本編前の打ち合わせ
NOVA「結局、翔花伝のラーリオス編は、日曜の太陽編と、月曜の月編で終わらず、木曜の花粉症ガール編までズレ込んじまったなあ」
翔花2号「まあ、主役は私たち花粉症ガールなんだから、それでいいんじゃない? それよりも、いきなり台本を渡されて、『お前、サブマスターとして、NPCのトロイメライ担当な』と言われたときは、無茶ぶり過ぎると思ったわ。急いで、トロイメライの登場する『夜明けのレクイエム』を読み直す羽目になったし」
NOVA「読んだんだ」
翔花2号「読まないと、トロイメライの演技ができないじゃない。演じるなら、原作を読み込んで完璧な演技をするのが、私の女優としてのポリシーよ」
NOVA「さすが、知力の2号は言うことが違う。これが1号だったら、『え、そんなの面倒くさい。私は自然体で行くわ。細かいフォローはNOVAちゃんに任せた』って言いそうで」
翔花2号「確かに、そう言いそうね。だけど、調子に乗って、『私には花粉症の神さまとNOVAちゃんが付いているんだから、ありのままに行動していれば、結果は後から付いてくる。主人公ってそういうものでしょ』とか言いそうで」
NOVA「ということで、お姉ちゃんに頼れない部分は、妹のお前に頼ることになるんだが」
翔花2号「だから、どうして九州で修行しているお姉ちゃんより、私の方が忙しいのよ。メガネンジャーにも出演して、まさかの翔花伝にも出演して、助演女優賞をいただきたいわ」
NOVA「これだけ働いているのに、主演じゃないのが少し不憫だな。そのうち、お前が主人公の冒険物語を書いてやるか」
翔花2号「そんなのいらない。私には過酷な冒険生活よりも、クーラーの付いた快適な部屋で、のんびり読書している平和な日常が似合っているの。面倒くさい危険な冒険は、お姉ちゃんに任せた」
NOVA「結局、お前もその系のキャラかよ。自分が面倒だと感じる仕事は、全部他人に任せて良しとする系。こっちがお膳立てを整えてやって、初めて行動するところは姉とちっとも変わらん。もっと主体的にだな(ブツブツ)」
翔花2号「あ、NOVAちゃんのスーパー説教タイムよりも、読者の皆さんはお話の続きを読みたいと思っているの。さっさと、本編を始めましょう」
トロイメライ・タイム
謎のメガネ少女「私はトロイメライ。夢の世界をさすらう女。今は花粉症ガールの姿を借りている」
カート「ト、トロイメライ!?」
翔花「まさか、嘘!? どう見ても、私の妹の粉杉翔花2号ちゃんじゃない。ねえ、そうよね、NOVAちゃん」
NOVA「いや、あの全身を包む影のオーラはどう見てもトロイメライだ。どうやらプレ・ラーリオスに登場した影の女が、翔花2号に取り憑いて、ここに現れたらしい。作者の俺には分かる」
翔花「影のオーラなんて、私には見えないよ。カート君、本当にあの人ってトロイメライさん?」
カート「さあ。ぼくにも何が何やらさっぱり。だけど、本当にトロイメライなら、今から出すぼくの質問に答えられるはずだ」
トロイメライ(?)「フッ、この知力の私に質問とは、カート、あなたも成長したものね。どんな面白い質問をしてくれるのかしら」
カート「お前がトロイメライなら、ぼくたちが最初に会った、惑星タトゥイーンの夢のとき、最初にお前が口に出した言葉を覚えているはずだ」
トロイメライ「普通は、そんな細かいことなんて、自分の言ったことでも覚えているはずがないものだけどね。私は知力担当だから、しっかり覚えているわ。『これは、ただの夢ではありませんから』 ついでに、その後、私はこう言った。『剣を引きなさい、ラーリオス様。SF映画の世界はもう終わりです』」
カート「正解だ。あれは、ぼくの夢の中で、他に誰も知るはずのない記憶。それなのに、正解を言い当てたということは……」
NOVA「『どうやら、夢と、現実を混同されているようですね。無理もない』って感じか」
カート「NOVAさん、あなたまで。一体どういうことですか?」
NOVA「だから言ったろう。俺は作者で、お前の物語は未完とは言え、今もネットで公表されているんだから、セリフぐらい、調べれば分かる。具体的には、『夜明けのレクイエム インターミッション1 ハリウッズ・ナイトメア』の章だ。そろそろ認めろよ。俺がお前の作者だって」
カート「そんな荒唐無稽な話、誰が信じられるものか。あなたは星王神なんだから何でも知っていて当然。あのショーカさんにそっくりなメガネの女の子は、トロイメライ本人、あるいは、その魂を宿した者。そう考えた方が、よほど納得できるというもの」
NOVA「ああ、お前がそう納得したなら、それでいいよ。さて、トロイメライと名乗る女よ。この度の降臨は歓迎するところだが、何をしに現れたのか、その真意を聞きたい」
トロイメライ「時空魔術師のそなたなら、大方の察しは付いているでしょう。しかし、ここにはそなたほど察しの良くない者が2人もいるようね。さて、何から説明すればいいのかしら」
