何だか、コメント欄が変な展開になっているなあ、と感じつつ、番組自体、後2回で終わることですから、それほど尾を引くこともなかろう、と判断し、
可能な限り、真摯に応対してみます。
擬態ワーム出現
nova 『あらゆる意味でネタにマジレスw』
偽NOVA出現ですなあ。
こういう紛らわしいものは即削除がセオリーなんでしょうが、一応、当ブログで初めて出現した偽者ということもあって、記念に残しておきます。
ただし、以降は、同種の擬態煽りは削除って方向で。
でも、一つ気になるのは、「ネタにマジレス」ってのがどういう意味か? と。
「NOVAのブログネタに、乾子氏がマジレス」という意味なのか、
「乾子氏のコメントがネタで、それにNOVAがマジレス」という意味なのか、判断がつきません。
もちろん、その「両方という意味」もありうるわけですが、
ここで、NOVA自身の主張をしておくと、「NOVAは乾子氏の発言をネタ、というようには受け取っていない」ので、ブログ主としては真摯に対応する姿勢で臨む所存。
まあ、匿名掲示板のノリだと、「乾子氏のような発言はスルーあるいは揶揄して貶めるが鉄則」「それにマジレスするのは格好悪い」となるのでしょうが、
NOVA自身は、真摯なコミュニケーションの可能性を追求したい人なので、その手の煽りは、「ここでは場をわきまえない野暮な代物」と判断します。
感想の向き不向き
乾子 『正直、ライオン丸Gの感想向かないんじゃないですか?
私は、大根監督のノリが嫌いじゃないです。w』
さて、乾子氏の最初の書き込みがこれですが、
それに対するぼくのレスは、「ブログに好きに感想書くのに、向き不向きがある……とは思わない」というもの。
ここで、乾子氏が「『ライオン丸G』という番組のファンで、もしかすると大根仁監督の別の作品*1も見てきているドラマ通かもしれない」という前提で考えてみると、
NOVAのブログが「『ライオン丸G』という番組を不当に貶め、大根仁監督を見下している」と判断したからこそ、上記のコメントを入れた、と推察しています。
だったら、こう書きましょう。
それは、誤解だ、と。
NOVAは、『ライオン丸G』を貶めるつもりはないし、大根仁監督を見下してもいない。そもそも、NOVAは嫌いな作品をわざわざブログで批評するほど暇じゃない。嫌いなら自分が見なければそれでいい、と考える人です。
もちろん、NOVAにも「好きで見ている番組が、こうあってほしい」という気持ちはありますし、「自分の望む展開にならなかった場合に、不満を感じたり、あれこれ感想を書く」こともあります。
当ブログは、ただ、それだけの場である、とNOVA自身、心得ているわけで。
もしも、乾子氏が『ライオン丸G』ファンで、NOVAが『ライオン丸G』アンチであれば、話は分かりやすい。こちらも遠慮なく、『ライオン丸G』を貶めればいいだけだから。
でも、ややこしいことに、NOVAは『ライオン丸G』ファンなのだ。そうでなければ、火曜日の深夜にわざわざ起きてまで見続けることはしないし、「最終回の翌日は朝から仕事だよ。さすがに深夜まで起きている余力はないから、その日だけは録画だな」と考えたりもしない。
つまるところ、乾子氏のコメントは、一人の『ライオン丸G』ファンが、別の『ライオン丸G』ファンに対して、「感想向かないのでは?」と言っていることになるわけですな。
なお、『ライオン丸G』という作品の感想にNOVAが向いていない理由をいくつか考えてみました。
- 『ライオン丸G』は、基本的に「夜のカブキ町」のアダルトムードを売りにした作品である。しかし、NOVAはアダルトで助平なノリを、自分のブログの売りにはしていない。よって、そういった要素は、この場では深く触れていない。
- 『ライオン丸G』は、大根仁監督の作品である。しかし、NOVAは大根監督の作品をあまり知っているわけではない。そのノリに付いて行くだけの下地は少ないのかもしれない。
ただし、逆にNOVAが『ライオン丸G』という作品の感想に向いている理由も挙げてみます。
- 『ライオン丸G』は、『快傑ライオン丸』を素材とした特撮アクションドラマである。よって、『快傑ライオン丸』が好きだったNOVAが、その要素に注目して感想を書くことに問題はない。
- 『ライオン丸G』には、ひかる一平という役者が登場しており、また、大人の世界の裏稼業を題材にしている。この点で、NOVAは時代劇「必殺シリーズ」との共通点を感じ、その切り口から番組を追跡しようと考えた。
つまり、『ライオン丸G』という作品の感想を書くに際して、NOVAは乾子氏とは異なる視点、切り口を有しているわけであり、
それに触れることなしに、自分の求める作品感想が書かれないからという一面的な理由で、「感想に向かない」という意見を出すのは、どうなんでしょう?
