Shiny NOVA&WショーカのNEOスーパー空想(妄想)タイム

主に特撮やSFロボット、TRPGの趣味と、「花粉症ガール(粉杉翔花&晶華)というオリジナルキャラ」の妄想創作を書いています。

ダークタワー6巻感想(その1)

スパロボが終わったので

 

NOVA「ようやく、他の記事に頭が回せるや」

晶華「ダークタワーかあ。前の感想は、この記事ね」

NOVA「今年読了を目指していたけど、今年度読了に切り替えた大長編シリーズだな。7巻で完結なので、ノルマは果たせそうだ」

晶華「このまま一気に最後まで読み通せば?」

NOVA「無理だな。明日にはスパロボで新情報が来るみたいだし、それによって、『え? 一週間後にDLC第2弾が来る? よっしゃあ、楽しみだぜ。時間の確保をどうしようか。ワクワク』ってモードになるだろうし、年末映画にも気を回さないといけないしな」

NOVA「年明けはこれを見に行きたいしな」

NOVA「それとこれ」

翔花「年末から正月にかけて、見たいものがいろいろね」

NOVA「ライダーやスパイダーマンは期待度が大きい。一方で仕事人は、現時点でそれほどでもない。ストーリーもキャストもチェックしたが、ここに注目って要素が自分にはあまり感じられなくて、それでも仕事人ファンの義理として惰性的に見るってところだな」

晶華「あれ? NOVAちゃんにしては、反応が冷ややかね。もっとこう、必殺キターって盛り上がったりはしないの?」

NOVA「前の感想はこの辺りからだな」

NOVA「自分の過去記事を読み返して、おさらいしたりしながら、徐々に熱を高めて行こうとは思う。当たり前だが、目の前の全てに同じような興味関心を持って、テンション上げ上げになることは不可能なので、熱の入りようは作品ごとに違う。人間関係もそうだし、リアル、ネット双方ともに知り合いはそれなりにいても、全ての知人友人に同じような関心を抱き続けることは難しい。必然的に、自分を楽しませてくれる作品や人間に惹かれるし、新鮮な喜びや安定して好印象を与えてくれるものに関わりたいし、

「昔からの関心事の延長でダラダラ見続けて『最近のこれはイマイチだな。俺の好きなのはこういうスタイルや見せ方だから、もっとこういう要素に力を注いで欲しいんだが。今の時代では無理なのか? 今の時代で俺のツボになる要素は何だろうか? せっかくの縁だ。俺のマニアックな感性を刺激する作品であってくれ。ダメなら手厳しく批判するが、それもまた一興。当たりが出たら、よっしゃラッキーって喜びを示しつつ、まあ作品を見ずに文句を言うのはマニアの風上にも置けんわな』なんて思いながら、追いかけるわけで」

晶華「最近のNOVAちゃんはイマイチね。私の好きなのは妖精郷で女王になることだから、もっとTRPGソード・ワールドに力を注いで欲しいんだけど、今のスパロボ脳では無理なのかな? なんて思いながら、この3ヶ月ほどは付き合っていたわけで」

NOVA「アシスタント付き合い、サンキューな。まあ、スパロボやってた間は、充電期間だったと思ってくれ。来年はまたTRPGにも熱を入れるから。何しろ、俺がD&Dを買って始めたのが1987年。来年が俺のTRPG歴35周年なんだから。厳密には、TRPGに興味を持つようになったのは、ロードスリプレイ連載の始まった1986年で、今年もロードス新刊には期待したんだが、来年に持ち越しだ。ロードス熱がくすぶっているのが現状だな」

翔花「……と、いろいろ趣味に対する今の想いを書き並べておいて、結局、一番注目しているのは、特撮ヒーローってことね」

NOVA「あと、ダイ大な」

翔花「プリキュアは?」

NOVA「ニチアサついでの余芸に過ぎんが、タイトルだけは発表されたからな」

NOVA「番組開始が2月になるか3月になるかは知らんが、妖精郷なんかのネタとして、リンクできたらいいかな、と思う」

晶華「すると、来年の妖精郷は、美味しいものの食べ歩きが楽しめそうね」

 