翔花「質問。あなたは私の妹の翔花2号ちゃんでいいのよね。何だか、ヒノキちゃんに、私とあなたが会ったことは夢じゃ、と言われて、私自身、何が夢で何が現実か分からなくなってるの。どういうことか説明して欲しいです」
トロイメライ「その質問に対しては、『全ては泡沫(うたかた)の夢のようなもの』と答えておくわ。視点を変えれば、私とあなたの存在そのものも夢のようなものかもしれない。だけど、私は自分の存在を確信しているし、あなただってそうよね。つまり、デカルト曰く『我思う、故に我あり』 自分の存在さえ確固とした信念に基づいているなら、自分の知見したものにさえ確信は持てるはず。あとは他人の知見、他人の世界観との整合性をどう折り合わせるかの認識の共有次第。たとえ見ている景色は同じでも、自分と他者とでは受け止め方に違いがあるのは当然なのだから。あなたがNOVAちゃんを愛していても、全ての人がNOVAちゃんを愛しているとは限らない。だけど、あなたのNOVAちゃんへの愛は、現実ではなく夢や幻なのかしら」
翔花「そんなことはない。誰が何と言っても、私の愛は本物よ。この想いは誰にも否定させやしない」
トロイメライ「愛情などというものはただの幻想に過ぎない、という者さえ世の中にはいるけどね。だけど、あなたがその他人の信条、世界観に縛られる必要はない。夢と現実の区分も所詮はそういうものだと私は考えている。これで、答えになっているかしら」
翔花「うん、完璧とは言えないけど、何となく分かった気がする。私は自分を信じたらいいってことね。だけど、他の人は別の何かを信じてる。その中で、共有できる想いを見つけ出すのは難しいこともあるけれど、上手く想いをつなげることができれば素敵だって。ありがとう、トロイメライさん。憑代にしているっぽい翔花2号ちゃんにもよろしくね」
トロイメライ「うん、お姉ちゃんも修行を頑張ってね、と、あなたの妹なら返事するでしょうね、きっと。そして、カート・オリバー、次はあなたの話に移りましょう」
カート「ああ、トロイメライ。ぼくは君の希望を否定した。暗黒の王として、邪霊たちの上に君臨し、スーザンを闇に染め上げ、君を神に祭り上げるという野心をな。今さら出てきて、何の用だ。ぼくは君のゲームのコマじゃない」
トロイメライ「本当に愚かな子ね、あなたもスーザンも。ちっぽけな良心に縛られて、自分たちと世界を間違った支配から解放することを否定し、星霊皇の呪縛に囚われて、不幸を味わった。もう、あなたたちは私の計画からは外れた存在。私はまた別の計画を紡ぎ上げるつもり。あなたたちに何の未練もないと言えば嘘になるけれど、変に執着して自分を見失うつもりもない。期待はしたし、愛着も感じたけれど、もう過ぎたこと。私はこれ以上、あなたたちに干渉するつもりはない」
カート「だったら、どうしてまた、ぼくの前に現れた? 今度は何を企んでいる?」
トロイメライ「そこの時空魔術師の希望よ。あなたの解放に力を貸してくれって」
NOVA「ああ、俺じゃ太陽の星輝石は処理できんからな。トロイメライなら何とかできるんじゃないかと期待したんだが」
トロイメライ「それは無理ね。私は神じゃない。神になり損ねて邪霊に堕ちた女だから。かつては星霊皇クリストファーの裏切りに合い、今度も手塩にかけて育てたカート・オリバーやスーザン・トンプソンに反発された」
カート「当たり前だ。邪霊が復活して、世界が混沌に包まれる未来なんて認められるか」
トロイメライ「そこをうまく管理し、王と妃の立場から支配するのが、あなたとスーザンの使命だと考えたんだけどね。そのために神としてできるだけの支援をするつもりだった」
翔花「はい、質問。邪霊と悪霊って何が違うの? 花粉症ガールは精霊少女なんだけど、同じ霊としては違いをはっきりさせておかないと。花粉症ガールは悪霊を浄化するのが使命だと思ってるけど、邪霊が悪霊と同じなら、トロイメライさんのことも浄化しないといけないのかな」
NOVA「星輝世界における邪霊は、星霊皇クリストファーが定めた定義だからな。キリスト教の一神教的価値観、そして科学の合理主義に反する超自然の存在を全て一括りにして、世に災いをもたらす邪悪なものとして排除した歴史がある。星霊皇の定義に従うなら、花粉症ガールも邪霊ということになるし、俺のような時空魔術師はゾディアックの管理社会から外れた異端者ということになるだろうな。俺はトロイメライを悪霊とは認定しないが、敵に回すと厄介な存在だとは認識している。今のところ利害は対立していないから、敵対する理由はないがな」
翔花「すると、トロイメライさんと戦う必要はないわけね。それなら私の敵は星霊皇のクリストファーさん、ということになるのかしら」
