WショーカとShiny NOVAのNEOスーパー空想(妄想)タイム

主に特撮やSFロボット、TRPGの趣味と、「花粉症ガール(粉杉翔花&晶華)というオリジナルキャラ」の妄想創作を書いています。

『暗黒の三つの顔』アナザーエンディング後日譚5(ED3)

最後はTSヒロインエンド

 

シロ「質問です」

009「はい、シロ君」

シロ「前回の話は本当に王道エンディングだったのでしょうか?」

009「ニチアサ的には、王道じゃないかなあ。プリキュアも含めて」

翔花「タイタン世界に魔法少女を出すのは、反則じゃなかったっけ?」

009「魔法少女じゃなくて、魔法聖女な。魔女と聖女が一つになって、妖魔獣を浄化の光で消滅させるってプロットは、初期段階ではなかった」

晶華「途中で書き進むうちに、湧いて出た、と?」

009「ゴールはきちんと見えていたんだよ。主人公が救世主パワーを発揮して、アムさんを救い、自らの肉体も取り戻し、トゥルーエンディングと似たような形で終わる、予定調和のきれいなエンディングが。精神世界でヴァンデミアと対決し、ピンチに陥った主人公が大地の精霊を『グァンドゥァァァムッ!』と指パッチンで召喚し、ルビーKと石破ラブラブ天驚拳みたいな技で逆転勝利して、熱血痛快バトルパロディで終わる展開が頭にあったんだけど、似て非なる展開に転がり落ちてしまった。魔法聖女が全てを持って行った次第」

翔花「後悔してる?」

009「してない。悪堕ちエンドに引きずられた面もあって、主人公が悪魔犬の体に入ったら、もう犬でしかなくなった。これ、原作ゲームブックをプレイしていて思ったんだけど、悪魔犬に封じられて自我を保っていた一般人少女のアムって、本当にすごいNPCなんだよ。ただの一般人にしておくのはもったいないと思ったから、この話を書いたようなもんだな」

晶華「第1部の悪女ヒロインが転生した契約精霊ルビーKと、第3部の被害者兼ラスボスヒロインが掘り下げられた聖女アムとか、獣人アムとか、魔妃のアム様とか、原作ゲームブックを換骨奪胎して、やりたい放題ね」

009「当然、これは『80年代から90年代の山本弘さんに捧ぐ』だな。『妖魔夜行』を書いていた辺りの。ゼロ年代以降の山本さんは作風も変わって来るし*1、その視点から考えると、マシロンは語り部であっても、主体的に状況を動かすヒーロー(またはヒロイン)ではない、とツッコミ入れられるな」

翔花「エンディング2では、ルビーKがメインヒロインに昇格したのが良かったと思う」

009「アムがザックのヒロインで、主人公との接点が、アナザーエンドで体が入れ替わる以外にないんだよな。で、第1部のケイ(=魔女ミューマ)は割と覚悟完了した系の悪女ヒロインで、主人公を翻弄する。この悪女ヒロインが、自分を助けてくれた純朴な若者に興味を持って、人生やり直したら? のIFが、うちのルビーKだし、峰不二子風の強かな女をイメージしてる。それに対するアムは、ケイほどキャラクターが確立されていないので、アムになったマシロン視点で、彼女の背景事情をいろいろ補完するところから始めた」

晶華「交易商人の娘というのは、どういう理由?」

009「ケイが自分の素性を、『有名だけど没落した商人の娘』と言って主人公を騙した経緯があるんだけど、攻略記事ではそれを事実と解釈して、アムはケイとの対比(没落していない商人の箱入り娘)として描くと話を膨らませやすそうと思った。また、ルビーKをリーブラ様に絡めたから、アムは対照的にシンドラ様に絡めて、結果的にケイの上位バージョンになった」

シロ「家は没落していないし、シンドラ様はリーブラ様の母神にして、より広く信仰されているという設定ですね」

009「でも、世間知はケイの方が上で……とあれこれ考えながら、ルビーKとアムは似た面も多いけど、強烈に仲が悪いと考えた。だけど、マシロンが演じるアムはルビーKの主人で、本来のアムはケイのライバルで三角関係が発生する」

翔花「アムの体と、アムさんの魂が別々だから、よけいにややこしいのよね」

009「主人公が成り変わった箱入り娘アム(A)と、そこから成長したリーブラ助祭のアム(B)、悪魔犬から化身した獣人アム姉さん(C)、ヴァンデミアに染められた魔妃アム様(D)、そしてヴァンデミアに抵抗する気高きシンドラ様の聖女アム(E)の5種類のバージョン違いが考えられる」

晶華「設定を膨らませすぎよ」

009「で、次のエンディング3では、主人公のアムBと、獣人アム姉さんCが対決するプロットなんだが……」

シロ「アムBはマシロンなんですよね。対決する理由がないじゃないですか?」

009「いや、最初に対決させるつもりはなかったんだけど、《魂交換》の儀式を行わない選択肢を選ぶと、必然的に対立することになって、困ったんだ」

翔花「どうして?」

009「身体能力の低い主人公アムじゃ、獣人姉さんとやり合ったら勝てない。そこをどうしようか、と考えての工夫が読みどころだと言っておく」

 

翔花「ルビーKが勝利の鍵と見た」

009「同じパターンだと芸がないので、そこは変えたつもりだけど、書いているうちにルビーKが出しゃばってくる可能性は否めないな。まあ、何にせよ、主人公がアムの肉体のまま、ヴァンデミアに勝利するエンドなのは間違いない。そして、唯一、主人公の悪堕ちが一切ないエンドになるはず。いや、本当はエンディング2でも、悪堕ちはしないはずだったんだけど、嬉々として犬になってしまったからなあ。犬マシロンは書いていて、意外と楽しかったし」

 

決戦の準備

 

 運命の選択は下された。

 ヴァンデミアと決着をつける。

 アムさんに体を返すのはそれからだ。

 禁呪を使って魂の危険を冒すのは避けた方がいい、とボクは判断したんだけど、そのためにアムさんを深く傷つけてしまうことになるとは、思ってもいなかった。

 最も苦い、涙交じりの可能性。

 哀しみを乗り越えた先に希望の未来があると信じて……。

 

 ヴァンデミアを倒すための準備はいろいろあった。

 まずは、獣使いの技を効率よく使うための精神修養。

 消耗する体力の一部を、肉体ではなく、魔力、霊力に置き換えることができれば、頑健とは到底言えないアムの肉体でも、より多くの召喚が可能になる。

 元々、マシロンは肉体派なので、魔術の使用による消耗を精神よりも肉体でまかなう方向で修練を重ねてきた。だけど、ケマンダー師匠は「いざという時に精神力で肉体の消耗を補う手法」を教えてくれていた。自分には必要ないから、とボクが真剣に修練をこなしていなかっただけなのだ。

 その時の指導が、別人の肉体に入るという異常事態に際して、役に立つこととなった。まさか師匠もこのような時を想定してはいなかったろうが、昔の学びが無駄ではなかったことを知って、感謝の念を深める。

 

 剣士のザックや、獣人のアム姉さんと違って、肉体的にか弱い少女のボクにとって、ヴァンデミアとの戦いで活用できる手段はいくつかある。

 1つは、獣使いの技。

 もう1つは、リーブラ様への信仰心が生み出す神の加護。

 そして、さらに有用なのは、実家の財力。ポーションなんかはそれで揃えることができるし、体力の消耗なども小刻みに回復できる局面なら肉体のハンデを補うことが可能だ。

 結局、冒険も戦いも、知恵と工夫を活かして、ある物や持てる能力をいかに巧みに使えるかが大きい、と思う。

 

 日課である礼拝所でのお祈りを続けてきた、ある朝。

 リーブラ様の神託が、ボクの心に届いた。

『禁呪を使うのを控えたのは、良き選択でした。あなたは暗黒と破滅の未来を回避できたのです』

 冒険の最中なら消耗していたはずの、神の祝福たる幸運が身を包むのを感じる。

(ありがとうございます、リーブラ様)

 感謝の祈りを捧げると、女神さまの温かい言葉がさらに全身を保護するように感じた。

『我が愛する信徒、マシロンにしてアムよ。〈闇の精〉と同様、ヴァンデミアは恐ろしい相手です。しかし、あなたの揺るぎない信仰心が、その暗黒の地に私の声を届かせる目印となりました。暗黒との戦いで困ったときは、私の援助を求めなさい。再生、脱出、呪いや病の除去などの奇跡を授けましょう』