キング登場の巻

 

NOVA「さて、前置き雑談はこれぐらいにして、本題だ。今回は上下巻合わせて700ページぐらいだから、前作の半分。だから、あっさり読めた。というか、実は11月の半ばには読了していたんだが、スパロボ脳のために、感想記事がすぐに書けなかったんだな」

翔花「すると今は、7巻を読んでいる最中?」

NOVA「ああ。こいつは最終巻で、登場人物が次々と死んでいく重くて長い話だから、あまり急いで読むと味わえないか、味わいすぎて鬱になる可能性が高いので、適度に消化しながら読みたいと思う。上巻を読んだところで、一度、感想記事を書いて、それから最後に漕ぎ着けるぐらいがいいかな」

晶華「人が死ぬ話かあ。もしも自分が感情移入したキャラが死んじゃったら、世界が終わったような気分になるわね」

NOVA「まあ、作者が死んでも、後を継ぐ者が世界を続けることだってあるんだけどなあ。ライダーの石ノ森さんとか、ゲッターの石川賢さんとか、今年は故人に敬意を表した作品が目立って作られ、また作曲家の先生方の逝去の報で、いろいろと涙を流すに至った一年だ。やはり、人の死はしみじみとするが、大切なのは生きている間にどんな想いを遺して、少しでも多くの人に惜しまれて亡くなることだと思うよな。人から死んで良かったと思われるより、良き人を亡くした、心から冥福を……と言ってもらえる人生でありたい」

翔花「それには、晩節を汚さないような清々しい生き方が求められるわね。見苦しい振る舞いでしがみつくのは、地獄の亡者と変わりないというか」

NOVA「まあ、死生観は人それぞれだし、それも宗教絡みの話に通じるが、ダークタワー6巻は最後で、作者のスティーヴン・キングが交通事故で死んで終わる」

晶華「何よ、それ? 作者が死んだら、最終巻はどうなるのよ」

NOVA「ある意味、究極の自虐ネタなんだよなあ。現実に、4巻と5巻の間の1999年6月19日に交通事故で死にかけたそうだし。その後のリハビリ生活があって、それでも『ダークタワー』をライフワークとして完成させたいという思いに突き動かされて、5巻を2003年に、6巻と7巻を2004年に完結させたそうだから。キングさんは1947年9月生まれだから、99年の時点で51歳になるのかな。俺も来年、51歳だから、交通事故に気をつけながら、やり残した仕事をいろいろ片付けられる人生でありたいぜ」

翔花「いやいや、そんな年寄りみたいなことを言わないでよ」

NOVA「自分がいつ死ぬかは分からないし、哲学的に考えるなら、人間は常に死に向かって歩いているんだ。それを自覚して、自分の生をどのように充実したものにするか、あるいは死に怯えて目を逸らして怠惰に享楽的に過ごすか、いろいろ生き方を考える必要はあると思うんだね」

晶華「NOVAちゃんは、享楽的ね」

NOVA「決めつけるな。ブログでは楽しく趣味ライフをエンジョイするって一面を見せているだけだ。もちろん、楽しむには楽しんでいるのも事実だし、楽しさを捨てて、苦行に走る禁欲的な生き方を是とはしない。『俺は楽しむ。楽しみに付き合ってくれる人間とは一緒に楽しみたい。ただ、俺の楽しみに付き合う気のない人間にまで、提供できるものはない。俺が楽しめない世界に、俺を引き摺り込もうとするのは害悪だ。悪霊よ、去れ』ってポジションだからな」

