前置き
009「アナザーエンディングの後日譚を書き始めたら、思ったよりも長くなりそうなので、記事分けした」
翔花「ルビーKはどうなったの? 登場しなかったけど」
009「だって、ルビーKは今回の攻略記事で初めて登場したキャラだからなあ。昔のNOVAの妄想では、登場するはずがない」
翔花「今からでも遅くないわ。登場させましょうよ」
009「ルビーKは、マシロンの石像の番人をやってるんだろう? だったら、登場させる余地はないわ。後日譚は、アムの身に宿った主人公と、ザックの日常を描いて終わる予定で、ケイベシュの地下まで戻るつもりはないんだから」
翔花「だったら、ルビーKは石像の番人なんて退屈な仕事なんてしない。指輪はアムさんに装着し直して、魔法修行しているアムさんに変身能力を与えるの。人呼んで、正義と真実の魔法少女ファンネリア。リーブラ様に代わって、お仕置きよ、とか言って」
009「ファンネリアって、元ネタ、エルガイムかよ。タイタンの世界に、変身魔法少女って概念を持ち込むなよ」
翔花「とにかく、ルビーKはアムさんの体のマシロン様にお供するわ。そっちの方が面白そうだしね」
009「分かったよ。じゃあ、昔の妄想に、そういう要素を付け加えて、再編集するから、少し待ってろ」
翔花「わあい。どんな話になるか、ワクワクしてみるね」
009「やれやれ。思ったより、すっきり終われないようだな」
朝の営み(使い魔妖精とのひと時)
ふかふかの寝台の上で、ボクはふわーっと大きく伸びをした。
自分の声が聞き慣れたよりも高くて柔らかい女の子のもので、ドキッとする。
「私はアム。そう振る舞わないと。お父さまたちに知られたら、話がややこしくなる」そう小声で、自分に言い聞かせるようにする。
実のところ、肉体の記憶に身を任せると、アムは自然とふさわしい仕草や手慣れた行動をしてくれる。最初は戸惑いもあったけれど、思いの外に魂は肉体に順応しやすいようだ。
そう言えば、師匠が言っていた。獣への変身魔法を使う際に気をつけるのは、野生の本能に飲み込まれないようにすることだ、と。
クマに変身するなら、クマになりきってはいけない。自分はあくまで人間で、クマの演技をしているだけだ。そう意識していないと、身も心もクマに成り果てて、帰って来れなくなってしまう。
自意識は自分が思うよりも容易く外見や肉体に引きずられてしまうから、そこに変身の魔力が働く場合、自我をどう保つかを考えておかないといけない。
だから、わざわざ「私はアム」と口に出すことで、アムの役割を演じているのだと意識するわけだ。
心の中で(本当のボクはマシロンだけどね)と付け加えるのを忘れない。何も意識しなくても、アムらしく振る舞えてしまったら、それが常態になってしまったら、ボクがボクでなくなってしまうだろう。
朝起きて、枕元に置いてあった師匠の盾に目をやり、悪夢から守ってくれたことに対して感謝の言葉を述べると、そっと口付けを……しそうになって、慌てて肉体の自然な動きを抑え留める。
アムの習慣として、信仰対象のお守りなんかに口付けする癖があるみたいだ。このアシュカイオスの信仰形態としては、割と普通の所作らしい。
盾を撫でるだけに留めて、寝台から下りると、体が記憶するように服を着替えて身支度を整える。日常生活で身についた行動は変に意識しすぎない方が上手く行くのは、この体に入って数日で学習した。さもないと、女性の下着を替えるだけで一苦労だったろう。
着替えが済んだ段階で、髪を整えるために、部屋の壁に取り付けられた鏡を見る。
