったような設定だからな。世界観は当時の現代風で、ウルトラマンと防衛チームの存在以外は世俗的な物語で、スマートさに欠ける。そこからスマートさと派手さを強調したのがエースで、民話的土俗さと陽性主人公のさわやかさに重点を置いたのがタロウで、世紀末風破滅感と熱血スポ根要素とオカルトグロ描写を混ぜこぜしたのがレオで、同じウルトラでも作風は大きく違っているんだが、近未来SFに開眼したマニアが求めるのとは違った話なんだな」

翔花「するとマニアさんが飛びついたのは?」

NOVA「宇宙戦艦ヤマトなどのSFアニメなんだろうが、そちらはそちらで世界観について語るとツッコミ要素が多い。しかし今さらの話なので、これ以上、深みにハマるのは避ける。とにかく、SFマニアを中心に世界観を重視するようになったのは、『スターウォーズ』のブームを受けて『ガンダム』の宇宙世紀辺りから世界観設定考察書籍が売れるようになった80年代で、そこにRPGも同時代的に世界観にスポットを当てた展開を示す」

晶華「水野良さんはそういう時流に乗った作家さんね」

NOVA「だから、物語やキャラクターを構築するのに、まず世界観ありきの人なんだ。好きなRPGがD&Dではなく、緻密な世界観を売りにしたルーンクエストと言う辺り、世界観重視のスタイルは昔からで、それを複雑な要素を削ってファンタジー初心者の日本のファンが噛み砕いて受け入れやすくしたのが、ロードスやフォーセリアと言える。ゲームを土台に世界観からキャラ構築するスタイルで作品を作ってきた人だから、90年代以降の多元宇宙の物語には馴染めないというか、そういう土台は咀嚼するのに時間がかかるということだな」

翔花「その点では、わたしたちの方が多元宇宙には馴染んでいる?」

NOVA「世代差って奴だな。水野さんは学生時代にルーンクエストに出会って、その世界観に魅せられて、創作の糧に使ったわけだし、その時には多元宇宙って概念はゲームにもなかった。ゲームで多元宇宙(マルチバース)という言葉を俺が初めて知ったのは、88年に翻訳された緑箱のD&Dコンパニオンセットからで、そこから90年代に『世界を越えた異世界に冒険に行く』『複数世界を股にかけた冒険を展開する』『別作品のキャラクターが邂逅して共闘する』的な物語が量産されることになる。

TRPGではそれを意識したベーシックRPGの『ストームブリンガー』と『ホークムーン』が(原作小説の『永遠の戦士』シリーズがそういう展開を示したので)先鞭を付けたものの、他の2作(コルムとエレコーぜ)の4戦士集結のマルチバース展開が結局、出版されずに企画倒れに終わったらしいけど、それを凌駕する汎用的な多元世界を再現できるRPGとしてGURPSが出版されて、『多元世界の素材は出版社が与えるので、それを上手く自分たちの世界として構築するのは、それぞれのゲームマスターとプレイヤーに委ねた』的な商品展開の仕方をする」

晶華「それが80年代後半から90年代にかけてのTRPG界の世相ね」

NOVA「まあ、海外のTRPGマニアは『Do It Yourself(自分の欲しい世界は自分で作れ)』的な手法に馴染んでいるんだな。しかし、そんな考え方に馴染みが薄い日本のTRPGファンが成熟するには、それ相応の時間を要する。だから、マルチバースの世界観構築手法がマニアに浸透したのは90年代半ば辺りなんだが、その時点で折悪しくTRPG冬の時代に突入するわけだ」

翔花「80年代に世界観を重視する風潮ができ上がった。そして、90年代は世界観をつなげる多元世界(マルチバース)という考え方が、ゲームを中心に定着していったけど、一時中断したってこと?」

NOVA「ここで、『現実(および現実に類似した)世界と架空世界の2つでマルチバースというのは概念が異なる』ことを再確認しておきたい。現代人がタイムスリップや異世界転移で冒険できる世界に行く物語はすでにいっぱいある。『ドラえもん』の映画とかを見れば、分かりやすいだろう。

「もしも、『ドラえもん』世界でマルチバース展開にしたければ、最初の映画『のび太の恐竜』のピー助と、敵役の恐竜ハンターと、2作めの映画『のび太の宇宙開拓史』のロップル君やチャミーと、敵役の殺し屋ギラーミンとか、歴代の異世界キャラが邂逅して、共闘したり、対決する作品を作れば、『ドラえもんマルチバース』になるだろうなあ」