翔花「ずいぶんと俗物なのね」

NOVA「学校の勉強も楽しめたから、頑張れた。信仰の研鑽も楽しいから頑張ったし、世間一般が苦行と称するものにも、楽しみを見出すことはできたんだな。逆に言えば、どうしても楽しめそうにないことだってある。その辺の好き嫌い、自分に合う合わないは俺にだってある。他人の楽しみを否定するつもりはないが、他人に付き合うことで明らかに自分が嫌な思いをすることに関わり合いを持つつもりはない。進んで苦境に身を置きたいわけじゃなく、人付き合いも他人と楽しさを共有できる範囲、あるいは自分の狭い世界を広げたり、充実できて、かつ自分を曲げたり犠牲にしない範囲でなら関わりを持ってもいいって感覚だな」

晶華「宗教者って、もっと自分のことよりも、他人を救うことに懸命になるって思ってたけど」

NOVA「ある意味、宗教の聖人とヒーローって似たようなところがあるな。これはアメリカンヒーローにも類型があって、キリスト教的殉教精神が土台にある文化だと、自己犠牲こそが究極のヒロイズムなんだよな。『我が命に換えても、成し遂げたいことがある』ってデモンズのセリフは汎用性があって、今の自分の旬だったりするが、大仰な時代がかったセリフの中にキャラの情念や本気がかいま見えて、それでいて後半部分のアレンジにツボが入ると思う」

翔花「『世界を守る』だと対象が広すぎて、実感が湧かないけど、『この子を守る』ってセリフは今、目の前にいる弱い子、可愛い子のために、変身できないまま、体を張って守り、戦闘後は傷だらけって姿にツボを押された人も多いみたいね」

NOVA「ヒーローに憧れて、ヒーローになる。そのために体を鍛えたり、立場を得たり、挫折しても傷ついても踏ん張り続ける。主役の三兄妹と違って、いつ散るか分からないのに、このダークホース的な脇役ヒーロー像に心惹かれるなあ。主役のサポートもできるし、自分の戦場、なすべき使命も自己選択して、そこに情念を燃やせる男。この年になると、主役よりもバイプレイヤーの活躍がツボに入ったりもするわけで」

晶華「で、自己犠牲ヒーローを格好良いと思うNOVAちゃんだけど、自分が自己犠牲ヒーローになりたいと思ったことは?」

NOVA「割とある。ただ、無意味な自己犠牲を好んでするほどのバカじゃない。自殺願望と、信念をもった献身願望は違うんだよ」

晶華「どう違うの?」

NOVA「前者は、自分の死に場所を求めるとか、自分の命に価値を感じていないとか、ヒュンケルみたいな贖罪感覚なんだな。そこに建設的な要素は感じられん。後者の『我が命に換えても』は、その後に続く部分が大切なものだという認識だ。自分の命よりも大切な何かを守るため、あるいは何かを築くために、情念をぶつける心意気。もちろん、その守る対象や使命が何かがキャラの本質になって、それが身近なほど人間味があふれてキュンとなるし、高尚な使命だったりすると気高さを覚えたりする」

翔花「自己犠牲がポイントじゃなくて、守りたい何かがポイントなわけね」

NOVA「トロピカルじゃないけど、その時その時によって大切なことは変わったりもするんだよ。今はこれが大事、でも来週にはこっちが旬とか、想いは移り動きながら、螺旋を描いて、その人間の価値観を紡ぎ上げる。そして、その都度、情念を燃やす対象が何か、命を掛けるほどの価値があるものは何か、それによって、その人間の生き方の方向性が定まってくる」

晶華「『我が命に換えても、このゲームを終わらせる』ってのはどうなのよ?」

NOVA「ゲーマーにとっては当然だろう。まあ、それでゲームが終わった瞬間、死んでしまったら洒落にもならんが、冗談抜きで燃え尽きたりはした。昔は一つのことに入れ込みすぎて、それが終わったら抜け殻のようになってしまうことも、しょっちゅうだったな。目前のことを一つ一つこなすことに一生懸命だったんだ」

晶華「今は?」

NOVA「一つのことが終われば、次はこれ。また、その次は……ってやりたいことはいろいろあって、欲望があれこれ分散している。それを順繰り順繰りスケジュールを組みながら消化して行って、同好の士と意見や感想交換するのが充実していて、時たま自分の関心に乗ってくれる人間の登場にサプライズな喜びを感じたり、自分が命と情念、時間を費やせる何かに夢中になりながら、それに共感してくれる人との定例的ながら緩やかな関わりを通じて、生を充実させたいわけで」

