Shiny NOVA&晶華のNEOスーパー空想(妄想)タイム

主に特撮やSFロボット、TRPGの趣味と、「花粉症ガールというオリジナルキャラ」の妄想創作を書いています。

マニアとかオタクの話・完結編

こんな話を始めた理由

 

NOVA「さあ、今回で一連のオタク論(と呼べるほどのものでもないが)を終わらせる予定だ」

晶華「そもそも、どうしてこんな話を始める気になったの?」

NOVA「最大の理由は、今年が俺の趣味サイト20周年という特別な時期だからだよ。だから、自分の来し方を振り返り、整理するための記事を書きたいと思っているんだが、自分語りだけでも読者にとっては面白くないだろうし、テーマを決めて、もうすぐ50歳になる趣味人の一述懐として、『分かる分かる』って感じる要素と、『こいつは変わり者で理解し難いが、それでも面白い』って要素を見せたかった」

シロ「共感と、特別な個性の披露ってことですかね」

NOVA「この辺は、自分が他人からどう受け止められるか、という話なんだけど、まず人は『他人から共感意識をもって受け入れられたい』という社会的欲求を持つものだと思う。だから、一人ぼっちは寂しいし、『自分は社会の一員だ、社会にとって害はないよ、真っ当に生きてます』って表明することで、村八分を免れたいと考える。要は、善良な一般市民として平々凡々に、それでも恙なく生きていければいいって考えだな」

晶華「つまらない普通の人生って奴ね」

NOVA「だから、人生に彩りを求めて趣味に走ったり、反社会的行動のスリルを求めたり、何かの才能を示したがったり、『他人と違う自分らしさ』を追求して、『これが俺だ』という証を見つけたいのだと思う。そして、できれば周りからの称賛と許容、できなくても自己満足とか達成感を獲得したい。これが個性だ」

シロ「自分だけの特別な何かって感じですね」

NOVA「ただし、特別が度を越すと、社会が受け入れないこともある。華やかな舞台に立って、一見輝いているように見えても、内面は孤独というケースもあったりするし、成功しても失敗しても、『自分と同じような想いを抱いている少数の仲間』『共感できる仲間』がいれば嬉しくも思える。特別な者同士の間に流れる共感、というのはドラマになるよな」

リトル「他人と同じじゃ満足できない、それでも他人からの共感は得たいってことですかぁ?」

NOVA「まあ、矛盾しているんだけどな。共感を得る一番簡単な方法は、100%完全に他人に合わせることだし、世間の流行を追うというのはそういうことだろう。ただ、流行に合わせるにしても、その受容スピードは人によって誤差があるし、『流行に敏感な自分偉い』っていう個性を追求する者と、『世間の流行には媚びん。自分の生きる道はこれだ』と孤高を気取る者と、その中間層なんかに分かれる。その辺を研究したりするのも、社会学という学問だ」

晶華「つまり、NOVAちゃんの語りたいのは、『オタクと社会学』ってテーマなのね」

NOVA「まあ、社会学というほど大それたものじゃないけどな。せいぜい『特撮ヒーロー好きの、TRPGマニアによる、社会性に乏しいオタク未満のための、主観的分析と雑感』と言ったところか」

晶華「タイトル長ッ!」

NOVA「これも最近のラノベ界隈の流行だ」

 

良いものと悪いもの

 

NOVA「特命戦隊の名悪役エスケイプ様曰く、『あなた、良いものかしら?』 このセリフを聞いて、俺はゾクゾクした」

晶華「NOVAちゃんは良いもの?」

NOVA「たぶん、エスケイプ様から見れば、悪いものだと思うぞ。彼女の評価基準は、『自分に釣り合う強い戦士で、戦って楽しめる相手』だからな。戦闘を楽しむキャラにとっては、自分の欲求を満たしてくれる強敵という存在が必要。つまり、他人の戦闘能力を審美する、彼女のバトルジャンキーなキャラ性が、『あなた、良いものかしら?』というセリフに現れているわけだ」