翔花「ああ、別々の異世界同士がつながって来るのがマルチバースってことかあ」

NOVA「当然、マルチバースを形成するには、個々の世界観をしっかり構築したうえで、受け手にある程度、馴染ませてからでないと、複数の世界がつながったと言われても面白くないわけだ。別世界から誰か(何か)が来たとか、別世界に行ったというだけじゃ、マルチバースではないのだよ。最低でも3作品は異なる世界観を構築して、3世界のキャラクターが共演して見せないと、ただの共演であってマルチバースとは言えないんじゃないか?」

晶華「つまり、『マルチバースが流行している? だったら、自分もその時流に乗って、マルチバース作品を作ればウケるだろう』って考える創作者は……」

NOVA「まずは一つでいいから、世界をきっちり作れ。ろくに物語世界を作ったことのない人間が、いきなりマルチバースなんて手を広げても、面白くはならない。まあ、複数世界の価値観が異なるキャラが出会って、世界観ギャップに困惑しながら理解を深める過程がマルチバース物の醍醐味なので、そういう物語が好きなら試してみるのもありだろうが」

翔花「スパロボマルチバースよね」

NOVA「マジンガーとゲッターは同じ東映ダイナミックプロ原作だから、70年代の映画で共演したことはあるが、そこにガンダムを混ぜたのがマルチバースだな。他にヒーロー共演ゲームのコンパチヒーローウルトラマン仮面ライダーガンダムを混ぜるのもマルチバースだし、90年代にマルチバースを定着させた一番大きな功績じゃなかろうか。まあ、その前に藤子不二雄の『ドラQパーマン』とか共演ネタはいろいろあるけど、一過性のお祭りイベントじゃなくて、定期的に作品シリーズ提供することで定着させたという意味では、スパロボ以前にはなかったのではないかと考える」

晶華「個人単位では難しいけど、キャラクター版権を持ってる会社が複数の人気キャラをコラボして、共演イベントを作れば、マルチバースは簡単に作れるってことね」

NOVA「安易に考えるなら、そういうことだろうな。現代のフィクションや企業の商品企画では、どんな人気キャラとのコラボを示すかが一つの宣伝効果になっている。しかし、物語を考えるなら、そういうのは浅はかなタイアップでしかない。ウルトラマンがカレーとコラボするなんて昔からしょっちゅうだし、そこに物語的な必然性はない(シーン的な元ネタはあるにせよ)ので、世界観とかマルチバースなんて小難しい話は必要ない」

翔花「ただの宣伝ではなくて、物語的に意味のあるのがマルチバースってこと?」

NOVA「そう考える。マルチバースに必要なのは、世界観の違いがストーリー描写されていることだな。例えば、ガンダムマジンガーとゲッターが何の違和感もなく、普通に敵の悪役連合と戦う初期のスパロボでは、マルチバースの醍醐味である異世界物語のカルチャーギャップがない。ヒーローたちがそこに一緒にいるだけでは、今の時代では当たり前すぎて、どこにでもよくあるネタでしかないわけだ」

晶華「じゃあ、どうすればいいのよ?」

NOVA「一言で答えるのは難しいな。90年代の初めは、単にロボット共演ゲームという題材だけでも珍しかったから、懐かしロボファンにウケた。そして90年代は懐古オタクが70年代のアニメをビデオやLDなんかに触れて、再研究することが流行した時代でもある。入手と再視聴の機会の少なかった映像作品に触れる機会が増えたり、時代が昭和から平成に変わって、昭和研究が一つのテーマにもなった時代。また、世紀末という世相もあって、最初にそういう予言を話題にした70年代のオカルトブームが再燃した時代でもあったわけだ。つまり、70年代の作品が、90年代の未来を予言した先見性に満ちた内容にも見えたんだな。児童向きと思われた作品が、意外と世相を上手く切りとっていて、深みをもった警鐘や未来の希望や不安を映し出した鏡にも見えたりもして」

翔花「20年前の物が流行しやすいと?」

NOVA「小さい子どもが大人になって、いろいろ発信できるようになると、改めて自分が幼少期に見て楽しんだものを振り返って、大人視点で語りたくもなるものさ。すると、おじさん世代も20年前に酷評したものの再評価を考えたくもなる。さすがに20年経って、熟成された目で見れば、当時の感情論とは別の受け止め方もできるだろう。少なくとも、20年を忘れ去られず生き延びた作品に相も変わらず酷評していたんじゃ、自分が時代に取り残されていることを曝け出しているだけだからな。当時は受け入れられなかったものにも、時間を置いた後から客観視して一定の評価を与えるのが冷静な批評家だろうと考える」

晶華「で、マルチバースの醍醐味は、世代の差にもつながるよね。2、30年前の価値観と、今の価値観の違いとかは、それだけでジェネレーションギャップで世界観の違いとも言えるし」