翔花「命の掛け甲斐、情念の注ぎ甲斐、時間の費やし甲斐のあることを、人は自分のできる範囲で追いかけるものなのね」

NOVA「その対象が、他人にとってはつまらない場合もあるが、本人にとって掛け替えのない大切なことだってある。その掛け替えのなさを共有できることが共通の価値観とかセンス、逆に、いくら情念たっぷりに言葉を費やしても、通じない価値観だってある。友だちでも、大切な想いを共有できないことだってしばしばだ」

 

晶華「例えばだけど、『私は社会のルールが嫌いな反社会的な人間です。世の中の常識は間違っています。真実はこれです。そんな私を受け入れない社会は間違っている。あなたは賢明で優しい人間だ。だから当然、私を受け入れてくれますよね』と訴えてくる相手がいたら、どうする?」

NOVA「賢明で優しい人間は、反社会的と称する人間を受け入れないと思うなあ。賢明で優しい人間は、相手にも賢明で優しくあることを願うものだし、そうでない人間に対しては、憐れみの目で見て、同情はするかもしれないけど、できれば更生して欲しいと思う。そして相手を更生させるために、相手の欲望を満たしたいとは、普通は思わない。自分の賢明で優しい世界を崩したくないのが人情だし、相手と自分の世界観が異なるなら、そのギャップを埋めるために手を差し伸べることはしても、引きずり込まれたくはないもの。優しさで痛い目にあった経験があれば、世の中には優しさに値しない人間もいることを学ぶのが賢明な人間というものだ。まあ、賢明と自惚れている世間知らずでピュアな人間なら、悪魔の誘惑で道を踏み外す危険は考えられるが」

翔花「NOVAちゃんは、自分で賢明と自惚れている世間知らずでピュアな人間だから……」

NOVA「まあ、否定はしないが(苦笑)。だから、道を踏み外さないための規範意識が強いんだろうな。悪魔の誘惑については、フィクションなら面白いとワクワクする面もあるし、物語のギミックとして有効に感じたりもするが、現実に悪魔が出たら……観察したり、インタビューしたりするかな。好奇心に突き動かされて、破滅する面はあるかもしれない。ただし、好奇心が発動するかどうかはジャンル次第だ」

晶華「現実に悪魔が出たら?」

NOVA「花粉症ガールと協力して、戦ってみる」

晶華「どうして、私たちを巻き込むのよ?」

NOVA「花粉症ガールは、俺の守護精霊って設定だからな。悪魔が現実にいる世界観なら、俺の心の中から花粉症ガールが飛び出しても不思議じゃない」

翔花「ところで、花粉症ガールの使命って、NOVAちゃんを脅かす悪霊退治って設定だけど、悪魔と悪霊って何が違うの?」

NOVA「世界観によって、定義は異なるな。このブログ時空ことNOVAバースでは、悪霊は登場したけど、悪魔が登場したことはないので未設定なんだ。悪魔って、キリスト教定義と、仏教定義で違ってくるし、女神転生だと悪魔の定義が広すぎるし。『広い意味の言葉の悪霊カテゴリーの中に悪魔が分類される』ってのが現段階の仮設定としておこう」

翔花「キリスト教の悪魔は、ルシフェルとかメフィストフェレスとか有名どころがいっぱいだけど、仏教の悪魔ってどういう設定なの?」

NOVA「マーラと総称され、仏道修行を邪魔する悪鬼の化身だと定義されるが、特定のキャラ付けがされていなくて、『悪鬼入其身』との言葉にあるように、人の心に悪心が入り込んで、仏教の道者を迫害したり、煩悩で誘惑したりして成道を失敗させる働きのことを言う。まあ、仏教を題材にしている孔雀王ゴッドサイダーとかでも、敵キャラは他宗教の魔物をモチーフにしていることが多いからなあ。とりあえず、アシュラは仏教関連の魔と言えるが、元々はインド神話の悪魔で、仏教がその設定を取り込んで、『仏に帰依して守護神となった』と言うように敵→味方の道を辿ったりしたからなあ。戦神という属性から、平和志向の観点では悪とも言えるが、味方につけると心強い」