シロ「つまり、良い悪いの基準は、その人もしくはキャラの価値観次第ということですね」

NOVA「そう。そして、価値観というのも個性だし、人が共感できるのはお互いの価値観がうまくつながる時、すなわち互いの評価基準、審美眼が重なった時だ。『自分の愛でるものを、他にも愛でてくれる者がいる。そいつらは同志だ』って感覚だ」

リトル「『好きな者同士の連帯感』ってことですかぁ?」

晶華「シーちゃんのスイーツを美味しいって思う人たちとは、話ができそうな気がする」

シロ「そう言われると照れるなあ。だけど、そういう相手は強敵にもならないか? ボクのケーキがもしも一つしかなかったら、二人でどうする?」

晶華「そりゃ、リウ君と半分こしてあげる」

リトル「わ〜い」

NOVA「俺のは?」

晶華「NOVAちゃんは大人でしょう。我慢しなさい」

NOVA「シクシク。俺だけ仲間外れかよ」

晶華「あっ、スネた」

 

NOVA「……と言うように、他人が欲しいものを得られて、自分だけが得られないと、人は疎外感を感じてしまうものだ」

晶華「あ、無理やり話をつなげて立ち直った」

NOVA「いいもん。今、目の前にケーキがあるわけじゃないもん。エアケーキの例えで、いちいち悲しんだりしないもん。ケーキが欲しければ、自分のお金で買うもん。そもそも大体、ケーキなんて甘いだけで、虫歯になるだけだし、そんなに好きじゃないもん」

シロ「だったら、クレープなどいかがでしょうか」

NOVA「おお、ここですかさず、クレープを出してくれて、俺の孤独を慰めてくれるとは、正にシロ様は神のごときパティシエだ。俺はそんな優しく気遣いのできるシロ様に、痺れる憧れる」

シロ「おお、新星さまにそこまで言ってもらえるとは」

NOVA「……というオタクの内面を表現したような演技な」

シロ「演技かよ!」

NOVA「いや、君のケーキやクレープを食べたいと思ったのは本音だ。この授業が終わったら、作ってもらえるとありがたい」

シロ「分かりました」

晶華「だったら、今すぐ授業を終わらせましょ。NOVAちゃんの授業よりも、シーちゃんのスイーツの方が良いものよ」

NOVA「シクシク」

 

価値基準と愛

 

NOVA「今のは、『花より団子』ってことわざに例えられるな。色気より食い気とか、芸術よりも実益を尊重する価値観。まあ、前者は精神的充足感で、後者は物理的充足感ということもできようか」

晶華「NOVAちゃんの授業が花とは思えないんだけどね」

NOVA「だったら、何が花なんだよ」

晶華「花粉症ガールの私に、それを聞きますか。花と言えばこれよ」

 

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NOVA「くっ、百聞は一見にしかず。俺の文章よりも、絵師の人が時間のある時に描いてくれて、プレゼントしてくれた絵の威力には勝てん。俺は素直に敗北を認めるぜ。しかも、今は絵を描ける人が、ひらめキングで戦隊リーダーをやってる時代だからな」

晶華「私をキラキラ描いてくれてありがとね、絵師さま」

NOVA「……まあ、この記事を今も読んでくれているかどうかは分からないし、わざわざ感謝の記事を書いてるから読んで、と言いに行くのも押し付けがましいので、たまたま偶然この記事が目に止まって、気持ちが伝わればラッキーかな、という程度だが、うまく価値基準が重なると人は嬉しくなる。そう、この価値基準、端的に言えば何かを好きだって気持ち、愛でる気持ち、すなわち愛を共有できることこそ、マニアあるいはオタクの醍醐味だと考えるわけだよ」

晶華「NOVAちゃん、しょっちゅう言ってるもんね。『俺が好きなものを一緒に好きだと言ってくれる相手、それこそいいパートナーだとか、いい友人だとか』って」

NOVA「そう、オタクとか、マニアとか、いろいろややこしいことを言っても、結局は単純な感情論なんだよ。好きという感情を共有できるとか、誰かの示した愛情表現を絶賛できるとか、同じものを好きだと思う気持ちを互いに尊重できるとか」