NOVA「自分たちの世代がどういう目で見られているかや、自分たちの世代の偏見なんかは他者の評価にさらされてみないと気付かないからな。これは多元世界のマルチバースも同じで、異なる価値観の異世界が触れ合うことで、作品世界の特徴が浮き彫りになるというストーリーの面白さがある。スパロボの物語も当初は単純だったのが、そのうちキャラ立ちした常連キャラクターがそれぞれの世界の相手にツッコミを入れるようになる」

翔花「例えば?」

NOVA「少年から大人の男性に成長したアムロに対して、いつまでも顔の変わらない兜甲児が『少し見ない間におっさん臭くなりやがって』とツッコミ入れたら、アムロが『デスクワークなんて慣れない仕事で忙しかったからね。ストレスも溜まるさ』と応じるとか」

晶華「アムロさんと兜甲児さんと、ゲッターチームの流竜馬さんは昔からの戦友って設定になってるのね」

NOVA「この15年近くは竜馬も旧作とキャラが変わった(真ゲッター版)し、甲児も2018年のINFINITYでようやく大人バージョンのキャラが誕生して、アムロたちと大人の戦友同士に成熟した姿が、初期のスパロボを知る者には感慨深いんだ。で、御三家はまだ知り合い同士なので、互いにサプライズを感じる場面は少ないんだが、後から参加する新参戦の作品世界にはいろいろツッコミを入れてキャラ弄りや世界観弄りをするのが楽しいんだな」

翔花「例えば?」

NOVA「エヴァのシンジに『辛気臭い』と言う甲児に対して、アムロが『彼も急激な環境の変化に対応できていないんだ。ナイーブな少年みたいだからな。気持ちは分かるが』と擁護したり、新たな作品世界のキャラを既存キャラがどう受け止めようとしているか、また生意気なアスカにバカ呼ばわりされて怒る甲児と、大人らしく諭すアムロとか、いろいろな例が挙げられるが、何よりも衝撃なのはGガンダム東方不敗だったな」

晶華「生身で巨大ロボットを倒しちゃう人ね。確かに世界観の常識が違う」

NOVA「一時は、宇宙人説が(ネタとして)まかり通ったり、ゲッター線が詫びを入れて復活させたり、何だか登場するたびに衝撃的なネタを頻発するおじさんだったな。スパロボファンで東方不敗のファンじゃない人っているのかな、ってレベルでキャラ立ちしていた」

翔花「世界観をそのまま体現したキャラクターは強烈ってことね」

NOVA「どのキャラの視点で、新登場キャラやメカ、それに敵勢力を評価するかが作品ごとにいろいろで、一番安定感があるのは、部隊司令として一番キャリアの長いブライトさんだが、今回のブレイバーンの参戦で、また呆然としているのが笑った。やはり、物語で衝撃を示そうと思えば、劇中で安定した常識人ポジションを据えるのが定石だ。視点キャラはホームズのワトソンみたいに、優秀な観察力と思考力を持ち合わせた凡人が相応しい」

晶華「それのどこが凡人なのよ?」

NOVA「ワトソンは、医者で作家だから普通に優秀なんだが、超天才な名探偵のホームズみたいな華やかさはない。安定した視点の一般人キャラだから、恐ろしいものは普通に恐ろしく感じるし、凄いものには凄いと感じ入るし、ホームズが遭遇する事件と彼の驚くべき名推理を読者に伝えるには最適な人材なんだ。これが誰の目から見ても無能で愚かなキャラの視点で描かれた物語だと、凄さが伝わらない。視点キャラをその物語世界の平均やや上の常識人に設定することは創作の基本だと思うな」

翔花「スパロボだと、それがブライトさん?」

NOVA「まあな。ブライトさんがいないスパロボは、SEEDのマリューさんや、ナデシコのユリカやルリなど優秀な女性艦長の出番になるが、作品ストーリーも合わせて、どこか部隊の行動が勢い任せの場当たり的になって、安定性に欠ける気がするのは偏見かな」

晶華「定番慣れってものもあると思うけどね。定番と違うことをされると、安定性に欠けるのは当然。でも、サプライズを見せようと思えば、視点キャラは常識を持った凡人で、鑑賞者の感情移入しやすい人物が一番」

NOVA「視点がコロコロぶれる小説は読みにくいし、作家の技量が明らかに下手だもんな」

晶華「話題がコロコロぶれる書き手は?」

NOVA「下手だな(苦笑)。思ったことを書き散らしているだけだから、論考としてはとっ散らかり過ぎて、まとまりが悪すぎる。一度、考えをまとめてからでないと、これ以上は読めたものじゃない」

(ということで、唐突に当記事 完)