晶華「あしゅらさんとか、ブロッケンさんとか、マジンガーにもキン肉マンにもいるものね」

NOVA「ウルトラマンレオにもアシュランがいるし、ウルトラマンAにも超獣ブロッケンがいるし。アシュラはインド神話由来だが、ブロッケンはドイツの地名由来。ブロッケン山は、キリスト教視点から見て、異教信仰を祀る未開の地というイメージから『ファウスト』でも魔女の集会(ワルプルギスの夜)が行われた地とされている。つまり、ドイツにおける反キリストを象徴する山だ」

翔花「ところで、スティーヴン・キングさんの話は、どこに行ったの?」

NOVA「おっと、寄り道脱線が過ぎたな。要は、『人は何に命を掛けるか』って話で、キングさんは九死に一生を得て、『ダークタワー』の完結に情念を注いだんだよって話だ。だから、6巻と7巻は幻想的な生死観、死と新生、自分が死にかけた1999年と『ダークタワー』を習作から正式な商業作品として書き始めた1977年の錯綜した話になる」

晶華「悪魔の話は、どうつながるの?」

NOVA「悪魔という訳語じゃないけど、スザンナの中から出現した女妖魔のミーアにつながってくる。本作のポイントは、ローランドと作者のキングの対面と、スザンナとミーアの多重人格道中記ということになるのかな。正直言って、入り組んだプロットで、作者の脳内狂気が堪能できた話だった」

晶華「狂気を堪能って、どういうことよ?」

NOVA「真実と虚構が入り混じって、何が何だか分からなくなるんだけど、精緻な筆力で面白く読ませるってことだな。ただの気狂いの戯言だったらリアリティーに欠けるので、到底読めたものじゃないんだけど、上手な作家の手に掛かると、リアルと狂気の間に橋渡しされるので、引きずり込まれてしまうわけだ」

翔花「NOVAちゃんは引きずり込まれたの?」

NOVA「スザンナというキャラに感情移入できなかったから、セーフだった。エディかジェイクかキャラハン神父に感情移入していたんだが、視点キャラがスザンナとローランドが中心だったので、やや距離を置いて読めたと思う」

翔花「ええと、登場人物が誰か分からないので、整理して欲しいんだけど」

NOVA「そうだな。では、改めて確認するか」

 

ダークタワーの旅の仲間

 

NOVA「まずは、主人公のローランドだ。ガンスリンガーという銃を使う騎士の一族の末裔で、唯一の生き残りのさすらい人。破滅に瀕した世界を再生させる鍵となるダークタワーを求めて、荒野を旅するニヒルな男。若い頃に恋人のスーザンを失ったり、旅の仲間を戦争で失ったりして、性格は陰鬱。使命のためには、仲間の死をも乗り越えて進む非情さも持ち合わせるが、今の仲間との絆が成立して、だんだん彼の秘めたる人情が描き出されるようになる。物語が進むにつれて、右手の指を失ったり、リウマチに悩まされたりして、体にガタが来て、戦闘力は高いんだけど、万全の状態じゃないのが現状」

晶華「もう若者じゃないのね。何歳ぐらいなの?」

NOVA「1巻のラストで、浦島太郎みたいに時代を越えたからなあ。正確な年齢だと、大昔の人ってことになるんだろうけど、精力的な中年から初老のベテラン戦士ぐらいのイメージだな。30代後半から40代ぐらいと思う。イメージソースの『荒野の七人』の主人公クリスを演じたユル・ブリンナーが当時40歳だったので、それぐらいが妥当だろう」