シロ「共有できる愛とか、楽しい共同体験を語り合うとか、そういう関係性ですか?」

NOVA「そう。俺はラーリオスという共同体験を愛しているし、それに関わった全ての人に感謝してるし、そういうきっかけを与えてくれた原案者に対しても、感謝していることは本当なんだぜ。そして、結果的にこじれた部分があったにせよ、原案者にも『あの時のことはいい思い出にしておこう』と言ってもらえれば、そこで通じ合える部分はあったと思うんだ。

「そこから始まった関係をスルーして、次につなげることはできないし、いろいろ嫌なことがあったかもしれないけど、それはそれとして、『いい経験だった。いい勉強になった』と後から振り返って、自分を積み上げていく一つの土台にして欲しいし、そういう表明が少しでもあれば、こっちも頑張ってきた甲斐があるってもんだ」

 

NOVA「オタクについてまとめるなら、『サブカルチャーというジャンルを中心に、作品や作り手、役者や関連創作物(いわゆるグッズ)に自分の想いを重ね合わせて、共同幻想を堪能できる人たち』だと思うんだよね。それを夢と言ってもいいし、癒しと言ってもいい。とにかく何かを愛しいと思う気持ちを、時には過剰なまでに何かの形で表明する。それが何かの収集だったり、知識薀蓄の披露だったり、イベント参加だったり、創作だったり、コスプレだったり、様々なスタイルはあれど、根底にあるのは好きって気持ちのほとばしり。

「逆に、オタクにとっての敵は、自分の好きを傷つけるものであって、自分の好きを守るために過剰防衛することで、自己の愛情表現とする者もいる。『俺の愛するこいつを傷つける者は許せない』 こういう発言を平気で相手構わず言い放てるのも、振り切れたオタク(俺的には褒め言葉)だと思う。そして、それを聞いた者は『なるほど、そなたにも大切なものがあったんだな。その心意気や良し。思う存分、愛でるがいい。拙者は刀を納めよう。達者でな』と言えるのが武士(もののふ)の風情であり、他人の愛を否定しない。それが、俺にとっての良きオタクの姿なんだ」

晶華「ああ、それが結論なんだ」

NOVA「そうだな。言いたいことは言いきった」

 

批評活動について

 

NOVA「さて、オタク心の光の面は、好きという気持ちのほとばしりと書いた。そして、好きという気持ちを軸にした連帯感こそが、いい友人になるために必要だとも書いた。もちろん、好きにもいろいろなレベルがあって、人は時として他者にマウントを取りたがる生き物だから、『好きのレベル』を評価し合うことで、人間関係を構築することもある」

晶華「『お前の作品愛はその程度か』って感じね」

シロ「『くっ、今の俺にはこのグッズを買うほどの資力はない。だが、いつか、金を貯めて、お前を身請けしてやる。きっとだ、約束する。それまで待っていろ』って感じですか?」

NOVA「身請けって何だよ。どこの時代劇だ?」

シロ「忍びの必須教養ですから」

NOVA「そうなのか? まあ、俺は忍術の修行はしたことがないから、自分の知識にないものを否定することはできんのだが。ともあれ、オタクの必須芸の中に、薀蓄芸というのがある。つまり、趣味を楽しむためにあれこれ調べたり、同好の士と会話を交わすうちに、自然に身につく雑多な知識を披露することで、自分のレベルを示したりする行為だな」

晶華「いっぱい知っている方が偉いってこと?」

NOVA「素人目にはそう見えるかもしれないが、知識というのは結果であって、オタクが評価して欲しいのは、『そういう知識を得るに至った探究心』の方なんだ。あと、それとは別に『知識を披露するための話術の巧みさ』も評価基準になる。つまり、心と技だな。残りの体は、その知識を得るための土台となる体力や資力なんかに相当するだろうか」