NOVA「お前が星輝世界に行くことがあれば、そうなるのかも知れんが、そんな予定は一切ないからな。ラーリオスにも、星輝世界にもケリをつけるのがこのエピソードの目的なんだから。時代は新しい物語を求めている。原点回帰ならともかく、俺の原点はラーリオスではないし、古い物語に縛られて、未来が見えなくなってしまってはダメだ。もちろん、過去の物語から今に通じる教訓やアイデアを汲み取るのは結構だし、過去を通じて自分の来し方を振り返ること自体は奨励したりもする。そのための素材としてのラーリオスの物語なんだ」
カート「NOVAさんは、どうしても物語だと言い張りたいと見える。ぼくは自分の人生や選択の数々が、誰かに仕組まれた物語だと認めるわけにはいかない。NOVAさんが、ぼくの人生を陰で操作している黒幕なら、ぼくはNOVAさんを許せません」
NOVA「ほう、神に挑むか。まるで世界の破壊者ディケイドだな。そうして花粉症ガールの世界まで破壊するつもりか、お前は」
カート「ぼくは破壊者なんかじゃない!」
NOVA「ジルファー先生やロイドの命を奪っておいて、よくもそんなことを言えるな。トロイメライに従っていれば、お前はいくつもの命を救えたはずなんだ」
トロイメライ「そうね。その実現しなかった可能性の未来の話は、私も是非聞きたいところね」
NOVA「あらすじ的なプロットで良ければな。大体、こんな感じだ」
★プレ・ラーリオス「暗黒ルート」
トロイメライの計画に従い、邪霊の王、究極の死人使い(ネクロマンサー)として星霊皇を倒したダーク・ラーリオスことカート・オリバー。
トロイメライはかつての想い人であったクリストファーの潰えかけた魂を吸収して、星王神の力と地位を手に入れる。
一方、カートは想い人のスーザンに闇の口づけを与え、自らの妃と為した。
こうして、世界は封じられた邪霊や魔物、秩序立った科学とは相容れぬ魔法の力が復活する、暗黒中世時代に逆行するかと思われた。
しかし、カートはスーザンと協力して、世界の文明を維持する選択を試みる。
それは、太平洋に沈んだ古代の大陸を浮上させ、暗黒大陸ラー・ムーンとして支配。解放された邪霊その他の諸力がその大陸のみに集まるように世界法則を書き換え、自らは暗黒皇帝として皇妃と共に、ラー・ムーン帝国を隔離統治するというものだった。
世界中の人々は突如出現した暗黒帝国を魔物の地として恐れたが、カートは世界からの干渉を拒絶すると共に、自らも世界には干渉しないことを宣言。ZOAコーポなど限られた組織を窓口として、相互不可侵条約を国連に要求。
国連の過激な勢力は、侵略者の要求に対して逆侵攻を試みたが、魔力に満ちた大陸付近は謎の磁場か何かで物理法則が狂い、機械が正常に動作しない現象に見舞われ、上陸困難。かろうじて上陸を果たした兵士たちも、大陸の魔物に襲われるか、自らも魔力の影響で異形化してしまい、部隊は全滅。そうした経緯の報告や、ゾディアックの政治工作の影響もあって、間もなくラー・ムーン帝国への不干渉が決定される。
国際社会は、これまでの常識の通じない異世界めいた新大陸と、それを支配する新帝国への警戒を緩めないながらも、次第に共存への道を模索し、やがて受け入れるようになっていく。
邪霊と共に、世界中には異能の力もはびこり、その多くはラー・ムーン大陸に集中したが、ごく稀に他の地域にも出現するようになっていった。
その中には、ヒーローやヴィランも見られ、彼らは社会に融けこむか、自分の居場所、あるいは倒すべき敵を求めて暗黒大陸に向かう者もいた。彼らの中には暗黒皇帝ラーリオスこそが世界を混乱に陥れた諸悪の根源として敵視する者、あるいは超人ラーリオスが自らを犠牲にして闇の力を大陸だけに封じ込めていると考える者、またラーリオスさえ倒せば絶大な力が手に入ると信じる者など、様々な意見が蔓延していた。そして、今日も暗黒大陸で弱肉強食の戦いが繰り広げられる。
NOVA「……といったところかな。一応、現実世界をベースにしながら『改変された世界』を構築して、異能を持ったヒーローや冒険者が戦ったり、探索を繰り広げることのできる異世界ファンタジーワールドじみたラー・ムーン大陸を設定。TRPGの世界観としても使えそうな感じだな。まあ、実際にそうするなら、細部をもっとじっくり詰めなければいけないだろうが。プレ・ラーリオスの物語の一つの終わり方として、正史扱いになる『太陽の失墜』や原案者の『雄輝編』につながらないハッピーエンドルートってことだな。もちろん、異形や混沌めいた異能力を得てしまって普通の人間ではいられなくなる魔大陸や、世界から隔離された閉じた感覚が嫌いでなければ、だが。ダークでケイオスな世界観の方が、ヒーローの活躍する舞台としてはいいんじゃないかな、と考える。さすがに世界中がそうなってしまえば厳しいが、新たに生まれた大陸一つなら問題なかろう」
カート「選択次第では、こんな未来も有り得たかもしれない、と?」