翔花「孤高のガンマンのローランドさんが、ダークタワー探索の旅のために3人の仲間を現実世界から異世界に引きずり込むのね」

 

NOVA「1人めの仲間エディは、麻薬の売人で80年代のアメリカから、どこでもドアで引きずり込まれた。紆余曲折を経て、ローランドの弟子のガンスリンガーとして鍛えられることになる。陽気でお喋りで機転が利く若者で、大人の男性読者としては一番感情移入しやすいキャラだと思う。何しろ、思考スタイルが典型的なアメリカ人だからな」

翔花「典型的なアメリカ人って、麻薬の売人なの?」

NOVA「いや、そうじゃなくて。俺の偏見かもしれないが、ピンチの時にも軽口を挟んで、相手を挑発し、小粋なジョークと共に格好良く弾丸シュートするアクション映画の主人公。ローランドが戦闘機械とか異世界の亡霊みたいに描かれているのに対し、エディは『おっと落ち着いてくれよ。俺たちは別に怪しい者じゃない。まあ、そう見えるかもしれないが、別にあんたに危害を加えるつもりはないんだ』とかベラベラ話しかけて、会話の主導権をとるタイプだな」

晶華「ローランドさんがヒイロさんなら、エディさんはデュオさん?」

NOVA「性格的にはそうだが、同年齢じゃないからな。仕事人に例えるなら、ローランドがコメディアンの顔を持たない中村主水で、エディがコメディアン要素を引き継いだ秀かな」

晶華「それって、全然性格が違うじゃない?」

NOVA「寡黙なチームリーダーと、陽気な若者の例えだと、何がいいかなあ」

翔花「陽気な若者はよくいるけど、寡黙なリーダーってあまりいないわね」

NOVA「今度、スパロボに参戦するアニメ版ULTRAMANのセブンこと諸星弾なんかが寡黙な戦闘リーダーだな。まあ、あの作品のチームリーダーはイデさんとかハヤタさん、ゼットン星人のエドなんかが合議制で命令しているけど」

晶華「とにかく、エディさんが陽気なアメリカ人で、チームのコミュニケーション担当だということは分かったわ」

NOVA「あと、特殊能力としてエディはアイテム作りの技を持つ。ひらめキングみたいなインスピレーションで、手製の木の鍵と、それにハマる鍵穴を具現化するシーンがあって、ピンチの状況で起死回生の気付きを得るのは、大体エディだ」

翔花「NOVAちゃんの一推しキャラってことね」

 

NOVA「そして、エディの妻になったヒロインのスザンナ。60年代の黒人解放運動家にして、黒人富豪の娘だったオデッタ・ホームズと、第二人格の下品で凶暴なアバズレ、デッタ・ウォーカーが人格統合してスザンナになって、さらに女妖魔のミーアの人格が発現して、訳の分からないことになっている車椅子の美女だ」

晶華「車椅子の美少女ってキャラは時々アニメでも見かけるけど、凶暴な二重人格を抱えていて、しかも悪魔だか妖魔だかを発現させるなんて、属性をどこまで盛り込むのよ」

NOVA「しかも、妖魔の子を身籠った妊婦だったりする。6巻は彼女の妊婦描写がたっぷりで、妊婦萌え属性の読者にお勧めだ」

晶華「でも、妖魔の子なんでしょ? 悪魔の子を身籠ったヒロインってホラーよね」

NOVA「ところが、その子どもの父親はローランドだという事実が6巻で判明するんだ」

翔花「何よ、それ? スザンナさんはエディさんの妻なのに、ローランドさんが寝とったってこと? 最低な話ね」

NOVA「ローランドが寝とったわけじゃないんだけどな。女妖魔のミーアの打ち明け話が衝撃的で、壮大な伏線が張られていたんだ。まず、元々、妖魔には性別がなくて、男女両方の姿を使い分ける設定だ。男妖魔はインキュバス、女妖魔はサッキュバスというのだが、ダークタワーの1巻で、ローランドは女妖魔に襲われてXXXしてしまい、そこで精を奪われるものの、何とか誘惑を跳ね除けて吸い殺されずに済んだエピソードがある」