髪を手入れするためのブラシという道具も、ここに来て初めて知った。フラットランドの荒野では、見たこともない道具だ。師匠も教えてくれなかったから、アムの記憶がなければ、何に使うものかも分からなかったろう。
鏡を見ると、自然に笑みが浮かび出る。青い大きな瞳をまっすぐ見開き、少女らしい無邪気な笑みをこぼす。
その時、鏡の中の自分が思わぬ変化を見せた。
瞳の色が緑に変わって、ぼうっと光り輝いたのだ。
「ひっ……」かすかにうわずった悲鳴を漏らして、手にしたブラシを取り落としてしまう。
クスクス。
楽しそうな笑い声とともに、PONと妖精タヌキが姿を現した。額の赤いルビーが魔力を放った後らしく淡い光を発する。
「ルビーK! このイタズラ者ッ!」私は落としたブラシを拾い上げると、幻術で私をからかった使い魔のフワフワの毛をブラッシングしてやった。
「マシロン様、やめて。それ、くすぐったいから……」キャッキャと身じろぎするモフモフタヌキを罰するように身繕いしているうちに、主従のスキンシップは終わった。
「ヴァンデミアの瞳の色を鏡に映すのは、本当に怖いから禁止って、いつも言っているでしょ!?」
「マシロン様、口調がアムさんになってる」
「いつも言ってるだろ!?」使い魔に指摘されて、慌てて言い直す。
感情が高ぶると、演技を忘れて本性がさらけ出されると言うが、本性がアムさんのそれに近づいていることに気づいて、衝撃を覚える。
「やっぱり、昨夜もヴァンデミアの悪夢を見たんだ」背中の羽をパタパタ動かして、器用に空中でホバリングしながら、この小さな精霊獣は心配そうな声を発した。
「ああ。師匠が守ってくれているから、影響は最小限で食い止めているんだけどね」
「夢の中で夜這いなんて、イヤらしい妖魔なんだから。マシロン様はわたしのものだって、分からせる必要があるみたいね」
誰があんたのものだって? そう言いたい気持ちを抑えて、違う問いを口にした。
「ルビーKは夢の中に入ることができるの?」
「無理ね」使い魔はきっぱり言った。
「そんな魔法は、わたしの辞書にはないし。幻術と夢は似て非なるものよ。どちらも心に働きかけるけど、幻は感覚に働きかけて、夢はもっと心の奥底に働きかける。夢の世界に詳しいのはエルフ族だって聞いたことがあるけど、問題は夢そのものじゃないでしょ?」
「だろうね。ボクやアムと、あの妖魔の魂が肉体を通じて、つながっているのが問題だから、そこを解決しない限りはダメってことぐらい、分かっている」
「リーブラ様の加護がもっと強くなれば、ヴァンデミアの呪いも断ち切れるはず。今朝も行くんでしょ?」
「もちろんだよ。神殿で祈るのは、アムの日課だからね」
朝食をとりながら(親子模様)
階下に降りて、お父さまとお母さまにあいさつをする。
「アム、昨夜はよく眠れたのかい?」心配そうなお父さま。
以前は、こういう表情を見せたことはなかったけれど、妖魔に私がさらわれた後、ザックさんに連れられて帰還するまでは、相当に心配させたようだ。
髪にも白いものが増えたように思う。
「大丈夫よ。女神さまがついているから」自然な笑みを浮かべて、父親の心配を和らげるように振る舞う。
マシロンには両親がいないけど、ケマンダー師匠が父親代わりだ。親の愛は尊重すべし、とはマシロンもアムも共通して持っている価値観だから、心配してくれる親の姿は何よりも嬉しい。
でも、できるだけ心配をさせないようにしないとね。
「今朝も、神殿に行くんだね」今度は、お母さまが確認するように聞いてくる。
母親との付き合い方は、マシロンには分からない。