NOVA「まあ、俺の頭の中のイメージではな。具体的に発表したのは、今回が初めてだ。暗黒皇帝というネーミングや、ヒロインを吸血鬼の妃にするなど、俺の中のダーク成分を濃厚に漂わせたエンディングだが、元々『夜明けのレクイエム』というタイトル自体、ダークな方向性だしな」
トロイメライ「本当に、こういう展開が実現しなくて、残念でならないわ」
カート「ぼくが選ばなかったから悪いのか?」
NOVA「いや、俺がそこまで執筆意欲が続かなかったのが悪いんだよ。まあ、ラーリオスの物語とは切り離したところで、設定をブラッシュアップして『暗黒大陸ラー・ムーン戦記』って感じの物語に移し変えてもいいが。なお、この物語設定のイメージソースはおおよそ以下の作品だ」
NOVA「どういう要素をどう混ぜたか細かい解説は省くが、決してつぎはぎではなく、俺なりに整合性を考えながら要素抽出しつつオリジナリティに気を配ったつもりだ。まあ、設定を考えることと、実際に物語を書く苦労は別だからな。あくまで今は頭の中のイメージに留めておく程度でいいだろう。他にも書きたいものはいっぱいあるしな」
カート「物語のことはよく分からないけど、結局、NOVAさんは、ぼくの選択が過ちだったと言いたいのでしょう?」
NOVA「何を言っても悲観的に受け取る奴だなあ。大体、この選択に正解はないぜ。どれを選んでも、お前は悩むことになる。人生の多くの選択が、多少なりとも後悔を伴うようにな。その中で、一番犠牲が少ないのが、闇の力を受け入れるルートだというだけの話だ。しかし、それは同時に光の勇者に倒される可能性を帯びることになる。闇堕ちするヒーローに憧れや刺激を感じる者もいるかもしれないが、それは決して王道ではない。そもそも、お前自身は王道を歩めないようになっているんだ。王道ヒーローは、原案者の上座雄輝であって、お前はそのアンチテーゼに過ぎないのだから。最初から闇堕ちして死すべき運命が定められていたんだ。そして、いっそのこと闇堕ちを極めれば死を免れるかもしれんと構築されたのが暗黒ルートだが、それはお前にとって決して望ましい道ではなかったはずだ」
カート「ぼくは、光の道を歩きたい。しかし、それは星霊皇の傀儡ではなく、一人の人間として生きる道。スーザンと一緒に映画を見た帰り、ゾディアックに関わることなく、楽しい普通の高校生として生き、そして大人になる未来」
トロイメライ「それは叶わぬ夢。あなたの所属する星輝世界ではね」
翔花「だけど、ここは星輝世界じゃないわ。涙目浄化OKの花粉症ガールの世界よ。だったら、カート君の希望が叶っても不思議じゃないと思うの。彼は決してヒーロー物語の主人公として立派な人格者じゃないかもしれない。逃げて、傷ついて、人を傷つけて、そして涙を流すただの人。そんな人間が無理やり拉致されて、過酷な運命を押し付けられたのがプレ・ラーリオスの物語じゃないの? NOVAちゃんが物語世界の神さまを気取るんだったら、カート君の願いを叶えてあげて」
NOVA「それは俺の役割じゃない。何故なら、神は決して人の魂までも縛ることができないからな。人の魂を縛るのは、神ではなくて人自身。神は人の心魂を反映し、時に恵みを与え、時に罰を与えるもの。神は人の想いから生まれしものであるがゆえに、人の想いを凌駕して、勝手に人の運命を操作することはできない。人の運命を決めるのは、神ではなく、その人の命に刻まれた宿業なり。それが俺の信仰観であり、人の運命を決めるのは人の想いの強さ。まして、星輝世界においては、星輝石という人の想いを反映し、人の運命すら操作する力の石、呪縛の石、宿命の石が存在する。ラーリオスの運命を定めた太陽の石を操作できるのは、結局、ラーリオス本人しかいないんだよ。そうだな、トロイメライ」
トロイメライ「そういうことね。カート・オリバー、あなたは神ではなく、自分の星輝石に願うべきよ。自分の本当の願いを。自分のつかみたかった未来を。あなたは星輝石の継承者ラーリオスに選ばれた。だけど、それはあなたが選んだ運命ではなかったはず。それなら、今こそあなたは星輝石に、自らの解放を願えばいい」
カート「ぼくの解放を? いや、それは違う。ぼくが望む未来は、ぼくだけの解放じゃない。スーザン、カレンさん、トロイメライ、そして、ぼくが殺してしまったジルファー先生、ロイド、バトーツァ、他にも星輝戦争の歴史で運命を歪められてしまった全ての人たちの魂の解放だ。太陽の星輝石よ。お前を作ったのが神なのか、あるいはお前が神を作ったのか、そんなことは知らないけれど、ぼくはラーリオスとして、お前から解放されることを、そして、お前および全ての星輝石の宿命を解放することを願う。星輝石に宿る世界の諸力は、今、世界に返還する。星輝士ラーリオスの呪われた宿命は、今、ぼくの代を以って、全て終わらせる。最後のラーリオス、カート・オリバーの名において!」
PON!