晶華「金がないとオタクにはなれないってこと?」

NOVA「逆。自分の趣味を追求する目的で、頑張って働き、お金を稼ごうとする。金がないならないなりに、自分の資力の範囲でできることをする。わびさびの精神で、それなりに芸を磨こうとしている者もいるわけだ。もちろん、生活もままならない状態で、趣味にかまけてなどいられないって人間に、趣味の楽しみ方を説いても意味はないんだが、『趣味を楽しもうとしている場で、いちいち自分は趣味が楽しめないから、とか、他人の金銭の使い方について、さもしいツッコミを入れてくる』ようでは、共に楽しむことなんて不可能だ」

晶華「貧乏人は死ね、と?」

NOVA「そんなことは言ってない。大体、俺も別に金持ちってわけじゃないし、それでもまあ、『やっと10万円の定額給付金申請書キター。この書類を記述ミスすることなく、きちんと郵送すれば、減額した収入の少しは足しになる。もらえるものはありがたくもらって、感謝は表明しつつ、今後の仕事の見通しを考えないとなあ』とか一般庶民的に嬉々としながら、あれこれ考えつつ日々を暮らしているんだ」

晶華「へえ。10万円もらえるんだ」

NOVA「そうだよ。できれば、晶華、シロ君、リトル君の3人も日本国民として戸籍登録していれば、今、ここにいるだけで40万円もらえるんだけどなあ。さすがに花粉症ガールや、怪獣の眷属という非実在の少年少女には給付金がもらえない。もしもそれでもらえるんなら、今からサイコロとキャラクター記録用紙を用意して、いっぱいキャラクターを作るんだけどなあ。これまで作ってきたキャラだけでも、軽く1000万円ぐらいはもらえるだろう」

シロ「すると、100人以上のキャラを作ってきたんですか?」

NOVA「TRPG者としては当然のたしなみだろう? ルールブックを買う。試しに5人ほどキャラを作ってみる。システムが20作あれば、100人に達する。まあ、実際にはもっとたくさんのシステムは買ったんだが、類似のシステムだったら、キャラを作らなくても大雑把にルールは分かるわけで、購入したルールブック全てでキャラ作りしたわけじゃないんだが。それでも細かいルールの検証にはキャラが必要になる。そうやって、作るだけ作って、冒険させていない水子キャラにも給付金が支給されるならば、TRPGファンは金持ちになれる。どこかに、キャラシートを郵送すれば、10万円もらえる世界はないものかのう」

晶華「そんな世界だったら、私も頑張って、いっぱいキャラを作るわよ」

NOVA「ああ、キャラを作るだけでも、楽しめるのがTRPGってもんだからな。ルールブックを持っている人間は、当然、それぐらいの遊びをしてるだろうし、もしも、それすらしてなくて、ただ読んでいるだけじゃ宝の持ち腐れだ。金がないなら、持っているものをフル活用して楽しむのがオタク道ってもんだぜ。『いっしょに遊ぶ仲間がいないし、金もないから、ソード・ワールドで50人ぐらいキャラを作りました。さすがにそこまでやると、もうルールブックなしでもキャラは作れますね。経歴表なんかも大体覚えましたし』

晶華「NOVAちゃんは覚えてるの?」

NOVA「50人作っただけで、覚えられるものなんか? と疑惑に駆られるな。そして、試したくなる。Aー2ー5」

晶華「『かつては貴族だった』ね」

リトル「アキ姉さん、覚えてるのですか?」

晶華「いいえ、ルールブックを素早く調べたの」

NOVA「そうやって素早く調べるだけでも、経験がなければ難しいしな。ともかく、特定個人は何かと『金がない』ことをアピールして、その割に『金がない』ことを公開しないでくれ、と自己矛盾の言動をかますので、何かのネタ振りにしか思えない。で、自分がいかに金がなくて哀れな存在かを何かとメールで報告してきやがったんだ。お前は乞食か?」