ただ、アムの記憶では、いつも過干渉で、小言がうるさく、厳しくしつけられたようだ。良妻賢母という言葉がふさわしいものの、今は何だか腫れものに触るように、遠慮がちになったというか、弱くなったように思う。
以前は、父親が娘のことには無関心のように見えて、母親がいろいろお節介だったようだが、誘拐事件の後は両親そろって、露骨な心配を示してくる。
そのことが、ボクには申し訳ない、と思う。
だって、ここにいる体はアムのものだけど、魂は別人なんだから。
少しでも早く、本当の娘さんをここに戻してあげたい。
元々、この家はあまり信仰には熱心でなかった。
父親は典型的な交易商人で、アリオンとアシュカイオスの間を行き来する隊商を率いて、相応の財を為している。
記憶の中では、めったに家にいない父親の留守を守るのが母親の日常だった。
そして、父は家のことは何もしないで、全てを母に任せている。父親の関心は金を稼ぐことだけにあり、娘を可愛がるのも良家に嫁がせて、商売の発展を手助けさせるため。それこそが家族の幸せだと心の底から信じていて、私もその価値観を受け入れていた。
それでも、シンドラ様は信仰の対象だった。大神タイタンの妹にして、運命と幸運の女神。商人にとっては、商売繁盛を願う相手として好都合だし、このアシュカイオスにも神殿はある。
シンドラ様には3人の娘がいて、その1つが正義と真実の女神リーブラ様。アシュカイオスではあまり人気がない。残り2つは、美と愛の女神アスレル様と、平和の女神ウスレル様。
強いて言えば、ウスレル様の信仰が強いのだと思う。魔法大戦後の混乱期で、平和を求める人々が多かったことの現れだ。
アリオン市は武勇を重んじ、このアシュカイオスは交易を重んじるけれど、神々に関しては「肝心なときに守ってくれなかった」という不信感が先立ち、信仰よりも実益を考える人間が多く、神殿もさほど大きくはない。
だから、アムも女神さまなんて「子どものおとぎ話」程度にしか考えていなくて、そんな日常だから、自分の霊感の強さを意識する機会を持たずに生きてきた。
それが毎日、神殿に出向いて、お祈りを欠かさないようになるなんて……人が変わったとしか思えない、と世間では言われているようだ(じっさいに中身が変わっているとは思いもよらないだろうけど)。
もっとも、周囲だって、悪魔犬事件の後なんだから、とそのことを受け入れていた。邪悪な魔物にさらわれた少女が、救世主を名乗る冒険者に助け出されて無事に帰還したのだから(冒険者2人のうち、1人は帰って来れなかったと言われているけど)、それを機に信仰に目覚めても不思議ではない。
アシュカイオスでも、にわかに救世主ブームが起こり、正義と真実の女神リーブラ様の加護をザックが吹聴したりするものだから、改めてシンドラ様の長女リーブラへ関心を寄せる人々が増えている。
もちろん、私もリーブラ様の布教に一役買っているのだけど。
アムの父親は、娘が帰って来たことで、自分の不信心ぶりを強く反省し、神殿に少なからぬ財貨を寄進して、これからも儲けたお金の一部はシンドラ様とリーブラ様のために使う、と宣言した。
ただ、娘を良家へ嫁がせるという父親の以前の願望は、叶わなくなった。悪魔犬にさらわれた時点で、真実はどうあれ傷ものとされて、好き好んで嫁に迎えてくれる相手など出て来ないと思われた。
しかし、おかげでザックにもチャンスが生まれた。
ザックは救世主コンビの1人で、一躍、時の人となっている。アリオン領主の依頼で、妖魔ヴァンデミア討伐の任に就き、さらわれた少女を見事に連れ帰った英雄剣士の風評は、瞬く間に高まった。
中には、そんなに強いのか、と試しに襲いかかっては、あっさり返り討ちにされたごろつきもいるそうだ。そういう相手にも手を差し伸べて、仲良く酒を酌み交わすところも、気さくで陽気なザックらしい。