小さな閃光と共に消失す。
ラーリオス・アフターストーリーズ
翔花1号「え、何が起こったの?」
翔花2号「う、うーん、ここどこ? え、お姉ちゃんにNOVAちゃん? 何でいるのよ」
NOVA「おお、翔花2号。俺の書いた台本以上によく頑張ったな。迫真の演技だったぞ。やっぱり、お前にトロイメライ役を任せて正解だったようだ」
翔花2号「え、演技なんて知らないよ。NOVAちゃんの台本を読んでいたら、急に意識がなくなって、気付いたら、ここにいて……」
NOVA「本当かよ。じゃあ、さっきまでのは、翔花2号の演技じゃなくて、まさか本当に? いや、そういう想定はしていなかったぞ。本物のトロイメライがこの場に降臨するなんて」
翔花1号「それより、カート君はどこに行ったの? 何だか全てを終わらせるって叫んでいたけど」
NOVA「! 翔花」
翔花1号&2号『何?』
NOVA「いや、今のは1号に声を掛けたんだ。お前、森の星輝石は持っているか?」
翔花1号「それなら、杖の先に……って、あれ、消えて無くなってるよ」
NOVA「こっちの氷の星輝石もだ。カートもトロイメライも、同時にいなくなったということは、もしかすると星輝世界に所属するものは、みんな元の世界に戻ったのかもな」
翔花1号「だけど、カート君、最後に凄いことを願っていなかった? 私の聞き違いでなければ、星輝石の力を世界に返還するとか、何とか」
NOVA「それって、もしかして星輝石そのものの消滅を願ったというのか? ちょっと待てよ。それはすなわち、ラーリオスの物語の根幹設定を消滅させたってことだぞ。星輝世界から星輝石が失われたら、後に残るのはただの世界。つまり、星輝世界そのものがカート・オリバーの手で破壊されたということになる。ハハハ、あいつ、ディケイド並みの世界の破壊者になりやがった。いくら何でも、そこまで徹底するとは思わなかったよ。これで、原案者の提案したラーリオスの物語も完全に終了して、思い出だけが残ったことになる」
翔花1号「ちょ、ちょっと、そんなことをして大丈夫なの?」
NOVA「さあな。カート・オリバーが選んだ道だ。もしも、ラーリオスの物語がまだ継続中で、それを楽しんでいる読者がいるのなら、こんな形で世界を終わらせたことに、抗議する者もいるかもしれないが、たぶん、そういう奇特な読者はもういないだろう。まあ、書き手がいなくなったんじゃ、ラーリオスの物語をどうするか決める権限は俺にあると考えるし、俺は思い出話をすることはあっても、続きを書くつもりは今はないんだから、世界がなくなっても痛くも痒くもない。幸いにして、記憶や記録まで消えたわけじゃなさそうだしな」
翔花2号「だけど私は気になるわ。確か、プレ・ラーリオスは三つのエンディングを想定していたって、NOVAちゃんの台本に書いてあった。一つは、トロイメライさんの思惑が実現した『暗黒ルート』」
翔花1号「それはさっき、NOVAちゃんが紹介していたわよ。『暗黒大陸ラー・ムーン』がどうこうって」
翔花2号「私、聞いてない! NOVAちゃん、教えて」
NOVA「また、今度な」
翔花2号「ブー、ラーリオスマニアの私としては、是非ともいろいろ知っておきたいの。夜明けのレクイエムは、『第1部 接触編』『第2部 覚醒編』『第3部 発動編』までがヒーロー成長編として続いて、『第4部 暗黒編』でいろいろ迷走して、『第5部 失墜編』でいよいよ『太陽の失墜』につながる直前の中途半端なところで中断。その後、『第6部 鎮魂編』というタイトルまでは示しているんだけど、そのストーリープロットを知りたいところ」
NOVA「失墜編は、星霊皇との対決の結果で二つのルートに分かれて、一つは闇堕ちハッピーな暗黒ルート。もう一つは正史の失墜ルートになるところまではいいな。そして、暴走ラーリオスによる虐殺劇の結果、カート・オリバーが死ぬところまでが描かれる予定だった」
翔花1号「カート君、死んじゃうんだ」
NOVA「俺たちと出会わずに、ソラークやランツと対決していればな。そして、カートの魂がロイドやバトーツァの魂に導かれ、真のヒーローとして再誕、スーザンの暴走シンクロシアと対決するのが、鎮魂編のメインストーリーということになる。いわゆる『魂は不滅』的な信仰観が星輝世界の背景にはあるからな」
翔花2号「ヒーロー大好きなロイド君はともかく、あの闇神官って感じのバトーツァさんが、カート君を導くってのが意外なんだけど」
NOVA「カートの闇化が始まってから、トロイメライの手下として、気のいいおじさんとしての側面を示してきたからな。一応、ただの悪党として格好悪く切り捨てられるキャラなんてのを描きたくなかった。小悪党には小悪党なりの主人への忠誠やら心意気やらを示しておきたかった。一見、悪い奴に見えても、視点が変われば小粋なキャラに化けることもあるって善悪相対化は示したかったからな」
翔花1号「スーザンさんは最後どうなるの? カート君は死んじゃったけど、スーザンさんの運命は?」
NOVA「カートは、スーザンの呪縛を解き、暴走状態から解放する。そして、最後にスーザン視点で二つの選択肢が提示されるんだ。一つは、ゾディアックの運命を受け入れ、最後に生き残った勝利者として星霊皇の後継者になるというもの。スーザンを縛るクリストファーの妄執はカートとトロイメライの二霊の協力で除去され、トロイメライはクリストファーを引きずり込んで光になって消滅。カートがスーザンを守護する星王神となる『神霊ルート』というものを光側のハッピーエンドとして考えてみた」