 その後、まもなく天秤の形をした杖が届けられた。リーブラ様の祭具の一つで、聖印と同じく聖職者の証明になる他、それを振ることで奇跡の使用回数が増えるという優れもの。

 さらに「シンドラ様とリーブラ様の助祭」の肩書きが神殿から正式に与えられ、ボクは「獣使いにしてリーブラ神官」と名乗れるようになった。ただ、リーブラ神官は社会的地位も相応にあるけど、獣使いだと人々を感心させることはできても、尊敬されることはあまりない。羊飼いや牧夫が都会に出て来ても、敬意を持たれることは少ないのと同様だ。

 表向きは、「鳥さえも祝福してくれる霊験あらたかな、美しきリーブラの聖女」というキャッチフレーズで宣揚された。街の噂を酒場などで仕入れるザックが、世間で語られるボクの評判を、時々からかうように教えてくれて赤面させられる。

 この体に入って、ボクが酒場に出入りすることはなくなったけれど、相変わらず冒険者としても現役気分のザックは、救世主の評判を気にすることなく、文字どおりざっくばらんに行動している。盛り場で他の女の子に目移りしていないといいのだけど、彼の誠意は信じていい……よね。

 さすがに、彼が浮気していないかの真実を、リーブラ様にお尋ねするつもりにはなれない。そのことが冒険や暗黒との戦いの成否に直結していない限りは。

 

 そう、来たるべき暗黒との戦いに備えることが、何よりも大切なこと。

 ヴァンデミアと戦うのに必要なのは、その恐るべき肉体交換能力を防ぐための祭具である〈銀のサークレット〉。

 前にケイベシュの廃都に来た際、神殿を守るゴーレムの妨害を無力化できなかったために、サークレットなしで、ヴァンデミア(に乗り移られたアム)と対面することとなり、ボクの体はあいつに奪われた。

 少女の体で無力化したボクに、降伏するよう持ちかけるマシロン(ヴァンデミア)。幸い、石化の魔力を秘めたムジナの指輪を、精霊の導きでマシロンが身につけていたおかげで、「フォー・セブン」のコマンドワードで不意をついて石化させることに成功。とっさの機転で何とか、あいつを封印できたのだけど、そうでなければ今頃どうなっていたろう?

 ボクはあいつを「ヴァンデミア様」と呼ぶことを強要されて、嫌々ながらもかしずく奴隷に貶められていたのは確実と思えた。その果てに、抵抗する魂までも暗黒に支配されて、奴隷であることを嬉々として受け入れるようになっていたかもしれない。

 一方、悪魔犬の中に封じられたアムさんは、救出に来た冒険者がヴァンデミアに乗っ取られ、自分の体を使う彼が恭しく妖魔に付き従う様子を見せられたなら、もはや抵抗する心も保てまい。

 ヴァンデミアが目的を果たし、ボクたちが心底屈服して、その野望に加担するように染まる暗黒の未来が、容易く想像できる。

 ちょっとした選択の差で、ボクたちは異なる運命に転がり落ちていたろうし、

 その逆に、もしもサークレットを入手さえしていれば、文字どおりの救世主として、光あふれる勇者として、妖魔の王を容易く討滅できたか、あるいはもっと恥ずかしい目に遭いながら、涙目と倒錯に苛まれていたのかもしれない。

 きっと天上でサイコロを振って遊んでいる神さまたちの視点なら、ボクたちが運命に翻弄されながら、グッドな人生とバッドな人生のいずれに進むのかの選択を、一つの物語、あるいは多くの分岐点に分かれた多重展開の物語として見守って下さるのだろう。神々のゲームのコマ、と皮肉をいう者もいるらしいが、世界の多くの住人はそんなことを気にすることなく、信じる神の加護を願いながら日々の営みを続けている。

 神の視点でのみ見えてくる、異なる選択の未来。そのヒントを神託という形で示しながら、ボクたちを善導して下さるのが、例えばシンドラ様だったり、リーブラ様だったり、大地の精霊グァンドゥムだったりするのだろう。このタイタン世界の神学では、おおむねそのように解釈されているようだ。

 今のところ、リーブラ様はボクの行動が正解だとお示しになられたが、このケイベシュの神殿においても、リーブラ様のおかげで難なく突破できた。

 神殿の前で天秤杖を掲げて、女神への祈りを口ずさむと、ゴーレムは厳かな声で「リーブラの使徒よ。正義と真実の門を通るがよい」と言って、機能を停止したのだった。

 英雄伝承(サーガ)で語られるような順調さで、ボクたちの物語は滞りなく進んでいく。だけど、それを快く思っていない誰かがいることを、ボクはまだ気づいていなかった。

 

夢と愛の話

 

 〈銀のサークレット〉を参考に、ハマカイさんが専門のポーション作りの技能を駆使して用意してくれたのが〈魂保護薬〉だった。

 せっかく作ったのだから、大事に活用して欲しい、と溜め息混じりに主張するハマカイさん。

 え? 何、その反応は?

 気になったので問いただすと、どうも夢の中で、ボクたちがせっかくのポーションを使うことなく、破滅するような姿を見たらしい。

 そんなの、ただの夢……と切り捨てるつもりは、ボクにはなかった。

 だって、ヴァンデミアが夜な夜な干渉してくる悪夢に悩まされているのは、ボク自身なんだからね。

 ただ、リーブラ様の助祭になってからは、神のご加護に守られているおかげか、悪夢も見なくなったけど。

 まさか、ハマカイさんもヴァンデミアに狙われているってことはないよね。

 そう何げなく尋ねると、「バカなことを言うでない」と一蹴された。

 そりゃそうだ。

「そもそも、夢というのはヴァンデミアの専売特許というわけではない」

 あ、この話、長くなりそう。

「夢は我らの無意識の想いの現れ。あるいは、この世と異なる別の世界と通じている、と研究する者もおる」

「確か、エルフ族が夢に関する魔術に、精通しているそうですね。アランシアでその一端を予言の形で見せてもらったことがあります」

 ボクが以前の冒険での体験を手短かに語ると、ハマカイさんは鷹揚にうなずいて、

「夢が未来の可能性、もしくは神々の啓示のように扱う者も多いが、それには慎重な見極めが必要じゃ」

「と言うと?」

「夢は多様で奥深いものじゃから、一元的な解釈で思い込むと、しばしば勘違いの元になりかねん。例えば、世界が滅びる悪夢を見たとして、それが何を意味するか、正しく解釈できるだろうか?」

「ええと、今のままだと世界が滅びるから、何とか回避するように神さまが警告されているとか?」

「聖職者らしい回答じゃな。しかし、邪神の使徒なら異なる回答を示すじゃろう」

 邪神の使徒の思考なんて、知る由もなかった。

「彼らの中には、それこそ神のもたらす未来と考え、己の破壊願望を満たす理想と受け止め、自らの手で世界の破壊をもたらそうと思い込む輩もおる」

「うわー、何だか歪んでますね」

「邪神とは総じて、そういうものじゃろう。もちろん、中には直接的な破壊活動を良しとせず、別の思惑を持つ者もいようが、混沌の第一神は『死』、その次に『疫病』と続くゆえに、混沌の勢力はそれらを武器とする者が多い」

「『愛』というのは、どうなのでしょうか?」アム姉さんが思いがけず口をはさんだ。

「『愛』か……」ハマカイさんは一瞬、戸惑いを覚えたかのように硬直する。

 まあ、研究一筋の真面目な学者さんには、難しい質問かも。

 しかし、少し思考を整理した後で、ハマカイさんは理論的に愛の何たるかを語り始めた。

「『愛』は、夢と同様に多様で奥深いゆえ、一言でまとめることは難しい。夢を素晴らしいと考える者がいる一方で、夢を呪いと受け止める者もいる。愛を至高の感情と見なす、シンドラの次女アスレルの一派がいる一方、愛は盲目をもたらす病のようなものと解釈する学者もいる。愛ゆえに人は生き、愛ゆえに人は死す、というケースを考えるなら、善とも言えるし、悪とも言える。現に邪神の中には、愛から生じる『嫉妬と不和』を司る女神タニットがいて、これなどは善神が邪神に堕した一つのケースとして知られる」