別の大陸から来たという噂も、ザックの神秘性に箔をつけた。世間知にも長け、領主と知り合い、人柄も悪くない、そんな凄腕剣士を娘婿に、とアムの父親は本気で考えるようになっていた。
交易仕事の際に、試しに護衛の剣士として雇ってみたところ、大変、有能な働きをしたこともあったようで、たとえ良家の出身ではない風来坊だったとしても、これ以上はない優良物件にザックは映ったらしい。
交易商人として、商品の価値を見る目と同様、人の価値を計る目も優れているのだ、とアムは父親を見なしている。父親が選んだ相手なら誰とでも、と考えたアムにとって、ザックに惹かれる気持ちは抑えることが難しかった。
ボクはマシロンで、ザックのことは親友で良い奴だと思っている。だけど、恋愛対象と考えたことはないはずなのに、ボクの肉体に残るアムの脳内意識は命の恩人であるザックに惚れ込み、抑制が難しくなっている。
たいへん困ったものだ。
本物のアムさんと、ヴァンデミアの件がなければ、ボクがザックと結ばれるのは時間の問題だったかもしれない。
そんなことを考えたりもしながら、帰ってきた日常めいた家族団欒の朝食をとっていると(ボクにはそれまで経験したことのない至福の時間と思えた)、やがて神殿への礼拝に赴く時間が来た。
過保護の親は、娘が一人で外出するのを認めない。
幸い、ボディガードが付いてくれる。
呼び鈴が鳴り、母親が応対する。「ザックさんよ」と名前を聞いたとたん、アムの顔は熱くなった。鏡がなくても、自分が赤面していることは分かる。
「うむ。時間どおりに来る男は、信用できる」父親がそうつぶやく声が聞こえた。
「さすがだな。やはり婿にするのにちょうどいい」そう言って、お父さまは娘に声をかけた。「お前もそう思わないかね、アムや」
ちょっと待って。
こんな問いかけをされて、どう答えたらいいって言うんだ?
ボク、マシロンがパニクっている間に、アムの体は反射的にいつもの返事を口にしていた。
「はい、お父さまのおっしゃる通りですわ」
おい、少しは躊躇しろよ、と自己ツッコミしながら、喘がせた息をなんとか必死に整え、その場しのぎの言葉を口にする。
「だけど、今はまだ時期尚早だと思います。もう少し時間をいただかなければ、心の整理ができません。確かに、ザックさんは良い人ですけど……」
もじもじしたまま、顔を上げられずに答える。
クスクスと、妖精タヌキの忍び笑いが聞こえたような気がした。
護衛剣士と連れ立って(女神の神殿)
「アムお嬢さま、お迎えにあがりました」
買ったばかりの上等の衣服を着たザックが、気取った言葉を口に出す。動きに制約はありそうな身備えだったが、神殿は街の中にあるので、それほど危険はないと判断したのだろう。
「毎日のお勤め、ご苦労さまです」ボクが言い慣れない言葉も、アムの体は難なく口にする。にっこり上品な笑みを浮かべると、ザックはあっさり赤面した。
「神殿までの付き添いなんて、苦労のうちには入りませんよ」
そりゃ、そうだよね。ブラックサンドとは違うんだから、付き添いなんて必要ない……と思いつつ、アムの記憶はその安易な意見を否定する。
無防備な商人の娘がのこのこ一人で歩いていたら、もしかして誘拐をもくろむ輩が現れても不思議ではない、と。
マシロンは、無防備な商人の娘ではない野生児だったから、アムや両親の感じる心配とは無縁だったのだろうな。
両親とザックはにこやかに会話し、改めてこの剣士の社交能力の高さに感心する。魔法関連の技を除けば、まるで完璧超人じゃないのか、この男は?