翔花1号「それがNOVAちゃん的な大団円なのね」
NOVA「ああ、原案者の雄輝編が続かなくなったので、自分なりの綺麗な終わらせ方を考えた結果だ。なお、このルートでは、カートが神となって、世界の各地を天界から見守り、その下に森の従属精霊として、カレンの魂が付き従ってもいる。神さまと精霊が天界でイチャイチャしているのを見て、地上にいるスーザンが嫉妬するようなコミカルな終わらせ方もイメージして、何だか日常編的な感覚だが、実は、これこそ花粉症ガールの物語の原型と言えなくもない」
翔花1号「つまり、NOVAちゃんが世界を見守る神さま役で、私がお供の精霊役ってところね」
翔花2号「いいえ、お供の精霊役はお姉ちゃんじゃなくて私。お姉ちゃんはスーザンさんの役目がお似合いよ」
翔花1号「私がスーザンさんなら、あなたはトロイメライさんの役じゃない。光になって消滅しちゃいなさい」
NOVA「こらこら、ケンカするな。あくまで原型であって、そのまま、お前たちに当てはめたわけじゃないんだから、お前たちには別のドラマが待っている。大体、『神霊ルート』も脳内イメージでしかなかったわけで、はっきり文章化してプロットを公表したのも今回が初めてなんだから」
翔花2号「そして、本来の正史として考えていたのが、最初のメインルートってわけね」
NOVA「ああ、自分は解放されたけれど、カートが死んでしまって傷心のスーザンが表舞台から姿を消すことで、雄輝編につながる。カートの霊は太陽の星輝石に宿って雄輝を導く声になり、カレンの霊はヒロインの梓を導く声になる。そんな感じで、原案者に提案したんだが、結局、原案者は他人のアイデアを柔軟に受け止めて自分の作品世界を広げられる器量に欠けていたようで、まあ、何となくラーリオスのキャラを使って、こっそり別の物語を他所で書いていたりしたのが見つかったり、いろいろ不義理を働いたんだな。本来なら、原案者とラーリオスの創作について、あれこれ意見を交わし合って、互いの作品にフィードバックするような関係性が望ましいと思ったし、それを抜きにして、それ以上の付き合いを続けるつもりもなかったんだが、まあ、その辺の人間関係はズルズル来てしまったな、と。うまく前日譚から本編にバトンタッチする物語を紡げたら、と思いつつ、そこに至らなかったことは、本編が未完に終わったから、どっちに転んでも袋小路だったのかな、とも」
翔花1号「つまり、メインルートが一番、ゴールの見えない闇だったわけね」
NOVA「ああ、暗黒の王になるとか、神になるとかじゃなくて、星輝石に封印された霊になるってのじゃ、カートが浮かばれないと思ってな。今回の記事で、そんなカートの想いも昇華できたらな、と思った」
翔花1号「うん、きっとカート君は未来をつかんだよ。最後の星に願いをかける姿は、ヒーローっぽかったもん」
NOVA「ああ、そうだな。じゃあ、俺はこの辺で消えるわ。帰るぜ、翔花2号。次の物語が俺たちを待っている」
翔花2号「うん、じゃあね、お姉ちゃん。九州の修行はまだまだ続くけど、頑張ってね。NOVAちゃんの面倒は私が見るから」
翔花1号「うう、私だってNOVAちゃんと一緒にいたいのに。ヒノキちゃんが待っているから、仕方ないのよね。早く修行を終わらせたいよー」
カート・オリバーのアナザー・エンディング
2017年7月。
スーザン・トンプソンと一緒にスパイダーマンの映画を見に行くのは3回めになった。
最初に見たスパイダーマンは、アンドリュー・ガーフィールドがピーター・パーカーを演じていた。確か、アメイジングって形容詞が付いていたっけ。ぼくは、ナードっぽいアメコミヒーロー映画をその時までは敬遠していたけど、綺麗な彼女に誘われて見てみると、意外と悪くないと思い始めた。
アニメのスパイダーマンは、おふざけが過ぎて、いかにも子供向けという感じだったけど、実写の方はそれほど悪くない。敵役のリザードに変身するのが、カート・コナーズ博士といって、ぼくと同じファーストネームなのが若干気に障ったけど。
ぼくは、こんな異形の化け物に変身したいなんて思わない。
ヒロインの名前はグウェン・ステイシー。
あれ? 確かスパイダーマンの彼女の名前は、メリー・ジェーンじゃなかったかな、と思ったけど、別にどっちでもいいか。ヒーローなんだから、きっと複数の恋人をよりどりみどりなんだろう、と、その時は思った。
男としては羨ましくもあるけれど、本気で好きになった女の子からデートに誘われたのだから、ぼくの人生も悪くない。
ただ、2度めのデートで見たアメイジングの2は最悪だった。
スパイダーマンが、ヒロインのグウェンを守ることができずに、死なれてしまうのだ。
スーザンも相当ショックを受けたようで、その夜は気まずい雰囲気になった。「好きな女性を守れないなんて、ヒーロー失格ね」辛辣な口調で訴える。
「ぼくなら、何を置いても彼女を真っ先に助けようとするな」そう答えると、スーザンは青い瞳でぼくを見つめた。その瞳で正面から見つめられるたびに、ぼくの心臓は短距離を一気に駆け抜けたようにペースアップする。