 タニットなんて名前の神さまは初めて知った。

 邪神に様付けするのはどうかと思うけど、神さまって一般的に敬称をつけるのは許されるよね。タニット様なんて呼んでいるわけではないし。

「タニットは、『愛』の持つ暗黒面を象徴する神じゃ。『悪意』の神スラングの妹で、旧世界のカーカバードにある城砦都市カーレで信仰されている、という話も読んだことがある。タニットはその本心をベールに覆い、黒いドレスをまとった淑女の姿で愛をささやく一方で、背中にねじれた短剣を隠し持って、相手の心臓を突き刺すとも、心を奪いとるとも言われている。そういう心の隙を突いてくる邪神を知る者は少ないので、暗躍していても気づかれにくいのが厄介とも言えような」

「『愛』は薬にもなるし、毒にもなるってことですかね?」

 薬と毒の例えは、ケマンダー師匠からの受け売りだ。

 薬も多量に服せば、毒になるし、毒も加減を考えて使えば、感覚を麻痺させることで苦痛を取り除く用途もある。

「うむ。そのようにも例えられよう。要は、強すぎる感情ゆえの両刃の剣ということじゃな。愛が世界を救うこともあれば、世界を破滅させることもある……とは、いくつもの創作でいずれも語られておる。作者の主観も大いに込められていようが、愛に溺れることは堕落に通じると戒める聖職者も多く、それゆえに娯楽の題材としても人気が高い」

 娯楽は、まじめで堅物な現実から少し外れた愉悦を伴うことが多い。あくまで遊びの範疇で踏み外さないなら、架空の物語を生み出す創作活動も、真実に違背する偽りと頭ごなしに否定することはリーブラ様も為さらない。現実と虚構の区別をしっかり付けて混同しないことを、リーブラ様は求めてらっしゃるのだ。

「ところで、〈魂保護薬〉は、『愛』にも有効ですかね? 魅了とか、精神効果の魔法から心を守る効果は?」

「……そこまでは知らん。あくまで対ヴァンデミアの《魂交換》を防ぐだけで、拡大解釈して使えるかどうかは、実験して確かめないと何とも言えん」

 

 夢や愛にまつわる話は、もう少し長く続いたけれど、その時のボクはまだ気づいていなかった。

 『愛』という言葉を、どうして夢の話の延長からアム姉さんが口に出したのか。

 『夢の中で、夜な夜な妖魔に愛をささやかれている』という彼女の内面を告白されたのは、すぐ後の話になる。

 

獣人、乱れる

 

 その夜、ボクはアム姉さんと入浴を共にしていた。

 アム姉さんは何かとボクにスキンシップを重ねたがる。

 この体は元々、アム姉さんのものだから、ボクにそれを拒む権利はない。

 それに、最初は気恥ずかしさが先立ったけれど、何度か触れ合ううちに、イヤじゃなくなった。

「本当は早く元の体に戻りたいんだけどね」アム姉さんが背中からボクを抱きしめながら、耳元で囁く。

「ごめんなさい。でも、もう少しこのままで……」禁呪を使って、魂が穢れることをボクは恐れた。《魂交換》の術はヴァンデミアが得意とするもので、あいつを倒さないうちは、危険が付きまとうと判断した。

 リーブラ様も、その決断が正解だと仰せだ。

 アム姉さんには悪いけど、ヴァンデミアを倒すまで待って欲しい。

「ヴァンデミア様を本当に倒せると思うの?」

「ヴァンデミアに様づけなんて……その癖、まだ抜けていないんですね」

「一度、根づいた習慣は、なかなか断ち切れないもの。大丈夫、心まで従っているわけじゃないから」

「シンドラ様のおかげですね」

「そう、シンドラ様への祈りで、あたしは正気を保っている。だけどね、心では耐えることができても、体の方は抑えが効かなくなっているのさ」

「ヒャンッ」首筋をザラリとした舌で舐められ、思わず甘い声が漏れる。

「その体はあたしのもの。分かっているよね」

「はい、アムの体はお姉さまのもの。当たり前です」

「だったら、あたしがどうしようと、あんたはおとなしく従うんだ。いいね」

 逆らえない。

「はい、おとなしく従います」

「よし、いい子だ」

 頭を撫でられる。

 へへっ、お姉さまに可愛がられて嬉しい。

 にへらっと笑みがこぼれる。

「禁呪を使って、あんたがこっちの体に移ってくれたなら、こういうことをしなくても良かったんだけどね。だけど、禁呪がダメなら、直接あんたに植えつけるしかない」

 へっ、植えつけるって何? 

「動かないでよ」

 動けない。

「あたしの目を見て」

 アム姉さんが、背中から正面に回って、私を上から見据える。

 うっとり見上げると、その獣の瞳が緑の光芒を宿していた。

 あれっ? 

 アム姉さんの目って、そういう色だっけ?

 緑の目といえば、確か……。

 頭が警戒信号を発したが、心が動かない。

 動かないで、と言われたから、肉体だけでなく、心の動きまで止められたようだ。

 ただ、考えることはできる。

 感覚を受け止めることはできる。

 受け止めるだけ。

 積極的に何かをしなければ、とは、頭と心が働かない。

 ただ、アム姉さんの言葉を、聞きとるだけ。

「本当は、こういうことをしたくないんだけどさ」弁解をするように、アム姉さんが打ち明ける。

「心は今も抵抗しているんだけど、夜が来て、あたしの中の暗黒が抑えられないんだ。ヴァンデミア様のために、為すべきことを為せって。あたしは妖魔王に従う忠実な犬だって、全身の血肉が心に囁くんだよ。普通の人間では、こんなことが毎晩続くと、いつまでも耐えられるはずがない。こんなことを言っても、今のあんたに通じるとは思わないけど」

 体を交換したら、アム姉さんの言っていることが分かるのか?

 悪魔犬の肉体に入るということが、どれだけのリスクを伴うことなのか、このときのボクは分かっていなかった。

 血肉の全てが暗黒の瘴気に染まっていて、自然界の生き物とは異なる魔界の要素で構成されている混沌の魔物を、何となく自然界の犬や狼と同列に考えていた。

 獣使いの自分だから、獣との交信を通じて、何となく肌で分かっている、自分なら制御できる、とごく当然のように思っていた。

 だけど……一度、悪魔犬の身に入ると、どうしようもない暗黒の瘴気に魂が封じられて、常人は心が、頭がおかしくなってしまう。よもや耐えられて理性を維持できたとしても、魂が歪められ、混沌や暗黒のために働く邪教使徒に染められて……

 そう、それが今のアム姉さん。

「あんたの夢に、ヴァンデミア様が干渉したという話を聞いたときは、驚いたよ。あたしだけじゃないんだって。てっきり、自分だけがヴァンデミア様の夜な夜なの訪問を受けて、攻め苛まれていると思っていたから。彼はあたしの心だけでなく、体にも執心しているんだって、妙な嫉妬心も感じてね。さっきのタニット様のお話を聞いて、やっと自分の気持ちがこれだって納得できたぐらいさ」

 邪神の名前に、何の抵抗もなく様づけで呼ぶ彼女の言葉に、ボクは愕然とした。

 アム姉さんの裏の顔を知って、これまで抱いていた同情、憧れ、慕情、共感といった想いが崩れようとして、頬から涙がとめどなく流れ落ちるのを抑えることができなかった。

 ボクの気持ちに構うことなく、アム姉さん、いや、妖魔獣人アムとも言うべき邪教使徒は、半ば恍惚とした表情で語り続ける。

 言葉に発することで、自分の存在を確立させようとするように。

「ヴァンデミア様が、あたしに命ずるんだ。あんたが禁呪を使おうとしないなら、あたしの中の暗黒をあんたに植えつけることで、染め上げてしまえって。そうすれば、あんたもあたしと同じ気持ちになれる。ヴァンデミア様のために、暗黒の魔女として身も心も捧げる悦びを分かち合おうじゃないか」

 ボクの心は悲鳴をあげていた。

 何もできない。

 抵抗もできない。

 ただ泣き叫ぶだけ。

 誰か助けてッ!