「なかなか、上手く演じているじゃないか、マシロン」
2人きりになると、ザックは親友口調に戻した。
「マシロン様の演技は完璧よ」と、ルビーKが出て来て、おしゃべりに参加する。
「身も心も、アムさんになりきっているんだから、このままだと御家の乗っ取りも大成功ね。ザックさんが婿養子として、大商人の跡取りに。娘に化けたマシロン様と、両親を騙して地位を獲得する。これも暗黒ナンバーワンの生きる道」
『そんな悪事をする気はない!』ボクとザックは同時にルビーKの言葉を否定した。
「あら、カップルで息ぴったり」わざとらしく、目を大きく丸めて見せる使い魔の言葉に、ボクとザックはともに赤面する。
これじゃあ、元は魔女だった使い魔のいいオモチャだ。
「改めて言っておくけど、この体はアムさんのものだからな。必ず元の持ち主に返すって決めたんだ」
「何を犠牲にしても?」ルビーKが問い返す。
「ああ」この話は、ザックの前でしたくない。魔法について無知な剣士に心配させても仕方ないことだ。
「そんなに大変な修行なのか?」ザックは心配そうに尋ねてくる。親友に対する心配か、それとも惚れた少女に対する心配か、判別はできそうにない。
アシュカイオスに戻ってきて、アムの日常には2つの修行が加わった。さらわれる以前は、日常生活を営むための花嫁修行のことを考えれば良かったのだけど、ヴァンデミアに自分の霊力のことを教えられたことで、目指すべき道が増えた。
1つは、女神に仕える信仰の道。
もう1つは、元の肉体を取り戻すための魔術の道。
1度に両方を習得することは難しいので、まずは手近な前者から始めることになった。
旧世界では、良家の子女が神殿務めで騎士や花嫁の修行をする慣習もあるそうだけど、このアシュカイオスでは事情が異なる。そこまで神殿が礼儀作法を学ぶ組織として重んじられていないのだ。もっとも、アランシアと比べるなら、街の中にまともな神殿が築かれているだけマシと言えるだろう。
ブラックサンドにも神殿区画というのがあるそうだけど、崇められている神が主に海賊たちのための海洋神や嵐の神、邪神の類ばかりで、ルビーK曰く、同じ区画に裁判所や暗殺者ギルドまであるそうなので、敬虔な静謐とは異なる世界だそうだ。
アランシアで信仰を学びたければ、サラモニスへ行け、そこには大神タイタンや妹神シンドラ様、知識神ハマスキスを中心とした万神殿があるとのこと。
一方、アシュカイオスの神殿は、商売人のためのシンドラ信仰が割と盛んな方だけど、そこの司祭もまた商人に毛が生えた程度の儀式の執行者でしかない。寄進をすれば幸運がもたらされるだろう、という説法しかしないので、女神の声を直接に聞いたという意味では、ボクやルビーKの方がよほど有能な神官だと言えた。
それでも神殿という場所は、神の象徴たる聖印や神像が設置されて、いかにも厳かな雰囲気が備わっている。そうした空間に信仰を刺激されて、神の声を聞いたと主張する者が現れて(多くはただの思い込みだが、たまに本物がいる)、教義を研鑽する信仰者を集めたりするものだから、穢されていない場がそこにあるだけでも大切なのだろう。
アムは(つまりボクは)、「悪魔犬にさらわれたものの、シンドラ様とリーブラ様への祈りを捧げることで、救世主をこの地に呼び寄せ、混沌の地下世界から救いを受けることができた」という実体験に基づく物語を説法することで、神殿に人を集めることに成功した。
金儲けに敏感な商売人司祭は、お父さまから十分な寄進を受けたこともあって、礼拝堂を自由に使う許可をボクたちに与えた。
ボクたちは旧世界でじっさいに目撃したリーブラ神殿の設備を参考に、礼拝堂をリーブラ風味に改装した。天秤の聖印を壁に刻んだり、ボクの好みで森と大地の精霊グァンドゥムっぽい意匠を盛り込んだりもして、少し自己解釈も混ざっているけどね。