「私は……ヒーローだったら個人的に好きな人の命よりも、世界の多くの命を救うことを優先すべきだって考えていた。だけど、実際にそういうシーンを見てみると、本当に辛いことが今夜、初めて分かったの。グウェンを失って悲しむピーターの姿、あんな辛い気持ちなんだなって……」
月明かりに照らされて、スーザンの瞳が涙に濡れているのが分かった。
ただの映画じゃないか、現実じゃない。そういう言葉が一瞬、脳裏をよぎったが、その言葉を口に出すと、二人の関係が終わってしまうことは何となく分かった。
ぼくにとっては非現実の映画でも、スーザンにとっては現実なのかもしれないって、彼女の真剣な表情を見ると、気付いたんだ。たぶん、ぼくよりも多くのものをスーザンは映画の中に見て、ぼくよりもヒーローの物語に没入しているんだなって。
スーザンは、表面的には明るいチアリーダーっぽく見せかけているけど、その本質は空想の物語に没入するナードなんじゃないか、とようやく気が付いた。
ナードにはあまりいいイメージを持っていなかったけど、そういう偏見は撤回するべきかもしれない、と考えた。
スーザンが、その夜、見せた涙が、ぼくの心を洗い流した。彼女と同じものを見たい、同じものを感じたい、それが例え子供っぽいナード趣味であったとしても。
ぼくの姓のオリバーは、パワーレンジャーのトミー・オリバーと同じだって子供のときは単純に喜んでいたっけ。それに、グリーンアローってヒーローの名前は、オリバー・クイーンだって兄貴から聞いたような気もする。今度、チェックしてみるか。
「カート、ごめんなさい」スーザンの謝る声が、ぼくを物思いから引き戻した。「急に泣き出したりして。たかが映画の話なのにね」
「それだけ、君の感情が豊かってことじゃないか」そう言ってから、思わずスーザンのか細い体を抱きしめた。拒絶されるんじゃないか、とか、そういう気持ちにはならなかった。ただ目の前の女性が愛おしくて、揺れる心をしっかり支えたくて、ぼくにできることなら何でもしたいって、そういう気持ちだった。
ヒーローオタクのナードな少女? 最高じゃないか。表面を装ったチアリーダーの美少女よりも、そちらの内面の方に、ぼくは惚れ込んだ。だって、ぼくだってそれまで子供っぽいって否定していたけど、ヒーローに憧れるティーンエイジャーだって気付いたんだ。
そう、ナードの見ている空想世界が、実は現実よりも理想的で、現実をより味わい深く豊かなものにしてくれるって、今では当たり前に思えるようになった感覚を、その夜、初めて気付かせてくれたんだ。
スーザン・トンプソンの涙が。
その夜、ぼくたちはファースト・キスを体験した。
ぼくに抱きしめられたスーザンが、最初は身じろぎしたものの、すぐに受け入れたように大人しくなり、その後、ぼくの顔をじっと見上げ、瞳を閉じて、それとなく唇を突き出したからだ。
ぼくは彼女に求められるままに、唇を合わせた。後から話を聞くと、「カート、求めていたのは私じゃなくて、あなたでしょ? 私はあなたの気持ちに合わせただけ」と赤面しながら、そう言い訳していたのも何だか可愛らしかったり。
ファースト・キスはそれほど長く続かなかった。ほんのかすかに、涙の塩っぽい味を感じたくらいで、ぼくはすぐに唇を放した。
「ゴメン」ぼくは、かすれた声で、だけどボーッとのぼせ上がった頭で、そう口にするのがせいぜいだった。
「うーん、気にしていない」スーザンも一瞬、手のひらを唇に当てた後、すぐに頭を振った。「あなたも気にしないで」
気にするよ。
というか、君も気にしろよ。
ファースト・キスなんだぜ。
あ、スーザンにとってはそうでもないのかな。すでにキスは経験済みで……。
どぎまぎした気持ちで、その夜は終わった。嬉しさと、戸惑いと、好きな彼女の見知らぬファースト・キスの相手に対する嫉妬とが入り混じって、それ以上は進展できる余裕がなかったからだ。
後に、この時抱いた嫉妬の気持ちに意味はなかったことを、ぼくは知った。彼女のファースト・キスの相手は、ぼくだったのだ。少なくとも、彼女の言葉によれば。
厳密には、他にもファースト・キスの相手はいたそうだ。相手は女性で、身近な姉みたいな人だって聞いたけど。名前はカレンって言うそうだけど、あくまで冗談の触れ合いで、レズビアンとかそういう気持ちではないそうだ。
とにかく、映画のグウェンの悲劇がもたらした副産物で、ぼくはファースト・キスと、ナード趣味に関する新たな知見を得た。
それ以降、ぼくとスーザンの仲は順調に進展し、男女関係の一線を越えることこそなかったものの(ぼくもスーザンも、衝動的に振る舞うことを恐れていた)、着実にデートを重ね、ヒーローへの想いを共有していった。
ぼくが目を背けていたアベンジャーズの映画をいろいろと見て、また、スターウォーズの新作を最新のローグ・ワンまで見て、とにかく、いろいろと見逃してきた映画をいくつも補完することができた。さすがに映画館に通いっぱなしだと、お金がいくらあっても足りないのだけど、持つべきものはナードの兄貴だ。どんどん、ぼくが見たいと思っていたDVDを「それなら持ってる」と貸してくれた。
「いやあ、トンプソンさんの娘さんが、そこまでヒーロー好きだとは思わなかったな。今度、紹介してくれよ。ヒーロー談義をじっくり語りたい。できれば、朝まで一晩かけてな」