 

 ザック。

 最初に頭に思い浮かんだ彼は、女の浴場に来るような男ではない。さすがに、この場に現れたら、こっちがビックリする。

 ハマカイさん。

 塔の主人は、その見識面で頼りになるお方だけど、身近に暮らしているアム姉さんの異変に気づいていなかった。窮地に駆けつける機転を持ち合わせているようには見えない。じっくり研究を続ける腰の重さと粘り強さは長所だけど、冒険者としての危険に即座に対応する俊敏さとは無縁だ。

 塔の番人のスフィンクス

 門番をしていて動けるはずもない。

 いろいろな選択肢が、混乱した頭に思い浮かんでは消え、ようやく正解にたどり着いた。

 

 ルビーK!

「やっと呼んでくれた」

 PONと飛び出す黒衣の魔女。

「誰だッ!」

 浴場に突然、出現した闖入者に、妖魔獣人はズザッと後方に飛びすさる。

「とうとう本性を表したわね。この淫乱メス犬獣人!」

「誰が淫乱メス犬獣人だッ!」抗議するアム姉さん、いや妖魔獣人アム。「あたしはヴァンデミア様の忠実な下僕。決して誰かれ構わず尻尾を振る淫乱などではない!」

「うちの可愛いマシロン様に手を出そうとしたでしょ!」

「マシロン様だとっ!?」メス犬獣人は、クンクンと匂いをかぐ。「貴様、もしかして使い魔のタヌキか。確か、ルビーK」

「それは仮の名よ。今のわたしは黒衣の魔女ミューマ・バジオ。暗黒ナンバーワンを目指す女」

「使い魔タヌキ風情が、暗黒ナンバーワンとは聞いて呆れる。その化けの皮を今ここで剥いでやる」

 両手の先からジャキンと鋭利な爪を伸ばして、黒衣の魔女に飛び掛かるメス犬獣人。

「ルビーKビーム!」

 黒い仮面の額の部分から、赤いルビーの紋様が浮かび上がり、そこから一条の光線が発射される。

「キャンッ」直撃を受けて、弾き飛ばされるメス犬獣人。

 床面に転がり落ちたメス犬獣人、いやアムさんを見下ろし、魔女ミューマは冷然と言い放つ。「さあ、どのようにトドメを刺してやろうかしら」

「ちょ、ちょっと待って、ルビーK」

 ようやく体の自由を取り戻したボクは訴える。「アム姉さんを許してあげて。彼女はただヴァンデミアに操られているだけなんだ。きっと正気に戻せるはず」

「甘いわね、マシロン様」ルビーKはフンッと鼻で笑うように冷たく言ったあと、クスッと穏やかな笑みを浮かべてみせる。「だけど、そういうところは嫌いじゃない」

 

 その後、妖精タヌキの姿に戻ったルビーKは、額の宝石からアム姉さんの中の暗黒瘴気を吸収したものの、途中で断念した。

「とりあえず、応急処置は済ませたけれど、一時しのぎにしかならないわ」

 ルビーKの秘めたる能力を知って、感心する。

 光線を発射できるのは知っていたけど、暗黒成分を吸収できるなんて。

「これも日頃の修練の賜物ね。神の加護による浄化の奇跡と、わたしの暗黒時代の経験、それにルビーの魔力の3つを組み合わせたオリジナル特技と言ったところかしら。これで暗黒の瘴気に侵された人を元に戻せるはず……なんだけど」

「何が問題?」

「このメス犬の体は、元々、暗黒瘴気の塊なの。だから、全てを吸収すると、存在そのものを消し去ってしまうことになる。そういうのは……望まないんでしょう?」

「ああ。彼女には元の清らかなアムさんに戻って欲しい」

「どこまで清らかなのかは分からないけど、とりあえず浴場から出して、部屋で今後の相談をしましょう。暴れたらいけないから、縛っておくロープを忘れないように」

 

聖女の葛藤、救世主の決断

 

 結局、ロープは必要なかった。

 暗黒瘴気を吸収されたアム姉さんは、妖魔獣人の人格が身を潜めて、痴態を恥じらうようにボクたちの指示におとなしく従うのだった。

「昼間は、正気を維持できるんだ」アム姉さんは、自分の置かれた現状をボクたちに告白する。

「だけど、夜になると体の中に蓄えられた暗黒成分が活性化して、あたしがあたしでなくなってしまう。昼には霞んでいた記憶が蘇り、ご主人さまに仕えなければ、その命令を聞かなければ、という気持ちが先走って、裏人格とも言うべきダメなメス犬に成り果ててしまう。自分でも止められないんだ」

「メス犬モードは、別人格ってこと? 本当のあなたは、ああではないと神にかけて実証できる?」ルビーKが詰問する。

「本当のアムさんは、おとなしい清純な良い子だよ」と、ボクがルビーKに保証する。「この体の記憶なんだから、間違いない」

「そうだね」と、アム姉さんが同意する。「ヴァンデミア様……いや、あの妖魔にさらわれる前のあたしは、マシロンさんの言葉どおりに、おとなしい良い子だったと思う。清純かどうかを問われると、密かに不埒なことも……って、聖職者の前だから懺悔するが……」

 確かに、ボクはリーブラ様の助祭だから、悩める信徒の告解を聞いて、赦す資格は持っている。

「不埒なことって、どんなこと?」ルビーKは興味津々だ。〈真実の女神〉の使徒という以上の関心を持って、あれこれ聞きたがる。

「あの……その……あそこを手で触って、気持ちよくなったり、とか……」赤面しながらも告白する獣人姉さん。

「あそこって、どこ? もっと具体的に……」

「ルビーK」さすがに、それ以上は追及する必要がない。同じアムとして、気恥ずかしさはよく分かる。

 ボクが同じ追及をされたら、涙目が止まらないだろう。

「まあ、本当のアムさんが清純だったのは、今の反応でよく分かったわ。もしも心の底まで淫乱だったら、性器を触って自慰行為するぐらいで不埒なんて言わないだろうし」

 うん。ルビーKの方がよほど淫乱だと思うよ。

 人は自分にも当てはまる悪口を、しばしば他人にぶつけたがるって聞いたことがあるし。悪口を言う前に、まずその言葉が自分にも当てはまらないかを考えるのが、賢者だって師匠が言っていた。

 分かりやすく言えば、他人にバカっていう方がバカだし、他人に淫乱っていう方が淫乱だって話。

 ところで、淫乱って、どういう意味かボクにはよく分かっていなかったんだけど、ルビーKとアム姉さんの反応から、イヤらしい言葉だってのは想像できる。

 あとで、ハマカイさんに尋ねたら、どんな答えが返って来るだろうか? 

 もっとも、そこで懇切丁寧に解説されても、質問した方が気恥ずかしくなると思うから、清純な良い子としては、聞くべきでないということは分かる。

 

「問題は、ヴァンデミアと悪魔犬の影響が、どこまで今のアム姉さんに深刻な被害を与えているか、だと思う」

 イヤらしい話を、まじめな方向に引き戻す。

「そう、それだ。本当のあたしは、妖魔にさらわれた後、シンドラ様に祈りを捧げて、女神の声を聞いたんだ。救世主が助けに来るから、それまで希望を信じて待つようにって」

「救世主は確かに来たけど……」済まなそうに言うボクと、

「妖魔に負けて、肉体を入れ替えられる、とは、シンドラ様も想定外だったでしょうね」ツッコミ入れるルビーK。

「救世主としては、アムさんを何とか助けたいんだけど、どうもヴァンデミアが先に洗脳していたアム姉さんを使って、攻撃してきた……という理解でいいのかな?」

「そういうことだな。このような呪われた体で生き永らえるぐらいなら、潔く八幡のサムライのように腹を切った方が……」

 いやいや、アム姉さん。

 あなたはそういう性格(キャラ)じゃなかったでしょ。

 まあ、悪魔犬の誇り高い忠犬思考が、過激な自虐と入り交じったら、そんな考えになるのかもしれないけど。

 体が変われば、心もそれに合わせるように引きずり込まれるのは、ボク自身の体験として分からなくもない。

「くっ殺せは、女戦士の特権セリフよ」とルビーK。「お嬢さま育ちの、あんたには似つかわしくないから、早まったマネはしないことね。みなが悲しむだろうし」

 そうだね。

 アムさんを殺すという選択肢は、ボクにはない。

 それに呪われた体って言うのなら……ボクはリーブラ様の奇跡を願うことにした。

 この奇跡は、元来、自分にかけられた呪いや病を解除するものだけど、ボクの肉体はアムなんだから、アム同士のつながりで、神さまに拡大解釈をお願いしてみよう。

 

「リーブラ様。アムさんに掛けられた悪魔犬の暗黒瘴気を全て打ち消して、なおかつ、アムさんを浄化された体で生き永らえさせてください」

 

『聖女にして救世主マシロンよ。あなたの願いには大きな問題があります』

 女神の声が伝わった。アシュカイオスの神殿でもないのに声が届いたのは、ボクがリーブラ様に愛されている証拠だと思う。

(その問題とは何ですか?)思念で女神と会話する。

『悪魔犬とヴァンデミアは強いつながりを持っているため、一時的に暗黒瘴気を取り除いても、時間が経てば、すぐに回復すること。3日も経てば、その娘は再び暗黒に飲み込まれることでしょう』

(3日以内にヴァンデミアを滅ぼせばいいのですね)

『できますか?』

 確実な一手はある。

 ただ、その手を使うと、ボクがボクでなくなってしまう。

 アムさんを助けるために、自分を犠牲にする覚悟はあるか?