伝統を改変することに反対する人間も一部にいたけど、ボクがじっさいに女神の使徒らしい奇跡を実演して見せると、あっさりリーブラ信徒に乗り換えてくれた。
奇跡といっても、ボクにできることは鳥の群れを召喚して鳴き声で歌わせたり、ルビーKの幻術を利用したり、女神リーブラの加護とは違う技を駆使しただけ。
それでも、リーブラの教義をよく知らない人々は、ボクたちの嘘を真実だと信じてくれた。
正義と真実の神の信仰を広めるためとはいえ、女神の加護とは関係ないトリックを奇跡と偽るのは信仰に違背しているのではないか、と気にしてはみたものの、ルビーK曰く、「嘘も方便」らしい。
少なくとも、ルビーKの頭が痛くなっていないことから考えて、リーブラ様の怒りは招いていないのだろうな、と判断する。
アムの肉体では、当初、ボクの獣使いの技を使うことはできなかったが、心と体の違和感が解消され、馴染むにつれて、少しずつ勘を取り戻すことができた。
ただ、アムの肉体には十分な体力が備わっていないので、あまり大掛かりな術は使えない。せいぜい小鳥を呼んで歌わせる程度しかできないけれど、元々、魔力、霊力の素質があったのだろう、一度、術技を行使できるようになると、何度か繰り返すことで経験が積めたのか、少しずつ消耗にも耐えることができるようになっていった。
ザックを練習相手に、武芸を磨いてみようと思ったこともあったけど、さすがに少女の華奢な体では、長年の荒野の生活で培ったマシロンの強靭でしなやかな筋力や技を短期間で取り戻すことは不可能だと分かって、早々に諦めた。
体を使った技は無理でも、礼拝堂で祈りを捧げながらの精神修養で、己が霊力を高める修練は、アム自身の素質もあったおかげで、確実に実を結ぶようになっていた。
ハマカイの塔(アムの変貌)
もう一つの修行の場は、街の外だった。
神殿をリーブラ様の加護も届くように改装したあと、日々の礼拝と獣使いの技に磨きをかける修練が軌道に乗るようになったある日、私はお父さまに外出許可を求めた。
「ダメだ」案の定、心配症になった父は反対し、どうやって説得したらいいか、しばし考えを要した。
「親父さんに正直に言ったらどうなんだ?」ザックが提案した。
「何を正直に?」ボクはザックの発言に少し苛立ち気味の言葉を返した。
「あなたの娘さんは、今でも怪物の中に閉じ込められているって? そんなの言えるわけないじゃない?」
感情が昂りすぎて、思わず涙がこぼれてしまう。
「おい、落ち着けよ。それぐらいのことで泣かれると……こっちは何も言えなくなっちまう」
ザックは気まずそうな表情を浮かべた。
「ゴメン。泣いているわけじゃないの。ただ涙が勝手に出て来ただけ」涙もろいのは、女の子だからなのか、それともアム個人の資質なのか、ボクには分からない。ただ、マシロンの体のときは、師匠が亡くなって以来、泣いたことはなかったと思う。
ハンカチを出して、涙を拭きとったあと、深呼吸して感情を静める。
「要は、ハマカイさんの塔に行く許可が欲しいってことでしょ?」ルビーKが口を挟んできた。「わたしにいい考えがある」
「どんな嘘を考えた?」ザックが問いかける。
「嘘じゃないわよ。真実の一部だけ打ち明けるの」
「もっと詳しく」続きをうながす。
「アムさんは、悪魔犬の呪いを受けていて、解呪が必要だと打ち明けるの。女神さまの信仰だけでは十分でなくて、賢者ハマカイさんのところに行って定期的に診てもらう必要がある、というのはどう?」
ボクたちの中で最も嘘や詐術に長けているのが、ルビーKなのは間違いない。
だけど、彼女の嘘は、半分程度の真実から作られているから、リーブラ様もお目こぼししてくれている、と彼女は主張している。本当だろうか?