王道とカルト
ライオン丸Gはやってること結構王道です。
そりゃ、あなたの言う「カルティー」な部分が目立つかもしれませんがね。
これは、ぼくのレスにある「『ライオン丸G』という作品は、王道路線ではなく、異色作だから、カルティーなノリをネタとして楽しめる人向き」に対するコメントですね。
ここで、特撮ヒーロー物における「王道」という言葉を改めて定義してみると、NOVAが考えるそれは、大きく2種類。
基本パターンは1で、2は「主人公の成長」がきちんと描かれていれば王道だけど、主人公の成長があまり描かれずに中途半端に終わってしまえば(最後までヒーローとしての頼り甲斐を得られなければ)、「特撮ヒーロー物」としては王道ではない、ということになります。
もちろん、「勧善懲悪の要素」とか、「ヒーローに対する周囲の評価」とか、「コミカル要素の配分」とか、考える要素は他にもあるでしょうが、おおむね、主人公のヒーロー性がきちんと確立されているかどうかが問題です。
こういう観点で、『ライオン丸G』を考える場合、主人公の獅子丸は2のような「成長するヒーロー」の要素を確かに持っています。最終回はまだですが、おそらくは「選ばれし者の使命に目覚め、タイガージョーと協力して巨悪の豪山を倒す」のでしょう。この部分を王道ととらえることはできる、と思います。
ただし、10話の時点で、そういう獅子丸だったかどうか? 残り3話の時点で、「選ばれし者」としての自覚を持たず、宴会の余興でライオン丸に変身し、呆れた錠之介にボコられる獅子丸が「王道ヒーロー」と言えるかどうか。
なお、話を広げると、ロボット物という観点でも「王道」と「カルト」を考えることができます。
1は、マジンガーZに代表されるスーパーロボットで、
2は、ガンダムに代表されるリアルロボット。
ただし、主人公が結局、成長しきらなかった『エヴァンゲリオン』は、NOVAの中では到底、王道とは言えず、(人気はどうあれ)カルト作という位置づけです。そして、『ライオン丸G』は、そのエヴァと同種のテイストを感じます。
また、エヴァについては、ラスト間際までは、割と王道路線で進行していたのに対し、
『ライオン丸G』の方は逆に、ラストギリギリになって、ようやく王道っぽさを見せ始めたかな、という考え。
果たして、このまま王道を貫く作品になるか、それとも最後にどんでん返しが発生するか?*4
それと、『ライオン丸G』を評価するのに際し、「王道であること」を必ずしも考慮する必要はないのでは?
この作品は「王道だからいい」のではなく、「王道のアンチテーゼをしっかり描いたからいい」と評価されるべき作品だと考えます。
たとえば、特撮ヒーロー物では『アクマイザー3』、ロボット物では『伝説巨神イデオン』、必殺シリーズでは『必殺からくり人』などが、最後に主人公たちが全滅して終わるなど、王道とは呼べない特殊性、独自性を備えていますが、マニアの間での作品評価は決して低くありません。
偏屈と素直
あなたが偏屈なってるだけでは。
妙なこだわりを持ってるのがいけないんですよね。
もっと素直になって有るがまま受け入れてみたらどうなんですかね。
「偏屈」「妙なこだわり」……説得力を全く欠いた言葉ですな。
普通、こういうことを言われて、素直に「はい、そうですか」という人間はいませんって(笑)。
ちなみに、ぼくの中での「こだわり」の部分は、「特撮ヒーロー物に対する好意的視点」ですし、それを外した観点で、作品を論じるつもりはありません。
本気で、そういうこだわりを外してしまい、極力一般的な視点を意識して、『ライオン丸G』という作品を論じるなら、
それは「過去の作品を題材にしつつ、それを冒涜したのみならず、一部のマニアック人気だけをあてこんでカルト的商業主義に毒された、箸にも棒にもかからない、くだらない映像作品」ということになります。*5
当然、ぼくは、「特撮ヒーロー物に対する好意的視点」という「妙なこだわり」を捨てるつもりはありませんし、その他、自分がこれまで培ってきた文脈を無視してまで、『ライオン丸G』という作品を乾子氏の好むように、過剰に持ち上げるつもりもありません。
ここでのブログ感想は、NOVAの素直な作品感想ですから、乾子氏の方こそ、NOVAのブログを「もっと素直になって有るがまま受け入れてみたらどう?」と返しておきます。
どうも偏見を持っているのはお互い様のようですし、
相手を「偏屈」と罵っているだけでは、何も分かり合えないと思いつつ。
加賀美と錠之介
乾子 『あと、ジョーさんはヘタレたわけじゃないと思いますよ。
ぼくは、「ジョーさんがヘタレた」とは書いていないんですけど。
ぼくが書いたのは、「接吻効果で腑抜けになった」という表現。それは、あくまで「サオリや獅子丸に対して、それまでの強面ぶりが発揮できなくなった」という意味合いです。
もちろん、そういう状況で、シシトラに襲われて、ろくに反撃できず、ギンサチを奪われたわけだから、ドラマとしては大変、説得力があります。
腑抜けになっていない、いつものジョーさんなら、そう簡単にギンサチを奪えないでしょう。
当然、この危機を乗り越えたら、ジョーさんは元どおりの強さを取り戻して、逆襲に転じると考えます。ただし、「豪山が実は家族の仇(おそらく)」という事実を知って、一層、動揺することがない、という前提で。
また、NOVAに対する反論(?)のつもりで、天道語録を引き合いに出していましたが、
加賀美が愛する弟の姿をしたワームを倒せないことと、
ジョーさんが突然恋してしまったサオリのことで頭がいっぱいで、ギンサチを奪われてしまったことを
同列に論じるのもどうかなあ、とは思います。
愛する者を想うあまりに手が出せない、という状況の喩えなら、「サオリを人質にとられたために抵抗できない」とか「豪山への育ててもらった恩義のために、悪と知りつつも立ち向かえない」とか、そういう局面があれば納得、ですね。
PS:何だかんだ言って、明日の放映を楽しみにしつつ。