 ある。

 逡巡なく答えられる。

 ボクの人生は、ケマンダー師匠の弟子として、3つの暗黒を倒して世界を救うためのもの。

 その目的を達成するためなら、自分の人生を投げ打つ覚悟はとっくにできている。

 それこそ光の勇者、もしくは救世主の道。

 だけど……アムの顔から知らず知らずのうちに涙があふれ出て止まらない。

 マシロンはこれほど涙もろくない……はずなのに。

 

復活のヴァンデミア

 

 リーブラ様の奇跡で、獣人アム姉さんは悪魔犬の呪われし暗黒瘴気から一時的に解放された。

 3日以内にヴァンデミアを滅ぼし、それからアムさんに肉体を返す。

 ボクは呪いを解除された悪魔犬の体で、人里離れた荒野で引きこもって一生を過ごす。

 そういう計画を語ってみると、案の定、ザックが問い詰めて来た。

「お前は、自分の体を取り戻すんじゃないのか!?」

「それよりも確実な一手がある」

 ボクは落ち着いた口調で、自分の決意を話した。

「ヴァンデミアを解放せずに、ハンマーか何かで、ボクの体の石像を破壊する。わざわざヴァンデミアと戦う必要はない。身動きできないヴァンデミアを体ごと打ち壊すつもりなら、今すぐでも決着をつけに行くことができる」

「反対です」暗黒瘴気が浄化されて、きれいな身となった獣人アム姉さんが、強く訴える。「マシロンさんが自分を犠牲にして、妖魔を滅ぼすなんて……そんなのいけません。最初の計画どおり、ヴァンデミア様、いえ、ヴァンデミアにこのあたしの体を奪わせて、マシロンさんの肉体を取り戻しましょう。3人で力を合わせれば、勝てるはず」

「もっと時間があれば、ボクやアム姉さんが戦闘訓練を重ねて、ヴァンデミアを倒す確実な戦力を鍛えることもできるだろうけど、今は3日しか時間がない。期限が過ぎれば、またアム姉さんが暗黒に苛まれて、敵対する可能性も想定すると、今すぐにでもケイベシュの地下に乗り込んで、ヴァンデミアの宿る肉体を破壊する方が確実だ」

「肉を切らせて骨を断つような戦法じゃな」ハマカイさんが重々しくうなずく。

 アム姉さんがヴァンデミアに操られて、自分に暗示をかけて、禁呪の巻き物を作らされたことを、彼は快く許した。

 どうも、あの禁呪は闇のエネルギーを濃厚に蓄える術式になっていたようで、それに気づいたルビーKと相談して、もう少し負担の小さな術式に修正することを協議したばかりだ。

 どっちにしても、悪魔犬の体は暗黒瘴気の塊だったから、そうと知らずに、あのまま儀式を敢行していれば、ボクの魂は汚染されていただろう。

 禁呪を使わない選択をしたことで、リーブラ様は解呪の奇跡をボクに授けてくださり、ヴァンデミアに操られたアム姉さんは暗躍していた裏の顔をさらけ出した。

 これ以上、あいつに卑怯な手段を講じる猶予は与えない。

 

「期限が3日ということで、かえって自分を追い詰めていない?」ルビーKがボクの内心を慮って、寄り添ってくれる。

「ボクよりも心配なのは、アム姉さんだ」

「どうしてよ? 暗黒瘴気を除去したんだから、心も体もすっきりしているはずでしょ?」

「う〜ん、ボクがアムさんの記憶を持っているから言うんだけど、本来の彼女はまじめで思いつめやすい性格なんだよ。だから、自分がヴァンデミアの傀儡にされて、見えないところで悪事を為してきたという事実に直面して、どう受け止めたかってことが気になってね」

「呪われた体だから腹を切る、なんて言っていたもんね」

「体だけじゃないと思うんだよ。むしろ、心の問題が大きい。ボクも、この体に入って、アムさんの生活をしてきて、ずっと、この体でいいか、と思い始めているしね。自分の体だって、ずっとヴァンデミアが宿っているわけだし、そこに戻ったところで、またドーンと暗黒に染められる危険だってあると思う」

「わたしは一回死んで、ルビーをコアに今の体になっているわけだから、別の体に転移する先輩として言うけど、前の体への執着を断ち切れるぐらい、あなたが達観しているなら問題ないと思うわ。でも、話しながら、そうやって涙を流すことはやめなさい。周りを心配させるから」

 

 ボクの自己犠牲の覚悟を深刻に受け止めているせいか、冒険仲間(パーティー)の間では重苦しい空気が漂っていた。

 さっさと行って、さっさと済ませるに限る。

 大ワシ召喚して、ケイベシュに到達。

 守護者のいない神殿から地下に入って、美術館から地下道を通って、王城の大広間に到着する。

「懐かしい場所ね」アム姉さんが、後に残された鎖をそっと撫でて、捕らわれていたことを思い出す。

「もうすぐ自由になれるよ」そう元気づけるように言う。彼女を縛ってきた妖魔はまもなく滅びる。

「そうね。ヴァンデミア様は、もうすぐ滅びる。あたしは自由」どこか虚ろな目で、そうつぶやく彼女の内心をボクは読みとれていなかった。

 

 とうとう玉座の間に到達した。

 ザックが背負い袋からハンマーを取り出して、試しに大振りしてみる。「脳天唐竹割りがいいか。それとも首を横から叩き割って、頭を吹き飛ばす方がいいか。マシロン、死に様はどっちがいい?」

 本人は冗談のつもりでおどけて言ったのだろうけど、あまりにも過激な言葉に、ボクとアム姉さんは同時に『ひッ』と喘ぎ声をもらす。

 いざ、自分の肉体が破壊されることが目前に迫ると、決して気分はよろしくない。

 ブルっと身震いして、「どっちでもいいですから、痛くないように早く済ませてくださいね」と涙目で訴える。

「よし、自害を覚悟した友のために、しっかり介錯つかまつろうか」八幡国風の言い回しを冗談めかして言うザック。ふざけているのではなく、冗談でも口にしないと、やってられない心境なのだろう、と察する。

 それでも滑っているけど。

 そんなことより……

「ザック。サークレットを付けないと」

 そう、サークレットだ。

 ヴァンデミアは肉体が死んだ際に、倒した相手の肉体と魂を交換したりもする。石化された肉体が破壊された際も、同じことができない保証はない。

 念には念を入れないとね。

 

 ザックがサークレットを身につけ、ボクはポーションを飲み、準備を整える。

 アム姉さんは……スッとボクの後ろに回り、少女の華奢な肩をぐっと押さえて、右手の爪を首筋に突きつけた。

「何をっ!?」驚くボクに、

「動かないで」その言葉に、ピクリと身を震わせて固まる。

 一体どうして? 

 意味が分からない。彼女の体から暗黒瘴気は抜けたはず。

「ザックさんも、そのハンマーを落として。ヴァンデミア様の肉体を破壊させたりはしない……ワン」

 ワン……って、悪魔犬?