「確かに呪われているようなものだけど……」それを今さら父母に打ち明けて、心配させたくはない、と口にすると、ザックが反論した。
「いいや。隠しごとが多い方が心配だろう。呪いの後遺症で苦しんでいる娘って話なら、確かに心配だろうが、それを解消できる賢人がすでに見つかっているのだから、絶望することはない。俺も親父さんを説得してみせるから、任せておけ」
「うん、分かった」頼り甲斐のあるザックの言葉に、私は心がキュンとときめき、思わず「頼りにしてるわね、ザックさん」と親友相手とは異なるセリフを発してしまった。
「お、おう。任せておけよ、マシロン。……それともアムお嬢さま?」
「お嬢さまと呼ぶのはやめて欲しいんだけど」他人行儀な言い方ではなく、アムと呼んで欲しい。そう呟きかけて、慌てて自制する。また肉体に引きずられている。
「あ、ああ。マシロン、これでいいんだな」
いいけど、よくない。
マシロンとアム、二つの想いが綱引きしながら、心の主導権を奪い合おうとしている。
親友でいたいのか、一歩踏み込んだ恋人になりたいのか、自分の心が自分で分からなくなる。
矛盾した想いを言葉にできず、ボクはただうなずき返すことしかできなかった。
ザックが「娘さんは必ず俺が守りますから」と宣言したことがきっかけで、両親への説得は成功した。
彼が裏表のない正直な人間であることは、少し付き合えば分かることだし、「必ず助ける」と宣言したとおりに娘を連れ戻してくれた実績だってある。
どこか不安定で、無理に明るく振る舞おうとしたり、ときどき陰鬱そうな表情を見せたりする娘よりは、ザックさんの言葉や態度の方が安心できるのだろう。
「娘のことはお願いします」と、まるで婚約者に対するように、お父さまが頭を下げて、私とザックさんは二人旅の許可を得た(じっさいには、ルビーKというお供もいたのだけど、両親は気づいていない)。
お父さまが用意してくれた2頭の馬に乗って、私たちはハマカイさんの塔に向かうことになった。
いつの間にか、娘が乗馬をこなすようになっていたことを知って、両親は驚いていたけれど、動物を扱う技もリーブラ様の賜物と適当に言い訳すると、あっさり納得してくれた。信仰教義に無知だった人たちだから、いつしか聖女と崇められるようになった娘の言葉を疑う理由もないのだろう。
『その言葉はなんでしょう さあ、わかりますか?』
スフィンクスの問いかけに、「いいえ」と答えると、
『そう。それが正解です。ご主人さまがお待ちです。どうぞ中へ』
入り口のお定まりのリドルの後で、無限階段およびボタン式扉の謎を以前と同じようにクリアして、ボクたちはハマカイさんと再会した。
ここには、それまでに2度立ち寄っている。
1度めは、ケイベシュに向かう前。
2度めは、ケイベシュからの帰り道。行きと帰りは違う顔ぶれだった。
アムさんの体になったボクと、ルビーK、ザックに、悪魔犬の体になったアムさんが加わっている。リーブラ様の奇跡で、地下世界から脱出することに成功したボクたちは、師匠の盾を初めとする装備を回収して、荒野の旅を行なった。
旅慣れていないボクが足を痛めて、うめいていたところを、悪魔犬のアムさんが心配して騎乗させてくれた。このような姿(ルビーKの幻術でピンクの象に擬態させられているが)になっても、正気を保っている彼女の心の強さに感じ入りながら、どうやって体を返せるだろうか、といろいろ考えた結果、ハマカイさんなら何とかしてくれる、という結論に達した。
事情を説明すると、ハマカイさんは親切に、悪魔犬のアムさんを預かってくれた。