晶華「ダークタワーってアダルト小説なの?」

NOVA「そういうシーンもあるってことだ。そして、3巻ではジェイク召喚の儀式でローランドとエディが手を離せない状況で、出現した妖魔に対し、デッタ・ウォーカーが時間稼ぎのために妖魔を引きつけ、XXXするシーンがあった。その際に用いられた精がローランドから奪われたものだったという秘密が、スザンナの意識下でミーアによって語られる」

翔花「ローランドさんは、その事実を知らないのね」

NOVA「スザンナもそれを聞いて、ビックリって奴だ。読者もビックリ。とにかく、6巻はそのローランドと妖魔の子モルドレッドが、ローランドを殺すための刺客として誕生するまでの過程を描いた話でもある。妖魔に体を乗っ取られ、おぞましい子を産むように運命づけられたスザンナの苦悩と、運命に立ち向かう女性としての強さが描かれた作品だ」

晶華「悪魔の子を身籠った恐怖と絶望はホラー小説だけど、それで諦めてしまわないってことね」

NOVA「自分の中の悪魔、それに対して、心の中でどう向き合うかって話なんだが、そこでスザンナの特殊能力が示される。彼女は自分の精神を内面世界にダイブして、肉体を含めた自分の状況を俯瞰して見ることができる機械仕掛けの部屋を発現するんだ」

晶華「どういうこと?」

NOVA「肉体を乗っ取られたことで、非常時に際しての防衛本能か何かで、メカっぽい隠し部屋に心が転移する。その部屋から、遠く離れたエディの精神に通信したり、自分の出産が進まないように遅らせたり、いろいろ事態を打開するよう努力するんだ」

翔花「心の中にロボの操縦室みたいなものがあって、それで外部に電波を送ったり、自分の肉体をコントロールしたり……よく分からないイメージね」

NOVA「正直、このスザンナ絡みの物語は、1999年のニューヨークを彷徨いながら、スザンナの精神世界やミーアの精神世界(中世風味の城とか、異世界の機械都市とか)にいろいろと転移したりして、いろいろと現実味を欠いた展開が続出する。まあ、全部が全部、脳内イメージで幻だったと解釈すれば問題ないわけだが。大事なのはスザンナとミーアの会話のやり取りであって、舞台の変化はどうでもよくて……と読み流せばいいのだけど、そこに想像を追いつかせようとすると、頭がトリップしてしまいそうな展開だった」

翔花「でも、NOVAちゃんだって、夢の中を舞台に描くときに、スターウォーズの惑星タトゥイーンの砂漠とか、映画のワンシーンを元ネタに書いたことはあるでしょ?」

NOVA「それは登場人物がSF映画の世界が好きで……って設定に則っているからいいんだが、スザンナって別にメカ好きなキャラでもないし、そもそも60年代のアメリカから来たって設定なわけで、この一連のシーンは、作者のキングがスザンナのキャラ設定とは関係なく、自分の脳内イメージだけで舞台構築したようにしか思えない。整合性とか深く考えずに、気の向くままに書いたシーンだけど、なまじ描写が細かいだけに読んでいるときは違和感を覚えなかった。『ああ、脳内に不思議空間を構築する能力ね。俺もたまによく書くわ』って受け止めたんだが、後から考えると、やっぱり変だろ、これって思う」

晶華「でも、今までの話で、機械都市とかモノレールとか登場しているんだから、スザンナさんの脳内イメージにメカが出て来てはいけない、という制約もないのでしょ? 心の緊急避難所として、メカニックなシェルターがイメージされたと思えばいいのでは?」

NOVA「この辺は、60年代のアメリカ女性にとって、メカのイメージが脳内に構築されるものだろうかってことだな。実際のところ、60年代のアメリカ女性のイメージが俺の中にもないわけで。俺にとっての60年代のアメリカって、白黒のゾンビ映画とか、その前の50年代のボディ・スナッチャーとか、あまりメカは印象にないんだが」