 そうか。

 ボクは暗黒瘴気さえ取り除けば、彼女は元のアム姉さんに戻ると考えていたのだけど、悪魔犬の体にいる以上は、悪魔犬の人格に魂が影響を受けている可能性を失念していた。

 忠犬である悪魔犬にとって、ヴァンデミアは大切なご主人さま。

 アム姉さんにとっても、ヴァンデミアを守ることは魂の根底に植えつけられた絶対の存在意義(アイデンティティ)になっているのか。

「どうしてなんだ?」ボクと違って、まだ理解がおぼつかないザックが、獣人姉さんを睨みつけて尋ねる。

「マシロンの覚悟を、あんたも知っているはずだろう? それとも、マシロンの体を壊さないためか? だったら、どうして、お嬢様の首筋に爪を突きつけているんだよ」

「貴様は何も知らないのだな」アム姉さんは、ため息をつきながら説明する。

「あたしはヴァンデミア様の忠犬。そう魂が歪められた。ヴァンデミア様への忠誠と愛。それが全てにおいて優先する。ただ、それだけのこと」

「何を言っているのか分からんが、あんたが敵の手先に成り下がったことは確かみたいだな。だったら、正々堂々とやり合ってやる。マシロンを離せ」

「あたしは戦いたいわけじゃないんだよ。貴様の肉体は、ご主人さまへの捧げもの。おとなしく従えば、ご主人さまの支配の下で、みなが幸せになれる」

 

 ザックと獣人姉さんが言葉のやり取りをしている間に、ボクはルビーKを呼び出そうとした。

「おっと。その指輪は外させてもらう」

 手甲を付けたままの左手で器用に指輪を抜き取られてしまった。そのまま放り捨てられてしまう。

 くっ、同じ手は通用しないってことか。

 だったら……ボクは少女の記憶から、彼女の弱点を探り出す。

 そのまま精神を集中すると、召喚生物を呼び出した。

 背筋が粟立ち、床を這って出たのは、大ムカデ。

「キャイーーーンッ!?」

 甲高い悲鳴をあげて、がたがたと震え出すアム姉さん。

 拘束や呪縛がほどかれ、ボクはすかさず、ザックの元へと駆け寄る。

「おっと」転びそうになったボクを抱き止め、ザックは言う。「お前は敵じゃないよな」

「少なくとも今はね」そう答えるしかない。

 ヴァンデミアみたいな敵と戦うなら、誰が敵で、誰が味方か、用心し過ぎることはない。

「で、どうなってるんだ? 簡単に説明してくれ」

「悪魔犬の心が、アム姉さんを支配した。呪いは解けても、心はもう……」

 言い淀むボクに、ザックは朗らかに言う。「心配するな。1対1の真剣勝負なら負けはしない。訓練では後手に回ったが、実戦ではそうはいかない」

 ザックが剣を抜いて切り込む前に、すでに大ムカデを始末した(しょせんは一時しのぎにしかならない)獣人姉さんが動いた。

 こちらに飛びかかって来るのではなく、ボクの肉体……石化された方に。

「彼女はヴァンデミアを解放しようとしている!」

「そうは行くか!」

 ザックが止めようとするけど、素早さでは獣人姉さんの方が上だ。

 器用にムジナの指輪を抜き取ると、石化された妖魔がついに解放された。

 緑の光が双眸から発せられ、獣人姉さんが傍らに護衛のように付き従う。

 ザックは勢いで切り込むが、マシロンの体を使ったヴァンデミアは素早く背中から抜いたナギナタを大きく振るい、間合いの外から剣士の左肩口を切り裂いた。

 とっさに身をかわしていなければ、心臓を抉られて即死だったろう。

「危ない危ない」ボクの声で妖魔は慈しむような目を向けた。

「気をつけてくれよ、ザック。もう少しで殺してしまうところだったじゃないか。他ならない親友の君を傷つけたくはないんだ。おとなしく剣を収めてくれないか?」

 声はボクのものだが、ボクはそんな尊大な口の聞き方をしない……はず。

 いや、するのかな? 

 微妙にボクの話し方を取り入れつつも、本質において相手を支配しようとする高慢さが表れたヴァンデミアの言葉に、ボクは虫唾が走った。

 向こうが2人なら、こちらも2人。

 いや、もう1人いるか。

 ルビーKの指輪を探そうとするけど、すぐには見つからない。

 結局、2対2の同じ条件で戦うしかない。

 だけど、向こうは前衛が2人なのに対し、こちらはザック1人で2人の攻撃を凌がないといけない。

 ボクがうまく支援しないと、ザックは負けてしまうだろう。

 あるいは、アム姉さんをボクが引き付けている間に、ザックはヴァンデミアとの戦いに専念してもらうか? 

 ザック1人で、2人の猛攻を受け止めるのは、負担が大きすぎると思った。

 だから、1対1の対決を2組に分ける方がいい。

「ザック、君はヴァンデミアを倒して。ボクはアム姉さんの相手をする。ヴァンデミアさえ倒せば、アム姉さんは正気を取り戻すはず」

 希望的観測を口にする。

「ヴァンデミアを倒せば、お前の体も死ぬぞ」

「最初から、それは覚悟のうえだったじゃないか」

「……分かった。任せろ」

 ザックは慎重に、ナギナタを持った武者鎧姿のボク、いや、ヴァンデミアを見ながら、「さて、こういう相手はどこから斬り込めばいいんだ?」と戦術を検討し始めた。

 ボクはアム姉さんを引きつける手段として、コウモリの群れを呼び寄せる。群れだから時間稼ぎにはなるし、空中を飛び回るから、夢中になって追いかけているうちに距離が離せるだろう。

「ふむ。小細工を使う輩だったよな」ヴァンデミアはつぶやくと、「我が妃にして忠犬よ。その体は余が使おう。そなたはこちらを使うがいい」

 思いがけず、ヴァンデミアは味方同士で肉体を入れ替えた。サークレットをつけたザックや、ポーションを飲んだボクと違い、アム姉さんはポーションを飲んでいなかった。

 だから、獣人姉さんがヴァンデミアになり、ボクの相手は武者姿のボク自身となる。

「獣人姉さんが相手かよ。だが、こっちの方が慣れている分、戦いやすそうだ」

「そうかな?」緑の瞳の獣人拳士がせせら笑う。「貴様との戦い、慣れているのはこちらも同じだ。それに、こちらの体の方が傷つけずに、貴様を無力化させやすそうだからな」

「訓練と実戦は違うと言った!」

 ザックが果敢に切り込み、ヴァンデミアは素早く回避する。

 そこから腕に装着した爪で切り裂こうとするけど、ザックは軌道を読んで、すかさず腰の短刀を左手で抜き取る。

 短刀を爪の隙間に差し入れると、刃をぐっと回して、上手く相手の武器を折ることに成功する。

「二刀流だと?」

 驚くヴァンデミアに、ザックは「そんな上等なものじゃねえよ。小細工を使えるのは、マシロンだけじゃないってことだ」と返す。

「面白い。その体、ますます欲しくなった。いかなる技の引き出しがあるか、もう少し確かめてみよう」

 

2人のアムの対決

 

 いつまでも、ザックの戦いを見ている暇はなかった。

 武者鎧を着て全身を覆われている相手に、コウモリは無力。そして、長柄のナギナタをブンブン振るわれると、次々と撃墜される。

「アム姉さん」ナギナタの間合いに入らない距離から、ボクは呼びかけた。「悪魔犬の体じゃなくなったなら、忠犬ぶるのはもうやめて下さい」

「いいや、ボクは忠犬だよ。昔はケマンダー師匠の忠犬で、今はヴァンデミア様の忠犬。君の体に入って分かったんだけど、その気性は犬にふさわしいと思うな。悪魔犬の体に入れられなかったのが本当に残念」

 今の状態で《魂変換》できれば、互いの肉体を取り戻すことができる。

 そんなことを思いながらも、ボクはジリジリと後退する。

 ヴァンデミアから距離をとらないと。

 アム姉さんもマシロンも〈魂保護薬〉を飲んでいないので、もしもザックがヴァンデミアを倒したとしても、こっちの肉体に憑依して来たなら、アム姉さんが死ぬことになる。

 ヴァンデミアとしては、妃となるはずのアム姉さんを殺したくはないだろうけど、そうしないと自分が死ぬような場合は、冷酷に犠牲にするだろう。

 時間を稼いでいる間に、マシロンの記憶がアム姉さんを正気づかせる可能性も考えてみたけど、それが甘い考えだということはすぐに分かる。

 アム姉さんが体内の闇の気を解放するや、ナギナタの先端の刃に込めるのが見てとれた。

 今のマシロンの体は、ずっとヴァンデミアを宿していたせいで、暗黒瘴気が充満している。そんな体で、アム姉さんが正気を取り戻せるはずがない。

 ナギナタがブンと振るわれ、刃に宿った闇の気が飛来する。

 ボクは慌てて避けるけど、腕をかすめた。

 痛くはない。

 傷もつかないけど、幽霊に触れられたようにヒヤッとする。

 ゾクゾクと力が抜ける。

 それでいて蠱惑的で、魂を抜かれるような甘い感覚。

 何これ? 