「こんなおとなしい悪魔犬を間近で観察できる機会はめったにないからのう」と言いながら、ハマカイさんは〈縮小薬〉の効果を永続化させる儀式で、巨大な悪魔犬を人並みの大きさに変えたり、《動物会話》の術でアムさんの言葉を通訳してくれたり、いろいろ手助けしてくれた。
曰く、己が身を犠牲にしてヴァンデミアを封じた、知恵ある救世主に報いるぐらいはせんとなあ、だそうで、嬉しくて、また涙を流してしまった。
悪魔犬のアムさんとの情報交換もできた。凶暴な暗黒の魔獣の衝動に飲み込まれそうになっていた彼女の魂を救ったのが、シンドラ様の加護だと知ったときは、この暗黒大陸と呼ばれる地にも、光の神の加護が届いているんだなあ、と希望を持てた。
そして、アムさんの持っている聖女としての資質にも感心させられたし(ルビーK曰く、聖女と魔女は紙一重とのこと)、この姿では街に帰れないから、自分は塔に留まり、ハマカイさんの弟子になって、元の姿に戻れるような秘術を研鑽したい、と前向きな提案をしてくれたことにも驚いた。
ただの箱入り娘だった少女は、試練の中で秘めた資質を急激に開花させつつあった。
アムさんはボクに対しても、三つのお願いを要望した。
一つは、自分に代わってアシュカイオスに戻って、両親を安心させて欲しい。
二つは、自分に代わってシンドラ様の神殿に感謝の礼拝を続けて欲しい。
三つは、ときどきここに来て、街でのお話をあれこれ語って欲しい。
この三つの願いが果たされるなら、自分は希望を失うことはないだろう、と。
彼女は自分の体を返して欲しい、とは口にしなかった。
その願いを叶えると、おぞましい悪魔犬の体をボクに押し付けることになるから、だそうだ。こういう状況でも、そんなことの言える彼女の芯の強さと優しさに感じ入って、ボクは泣きじゃくった。何て涙もろい体なんだろう。
だから、ボクの方からこう言ったんだ。「君の体は必ず返す。約束するよ」と。
ボクはアシュカイオスの街に戻って、アムさんとの約束を頑張って果たそうとした。心配してくれた両親を安心させようとし、女神さまの神殿にも礼拝を続け、今後の加護のためにも発展に助力した。
そして、とうとう3つめの要望「街でのお話を報告すること」を果たせる時が来たのだ。
久々に会ったアムさんの姿は、犬耳をした獣人だった。
元の私とは似ても似つかない黒髪のワイルドなスタイルの女の子、いや、大人の女性。
「どういうこと?」ボクは驚きのあまり目を見開いた。
「変身魔法を習得したのさ」と、ボーイッシュな口調で説明するアムさん。「体を返してもらうにしても、あんたを獣の体に封じ込めるんじゃ気の毒だからね。あたしにもできることを学んだ結果がこれさ。気に入ってもらえると嬉しいんだけどね」
いや、イメージチェンジにも程があるでしょう、これ。姿形だけでなく、話し口調までギャップがあり過ぎる。
「ワイルドで素敵よね。マシロンさま」ルビーKがボクの心を見透かしたかのように言う。
確かに、本来のマシロンなら、お姫さまとか深窓の令嬢よりも、こういうアグレッシブでともに大地を駆けまわってくれそうな女性に心惹かれていたかもしれない。
自分自身の理想の女性がこういうものだと、初めて気付かされた。
「え、ええと……」ボクが激しく戸惑って、言葉がろくに紡ぎ出せないでいると、いち早くザックが反応した。
「へえ。こいつは見違えたや。うん、これはこれで悪くない。ワイルドなアムさんもいい感じじゃないか。なあ、マシロン」
ザックの言葉に同意しながらも、ボクの中のアムは惚れた男の浮気発言を許すことができず、とっさに彼の足をぐっと踏みつけていた。かかとの尖った淑女の靴を履いていなかったのが残念だと思いながら。
(当記事 完。思いがけず、話はまだ続く。昔の妄想よりも、話が膨らんでます^^;)