翔花「日本にはウルトラマンさんがあったんだし、イギリスにはサンダーバードさんがあったんでしょ? だったら、60年代にもメカの下地ぐらいあったんじゃない?」

NOVA「まあ、アメリカのSF映画ブームは50年代だな。この辺の俺の知識は、東宝関連の邦画はともかく、洋画はあまり見ていないんだろうな。書籍などでタイトルを知っているだけで、実物を見ていないから、印象が薄いだけで。とにかく、スザンナの脳内イメージでメカだらけの部屋が出てくることに違和感を覚えたんだが、実は彼女がSF映画好きという隠し設定でもあるのかもしれないし」

翔花「NOVAちゃんだったら、脳内の隠し部屋をどういうイメージで設定する?」

NOVA「本がいっぱいの書庫か、魔法陣とか、多元世界を一望できるモニターとか、ダンジョンとか……って、この塔そのままじゃないか。他に例を挙げるなら、ロボのコクピットか、母艦のブリッジとか、どこかの廃寺で仕事料を分配する裏稼業のアジトとか」

晶華「もう、それくらいでいいから」

 

NOVA「そして、ジェイク少年だな。ローランドにとっての息子のような存在だ」

翔花「だったら、モルドレッドVSジェイク君の兄弟対決が期待できるかも」

NOVA「7巻であるかもしれないな。急成長したモルドレッドとローランドの対決は、チラ見したんだが、それならジェイクはどうなったんだろう? キャラハン神父が死んで、エディが死ぬところまではチェックしたんだが、ジェイクがどうなったかは知らない」

晶華「って、6巻の話の途中で、7巻のネタバレをしないでよ。何だか興醒めじゃない?」

NOVA「それもそうだな。パラパラとチラ見した程度と、ラストだけ先に見たんだが、まあ7巻の話は来年にして、今はジェイク君。まあ、本作の実質的なヒロイン枠だ」

翔花「どういうこと?」

NOVA「ヒーローに助けられる被保護者キャラを、古い定義でヒロイン枠と呼ぶこともあるが、その場合、スザンナよりもジェイクの方が保護対象なんだ。スザンナは強い女性で、エディ以上の戦闘力だったりするからな。車イスキャラで足が使えないのに、腕の力だけで匍匐前進したり、転がりながら奇襲攻撃を仕掛けたり、ダブル皿ブーメランで活躍したり、守らないといけないキャラとしては描かれていない」

晶華「確か、キングさんの小説では、女性の魔物率が高くて、少年愛が至るところで描かれているとか?」

NOVA「『スザンナの歌』は失踪したヒロイン、スザンナを探すエディのヒーロー物語かな、と思いきや、そこまで到達できず、むしろスザンナが努力奮闘する展開で、やはり助けられる対象なのは、ジェイクになりがちだな。まあ、今回、ジェイクの出番は非常に少なかったわけだが。スザンナを助けるために、キャラハン神父と敵陣に乗り込むシーンで続いたから、次巻はホットスタートという形になる」

晶華「だから、次巻の話より先に、今巻の話をしなさいよ」

NOVA「ジェイクの特殊能力は、タッチという相手の感情に接触して、読み取る能力だな。情報収集に便利だが、それだけに人の心の裏まで無意識に読みとって、繊細に恐怖心を覚えたりするわけで、意識的に制御できない読心能力って良し悪しなんだな。

「さて最後に、別行動になったローランドとエディの代わりに、ジェイクの保護者になっているキャラハン神父だが、かつてのヴァンパイアハンターで、吸血鬼の臭いが分かるという特殊能力を持っている。奇襲攻撃専門で、戦闘能力はローランドたちほど高くないが、相応の修羅場は積んでいて、覚悟は決まっている」

翔花「主要キャラ紹介、ありがとう」

NOVA「だいぶ時間がかかったな。では、ストーリー感想は次回に回そう。なお、ダークタワーの公式サイトはこちらな」

(当記事 完)