「ボクの中には、闇の気が充満している。ヴァンデミア様の賜物だよ。君にもそれを分けてやろう。君の魂が闇に侵食されたら、ともにヴァンデミア様に仕える悦びを知ることになるだろう」

 浴場の時と同じようなことを言っている。

 ルビーKがいてくれたら、暗黒瘴気を吸収してくれて、今のアム姉さんなら正気づかせることができるかもしれないのに。

「あっ、いい物見つけた」

 アム姉さんが落ちてる指輪を拾い上げる。

「これは君の最後の希望かな。元々、ボクの物だし、返してもらうよ」片手の籠手を外して、指輪をはめる。

 そんな……。

 ルビーKが奪われるなんて。

 だけど、呆然としている場合じゃない。

 素早く、次の手を考える。

 相手がわざわざ指輪を装着してくれる隙に、ボクは背負い袋の中から、一冊の書物を取り出して開く。

 街の魔法専門店で運よく見出して、金貨30枚で購入できた『大地の書』。以前に旧世界で〈火の精〉を召喚した『炎の書』の類似本だけど、こちらは〈地の精〉を召喚できる。

 地面を割って、岩の体の精霊が出現する。

「何だとッ!?」

 優位を覆されて、戸惑うアム姉さん。

 ボクの肉体記憶は持っていても、彼女自身の冒険体験はわずかなので、とっさの対応力には劣るのだろう。

 そういう機転で、勝負を掛けるしかない。

 相手が動揺から立ち直る前に、先制攻撃を仕掛ける。

 硬い拳で武者鎧のボクを部屋の入り口に殴り飛ばす。

 受け止めようとしたナギナタが折れ、兜が割れる。

 ちょっとやり過ぎたか?

 アム姉さんはフラフラと立ち上がると、〈地の精〉から離れるように後退する。

 玉座の間の入り口から、大広間まで撤退して時間稼ぎをしようとする彼女の意図を、ボクは正確に読みとった。

 『炎の書』や『大地の書』のような『精霊召喚の書』は強力な反面、制限時間がある。10分程度が過ぎると、精霊は元の世界に帰ってしまうのだ。だから、対処する方法は一つ。相手が精霊を召喚したら、逃げて時間稼ぎをすることだ。

 マシロンはそのことを知っているから、マシロンの記憶が使えるアム姉さんもそうした。

 だけど、それでヴァンデミアから引き離せるのだから、問題ない。

 

 ザックの方を見ると、巨大な悪魔犬の姿に戻ったヴァンデミアと一騎討ちを続けていた。

 〈地の精〉で支援しようと思ったけど、それでアム姉さんがこっちに帰って来たらマズいので、ヴァンデミア戦はザックを信頼して任せることにする。

 ボクはアム姉さんを追って行くことにした。

 だけど〈地の精〉は動きが鈍い。

 それに合わせてゆっくり廊下を進んでいくと、途中で脱ぎ捨てられた武者鎧の部位(パーツ)がいろいろ転がっているのが確認できた。

 少しでも、逃げ足を早くするために邪魔な具足を外して行ったのだろう。

 やがて大広間に到着する寸前で〈地の精〉は時間切れで消失する。

 ありがとう、グァンドゥムの子……みたいなものだよね。

 

 大広間に入ると、アム姉さんの姿は見えなかった。

 もしかして地下道に逃げた? 

 後を追おうかどうしようか考えてから、先に消耗した体力を回復するために、ポーションを飲んでおくことにする。

 気力体力充填させて、地下道を覗き込んだとき、背後をとられていた。

 いつの間にか後ろに忍び寄っていたアム姉さん=マシロンが、ボクをはがい締めにする。

「どうして? ちっとも気付かなかった……」

「ルビーKの指輪さ。ボクに従って、幻術で姿を隠してくれたよ。どうやら、彼女はボクを君だと認識したらしい。肉体がマシロンだからか、それとも指輪さえしてたら、誰にでも尻尾を振る性根なのかどっちなんだろうねえ」

 こんな土壇場でボクを裏切ったのか?

 後で確認して、お仕置きしてやらないと。

「さて、ここまでよく頑張ったけれど、もう終わりのようだね。君の機転は素晴らしかった。その才能をヴァンデミア様のために使うといいだろう。闇の気を注ぎ込んであげる。快楽とともに闇の支配を受け入れなさい」

 

 本当にもう終わりなの?

 闇の気を注ぎ込まれながら、ボクの意識は混濁していく。

 私は誰?

 私はマシロン。ボクはアム。

 2つの自分が重なり合って、支配し、支配される関係が入り交じる。

 ダメだ、このままじゃ、ボクがボクでなくなってしまう。

 私が私でなくなってしまう。

 最後にボクが、私ができること。

 それは……闇の支配を逃れるために、ボクが行使した禁断の召喚術。

 この闇の世界なら、一匹ぐらいいるだろうと予感して、呼びかける。

 そいつは天井を這いずるように、ボクの思念の呼び声に応じて招来する。

 マシロンの頭上に落下し、脳に針を突き刺して、たちまち操り人形に変える。

 

 そいつの名はゴンチョン。

 自分がこんな物を召喚してしまうとは思わなかった。

 注ぎ込まれた闇の気のせいで倫理観を喪失してしまった状態で、自分の魂を守るためにしてしまった悪業。

 

 魔女みたいな邪術を使ったボクは、罪の意識に苛まれながらも、自分が支配する寄生生物の傀儡と化したマシロンの肉体を引き連れ、友の救援に向かった。

 そして知る。

 ザックがヴァンデミアを滅ぼしていたことを。

 サークレットのおかげで、友人の目は緑色に変わってはいなかった。

 友人は変わらぬ友人のままでいてくれた。

 変わってしまったのはボク、または私。

 罪の意識と哀しみに落ち込みながらも、ボクたちはついに第三の暗黒を倒し、使命を果たすことに成功したのだった。

 

エピローグ

 

 ボクの名はマシロン。

 大魔法使いケマンダーの弟子にして、フラットランド出身の獣使い。

 そんな記憶と、聖なる加護を宿した師匠の形見の盾、妖精タヌキの使い魔ルビーKを宿した指輪を携え、救世主として世界を旅する者。

 なお、世界はまだ一度も救っていない。

 

 世界を救ったのは先代だ。

 2代めを襲名したボク、いや、私は、かつてアムという名だった。

 暗黒大陸クールの一都市アシュカイオスの交易商人の娘として育った私は、数奇な運命の末に、暗黒の妖魔ヴァンデミアに身も心も奪われ、もう少しで魔妃と成り果てるところだった。

 それを救ってくれたのが、先代マシロンと剣士ザックの救世主コンビだった。

 先代マシロンは、私と名前や肉体を交換し、今ではザックことザカレミイの妻アムとして、また、リーブラ女神の聖女として、助祭の務めを果たしている。

 

 ヴァンデミアを倒した最後の戦いで、私は彼らを裏切り、対立することとなった。

 私の魂は闇に染められ、ヴァンデミアに心酔するまでに堕ちてしまったのだ。

 ザックはヴァンデミアと戦い、先代は私と熾烈なる戦いを繰り広げた。

 結果的に、ザックの剣が巨大な悪魔犬を切り裂き、小虫と化して逃げ出そうとしたヴァンデミアの魂を踏み砕いた。神や精霊に尋ねても、ヴァンデミアは完全に滅ぼされたそうだ。

 先代は、か細い少女の体ながら聡明な知恵と工夫で、私に打ち勝った。最後に私が追い詰めたせいで、先代は起死回生の秘策を放つこととなったが、それは彼女にとって呪わしい罪としてのし掛かった。

 