晶華「NOVAちゃんは貧乏を嘲りたいの?」

NOVA「そんなわけがあるか。趣味を楽しむ仲間が欲しいなら、そういう個人のさもしい裏事情をいちいち知らせるなってことだよ。趣味を楽しむ仲間になって、あわよくば金をせびってやろうとか、自分の生活苦の相談相手になってもらおうとか、そういう下心が見えてしまえば、一緒に楽しめるはずがない。

「『楽しむための友人』と『人生の相談相手となる身近な友人』というのを混同すると、友情が成立する前に破綻するし、こちらは『共同創作を一緒に楽しむ』ことまでは許したのに、『生活苦のために創作活動以外で食って行く道が見出せない』なんてことを言ってくる相手とどう接するか真剣に悩んだよ。まあ、結論は『創作でプロになる道をナメるな』だけどな。

「彼らは『好きのほとばしりが実ってプロになった』わけだし、その好きのほとばしりを形にして見せて、読者の共感を得られたから続けて行ける。自分の楽しさを他人に伝える術を知っているんだ。もちろん、背景には苦しいことだってあるだろうさ。精神的に打ちのめされて、書けなくなることだってある。それでも、好きだから戻ってくる人もいるし、プロじゃなくても趣味で書いている人もいるし、趣味を切り替えたり捨ててしまった人もいるだろう。それぞれの人生って奴だ」

シロ「それぞれの人生ですか。煌びやかな成功だけじゃないってことですね」

NOVA「ああ、こういうことは成功している人間は語れない。夢破れて、失敗して挫折して、それでも自分のしたいことは投げ出さず、地道にコツコツ形を変えながらも続けてきて、そして、それなりに得るものは得てきた人間だからこそ、言えることだと思うぜ。失敗しても、挫折しても、好きなものは好き。そして、他人の好きは尊重し、決して見下したりはしたくない。それが俺だ」

晶華「これが、NOVAちゃんのキラメンタル」

NOVA「まあ、いささか書きながら、自分の言葉に酔っている節もあるけどな。で、先ほど書いた結論『好きな想いのほとばしりをどういう形で表現するかがオタク道』ということだが、それがネガティブに吹き出しがちなのが批評活動だ。この批評活動において、致命的な勘違いをしている面が、例の反面教師くんには見られるので、戒めとして書いておきたい」

リトル「致命的な勘違いですかぁ」

NOVA「そう、致命的だ。少なくとも、それによって奴は、理解者たる俺に見限られる原因を作った。こんなことを続ける限り、俺は奴を受け入れられない」

晶華「それは致命的ね。NOVAちゃんに受け入れられなかったら、私は消えちゃうし」

NOVA「まあ、お前は俺の契約精霊だからな。普段の毒舌も愛情表現として受け止めているし、時々グサッと来るようなことを言われてシクシクと涙を流すこともあるが、反抗期の入ってる娘の言葉だと思えば許せるさ。ただし、許せないレベルの悪口はあるってことだ」

晶華「ああ、分かった。人の好きなものに深く考えずに悪口を言ってしまう悪癖ね」

NOVA「そう。彼がモデルケースにしている人物は、批評活動をメインにしている感じで、そういう人間に素直に憧れた彼は自分もそのように『他者を批判する見識と誇りを備えた人物』になりたいと90年代から考えて、そこから成長できていないことは十分に考えられる」

シロ「誰かが同じことをやってるから、自分がやっても許されるって考えですか?」

NOVA「許されるはずはないけどな。そういう批評家は当然、いろいろな反論にさらされたりもするわけだが、そこで言葉や絵の力で自分を守ったり、相手と徹して切り結ぶことを自分の名を売る好機に変えているわけだ。その主張に賛否はあれども、相応の勉強に時間をかけて、その人物なりの世界観を構築していることには異論がないだろう」

晶華「自分の世界を構築……ってことは、ある意味、神さまね」

NOVA「そう、神さまだ。だから、信者と呼ばれる人間も一定数いて、その発言を擁護したり、しばしば盲信したりもする。まあ、俺は多神教を信じる人間だから、神さまはいっぱいいてもいいんだけどな。俺個人の好きなものに噛みついて来なければいいし、噛みついて来たら立ち位置関係なしに反発する。まあ、そこは自分の信念が一番大事で、他人の信念は是々非々だが、基本は尊重する。よほどの害悪でない限りな」