「兄貴には絶対スーザンを会わせたくない」ぼくは兄貴の冗談(?)を軽く一蹴すると、その日もスーザンとのデートに出かけて行った。
アメフトの練習? もちろん、頑張ったさ。ヒーローたちの戦う姿を脳裏に思い浮かべると、ぼくのプレイにも積極性が出て、コーチから褒められたりもした。「お前のパワーは評価していたが、勢いが足らんから後衛向きだと思っていたんだ。しかし、最近は突進力が付いてきたな。怖気づいていた気持ちがフッ切れたみたいだ。どうだ、前衛に転向してみては?」
せっかくのチャンスだったけど、ぼくは断った。「いいです。攻めるよりも守る方が性に合っているし、テクニックじゃまだまだ追いつきませんから。後ろから全体を見られる立ち位置の方が、ぼくには向いています」
そう言い訳をしていたけれど、実際は前に出ると、応援してくれるスーザンの姿に目を向けることができなくなりそうだから。前に出た方が目立って、女の子にモテるのかもしれないけど、今のぼくはスーザンの注目を浴びているだけでいい。そして、スーザンの関心は、アメフトの花形選手にあるのではないことは分かっていたから。
そして、今日、ぼくとスーザンは、2人が出会って3度目のスパイダーマンの映画を見ることになった。
今度のスパイダーマンは、トム・ホランドが主演で、アベンジャーズのアイアンマンも共演する。シビルウォーで初出演したときは、何だか幼い感じが目に付いたけれど、大人のヒーローのアイアンマンとの対比ということを考えると、アベンジャーズでのスパイダーマンは年若いティーンエイジャーである方が望ましい。
そして、新作のスパイダーマンは、ヒーローオタクでお喋りで、ええと最近知り合ったロイドって奴によく似てる。
ロイドは馴れ馴れしい奴で、「オリバーだって? トミー・オリバー? それともオリバー・クイーン? ああ、カート・オリバーですか。カートって名前で思い当たるのは……」と延々と話し掛けてくる陽性のナードだ。ナードって人種は、陰気な引きこもりだと偏見を持っていたけれど、ロイドを見ているとそうでもないことは分かった。
小柄だからパワーはないけど、機敏ですばしっこい。ぼくとは違うタイプのキャラだけど、スーザンからヒーロー好きの免疫を受け継いでいたぼくには、まだまだ足りない知識を補完してくれる好ましい相手だ。兄貴と比べて、上から目線じゃないのもいい。とにかく、自分の好きなものをまっすぐ追いかける気質の持ち主で、子供らしく、鬱屈していない。
親友? って言うほど付き合いはまだ深くないけど、ぼくともスーザンとも打ち解けた、共通の良き友人。ヒーロー以外は眼中にないって感じで、スーザンに変な色目を使わないのもいい。
スーザンに言わせれば、ロイドのヒーロー知識は筋金入りで、話を聞いているうちは楽しいのだけど、自分が何かを語る隙がないので、恋人には不適格なのだそうだ。女の子のお喋りを興味深く受け止めてくれる男こそ望ましいとのことで、ぼくがロイドの知識に嫉妬する必要はなさそうだ。
そんなわけで、ぼくはスーザンのおかげで、理想的なハイスクールライフを過ごすことができている。
どうも、彼女はゾディアックって名前の新興宗教団体に親戚が入っているようで、そのことが悩みの種だとこぼしていた。家族や信仰の問題にどこまで踏み入っていいのか、ぼくには分からなかったけど、「星に願いをかける」って祈りの文句は何となくロマンチックでヒーローっぽいんじゃないか、と思う。
もちろん、その星が邪悪なエイリアンの住む星だったら、話は別だけど。
スーザンがもしも宇宙人のスパイか何かだったら? そんな空想を考えたこともある。ゾディアックってのが現実離れした陰謀論じみた団体で、スーザンを介して、ぼくに入信を迫ってくるのだとしたら?
だけど、ぼくはこう答えるつもりだ。「架空の神を信じるよりも、現実に俳優が演じて、ぼくたちに希望を示してくれるヒーローたちを、ぼくは信じる」って。
そして、悩まずに神の奇跡にすがる信者よりも、人間として悩みながら希望に手を伸ばすヒーローのファンである方が素晴らしいことだって。
ヒーローに心惹かれるのは、それが神の力を持つだけでなく、何よりも人の心を持つからだって。
だから、ぼくは人として、好きな女性や友人たちと語り合い、好きな映画を見たりして、そこから元気をもらって、現実を生きて、一歩一歩大人になっていくことを何よりも望むって。
超パワーの石を集めて、世界を滅ぼそうとするサノスって名前の敵のことをロイドが話していた。
スパイダーマンも含むアベンジャーズは、来年にはサノスと戦うことになるんだって。その映画が公開された時には、またスーザンと見に行くことになるんだろうな。
だけど、今は目の前の映画に集中しよう。
今回のタイトルは『スパイダーマン:ホームカミング』。
「お帰りなさい」って意味で、故郷の町への愛情を示したようなタイトルが、世界の命運をかけたような壮大なアベンジャーズの物語と比べて、いかにも日常的って感じで、今のぼくにはふさわしいように思える。
そう、素晴らしい日常を満喫している今では、この平和な日々を守ることこそが、ぼくのヒーローとしての矜持なんだから。
(翔花伝 ラーリオス編 完)