 その日、意識を取り戻した私は、自分が何者か分からなかった。

 肉体は人間の男性のそれだったが、私の自意識は女性であったり、犬であったり、いろいろな情報が統合されることなく頭の中に散らばっていた。

 記憶をなくしたわけではなく、多すぎて自他の境界線があいまいな状態。

 ただ、その中で強烈な単語がはっきり浮かび上がっていた。

 ヴァンデミア様。

 私の中で、中核を為す存在。

 敵であり、恐怖の権化であり、それでいて愛しくもあり、ご主人さまでもあり、私の人生はそのお方を抜きに成り立たないほどだった。

 それ以前の私は、とるに足りない存在で、ヴァンデミア様がいたからこそ、私は私でいられる。

 ぼんやりと愛しい君の存在を頭に浮かべながら、眠りと覚醒の間をうつらうつらしていると、部屋の扉がカチャッと開く音がして、私はさっと身を起こした。

 

 少女が立っていた。

 アム。私の名。

 またはマシロン。ボクの名。

「起きたのね」

 少女の顔は一睡もできていないようにクマができて、憔悴していた。

 まるで幽鬼のようなありさまだったけど、私が寝台の上で身を起こした姿を見て、涙をポロポロ流して、それでも救われたような笑みを浮かべていた。

「あなたが目を覚ましてくれて良かった。私、あなたに謝らないといけないの。取り返しのつかない罪を犯してしまったの。本当にごめんなさい」

 何を謝られているか分からなかったので、落ち着いて事情を説明しろって要求した。

 それで、最後の戦いで、私が体内の暗黒の気を彼女に注ぎ込んで、自分と同じヴァンデミア様の使徒に引き込もうとしていたことを思い出した。

 十中八九、それは成功しかけていた。

 ほぼ魔女として覚醒しかけた彼女は、支配に抗おうと最後の抵抗をして、逆に私を支配し返そうと、おぞましい闇の使いたる寄生生物を召喚したのだった。

 その瞬間から後のことは、はっきり覚えていない。

 だから、彼女の話で補完する。

 あの後、私は彼女の操り人形として、地下王国を脱出し、この塔まで帰還したらしい。

 塔に入る前に、彼女は寄生生物に私から離れるように命令し、直後に殺害、私を解放した。

 意識を失った私はそのまま昏睡状態を続けて、ようやく目覚めたということだ。

「つまり、君がボクの新しいご主人さまということか?」

 私はそう言って、臣従のキスを捧げようとした。

「ちょっと、よして。私はあなたを支配しようと思ったわけじゃない。あなたは自由よ」

「自由……」つぶやいてみる。その言葉に何の魅力も感じない。「ボクは誰かに支配されたい。ヴァンデミア様がボクのご主人さま。だけど今はもういない……」

 説明されるでもなく、ヴァンデミア様が世界から消滅したことは感じとっていた。

 暗黒の支配の糸が途切れたために、心がひどく空虚になっている。

 このぽっかり開いた穴を埋めるには、新たなご主人さまが必要。

「ヴァンデミア様ね。それについても、あなたに謝らないといけない」

 少女はそう言って、うっすらと冥(くら)い笑みを浮かべた。

「私、あなたに暗黒に染められて分かったの。ヴァンデミア様に仕える悦びが。だけど、私は最後の抵抗をして、ザックがヴァンデミア様を滅ぼすのを止めることができなかった。私たちは2人とも、ご主人さまを失った魔女なのよ」

 その思いがけない告白に私はうなずき、同じ喪失感、心の穴を抱える魔女同士、抱き合った。

 

 一時の抱擁はすぐに解かれ、彼女と今後を話し合った。

 ヴァンデミア様を失ったこの世界に何の価値も感じない。だったら、後を追って死ぬか、それとも世界を滅ぼして自分も死ぬか、しかないのではないか。

 だけど、彼女はかぶりを振った。

「ヴァンデミア様は大切なお方。だから、残された私たちは、そのご遺志を継がなければいけない」

「ご遺志って、どういうこと?」

「暗黒ナンバーワンとして、世界を支配するの。決して他の敵に滅ぼさせてはいけない。ヴァンデミア様が目指したように、みなが幸せに暮らせる平和で退廃な快楽に満ちた理想郷を築いて、その上に君臨するの。事を荒立てず、そっと密やかにね」

 ああ、彼女の魂も歪められている。

 だけど、その根底にあるのは悪意ではなくて、純粋な善意。

 たぶん、彼女なりの解釈をもってヴァンデミア様を精一杯、理想化して、魔女であり聖女であろうとしている。

「その理想、ボクも手伝わせて欲しいんだけど。ご主人さま、いいえ、アム様」

「その名前はあなたに返すわ。この体と同じにね。そういう約束だったでしょ?」

「今のボクは魂が壊れきっている。元のアムのように振る舞うことは、到底できそうにない。君の方が、より良いアムとして生きることができるはず。アムの人生は君のもの。ボクは新しく生き直すことにするよ」

「だったら、あなたは新しいマシロンとして生きて。2代めよ」

 

 こうして、私は……ボクは、マシロンとなった。

 彼のこれまでの記憶の多くは肉体に備わっているから、獣使いの技や、グァンドゥムという精霊との交信の仕方なんかを先代からレクチャーを受けるだけで、ほぼ同じように習得できた。

「やはり、あなたは術技の才能があるのね。ヴァンデミア様が選んだだけのことはあるわ」

 ケマンダー師匠の盾と、ルビーKの指輪を先代から引き継いで、2代めマシロンの完成。

 最初の仕事は、先代に代わって、お師匠さまの墓参り。

 そこで、すべての暗黒は倒したことを報告する。

 

 その後、マシロンとして、ルビーKをご主人さまと内心で認識しながら、世直しの旅を続けているボク。

 マシロンでいるうちに、魔女の自我が薄れて救世主になりきっているし、ヴァンデミアの魂の呪縛からも解放されたのだと思う。

 ルビーKの影響で暗黒ナンバーワンと言いながら、やっていることは悪者退治がほとんどだ。

 

 先代マシロン、今のアム様はどうなのだろう?

 平和で、退廃な快楽に満ちた理想郷。

 退廃な快楽という言葉を何の照れもなく使った時点で、かつての清純なアムは失われて、暗黒に染まったと言えるかもしれない。

 だけど、元々純真な子だ。それが多少、悪いことを覚えたからといって、どこまで堕落できると言うのだろう?

 大都市なんて、順調に発展すれば多かれ少なかれ、退廃な快楽には染まってくるものだ。

 だから、あの善良な心根の持ち主である元救世主のアム様だったら、アシュカイオスの街もそう酷いことにはならないと思う。彼女の根幹の善性が失われていなければ。

 彼女が本当に魔女に染まったのか、それとも真実を見抜くリーブラの聖女として今も活動を続けているのかは、近いうちに見に行こうと思う。

 もしも、救世主として見過ごせない悪業を犯していたなら、その時はボクが最初に倒すべき暗黒と認定して、世界を守るために対決しないといけないかもしれない。

 だけど、多分そうはならないだろう、と楽観的に考える。

 今なら分かる。

 あのときの言葉は、ヴァンデミア様を失って自殺願望、破滅願望に満たされたボクに新たな生きる理由を与えるための、優しい方便かもしれないって。

 リーブラ様の聖女たる彼女が、壊れかけたボクの魂を救うためについた、ささやかな嘘。

 そんな偽りに希望を託して、今のボクの人生はある。

「彼女が聖女か魔女かを決めるのは、あなた次第よ」と、ルビーKは言っている。

 聖女である、とボクは思っているけど、それはアム様に心酔するゆえの幻想かもしれないな、と戒めながら、今日も2代め救世主の道を歩み続けている。

 哀しみの先にも希望の未来があると信じて。

 

(エンディング3、および一連の『暗黒の三つの顔』ブログ記事、これにて完結)

*1:具体的には、主人公の頑固さが強調されるようになっていた。90年代までは、未知の世界に触れて、怯え惑いながら自分の大切なものを見出していく成長過程の少年(少女)主人公が魅力的なのに対して、ゼロ年代以降の山本主人公(しばしばヒロイン)は強固な信念や達観した視点を持つ、揺れにくい自己主張旺盛なキャラが目立つ。その辺はもちろん、作家の年齢的な成長や、周辺環境の変化によって見聞き感じられる視点の変化もあるから当然なわけで、どちらが好みかという主観評価はできても、どちらが良いかという客観評価は難しいと思う。