シロ「その害悪を決めるのも、個人の価値観ですね」

NOVA「俺が80年代から尊敬している人間に、SNEの安田均社長がいるんだが、基本的に俺は社長の紹介した海外ゲームを面白いと思い、そのゲーム批評記事を愛読している。ツイッターで、社長が日々の仕事の様子を営業活動と称してつぶやき、ファンがゲームのタイトルをつぶやいているといちいち取り上げてコメント付けて、感じ入ったファンが恐縮交じりに喜びを表明する姿も見ていて、昔を思い出して微笑ましい気分に駆られる」

晶華「NOVAちゃんにとって、その人は神さまみたいなもの?」

NOVA「まあ、主神ではないが、ゲームというジャンルにおける大神だな。ただし、当たり前だけど絶対ではない。社長が面白いと宣伝するゲームが俺にはつまらなかったり、逆に社長が切り捨てたゲームが俺向きだったり、その辺の価値観がズレることもしばしばだ。そりゃそうだ。社長は俺と違う個性を持つ人間だし、俺もいろいろと影響を受けてきたことは間違いないが、通じ合わない部分も当然あって、90年代の時点ではそれが見えていなかった」

晶華「今は?」

NOVA「全てとは到底言えないが、年を重ねて見える部分は多くなった感じだな。何よりも、そのフットワークの軽さに尊敬する部分がある。好きなものを本当に楽しそうに語る姿には憧れるし、そういう振る舞い方から学んだものも多い。さすがに『社長は面白いと言ったけど、つまらないじゃないですか』なんてクレームを付ける気にもならんしな。というか、『つまらないもの』『自分に合わないもの』への抗議で、いちいち誰かに噛みついて人生を浪費するなんてバカバカしい」

晶華「その割には、例の人に結構、噛みついているように見えるけど?」

NOVA「そう見えるか? だったら『つまらないもの』とは思ってないんじゃないか。ある一面で、俺に似ているところもある奴だし、その似ている部分で共感できるところもある。もちろん、似ていないところもいっぱいあって、文章を書く上での基礎体力の差とか、趣味に対する思い入れの深さとか、自分自身を深く見つめ直そうとする内省力とか、こちらが優っていると自負できるものは数多い。もしかしたら、俺が気付いていないだけで俺より優る面もあるのかもしれないが。今さら、奴もプロになりたいと夢物語を口にする気力もないかもしれないし、もしかすると晩年を感じ、最後にいろいろぶちまけたいと思って、俺に何かを訴えようという気持ちにさいなまれているのかもしれん」

シロ「そういう人を、新星さまは切り捨てるおつもりですか?」

NOVA「あくまで、俺の想像だ。本人が直接そう言ったわけでもなし、俺の中で勝手に美化している可能性の方が大ありだ。正直なところ、奴がどういう人生の末路を辿ろうと、俺にはどうすることもできん。俺の人生の末路を、奴がどうしようもないのと同様にな。ただ、奴が一人で孤独な人生に陥らないためにアドバイスできることはある」

リトル「それは何ですかぁ?」

NOVA「『自分の手に入る範囲で、しっかり楽しめ。他人を羨むな。自分にできることをしろ。言葉足らずにならず、自分の居場所で好きを表明しろ。自分の好きを理解してくれる人間と、その好きの範囲で会話を交わせ。自分の嫌いや知らないものに、いちいち噛みつくな。自分の不遇を下手にアピールするな。嘆くぐらいなら、自虐芸にしろ。同情されるよりも、チャップリンみたいな喜劇王を参考にしろ。自分の悲劇は誰かの喜劇。そこを演出できてこそ、エンタメになる』 こんなところか」

晶華「一言で言えば、明るく生きろってことね」

NOVA「端折り過ぎだ。まあ、オタクの話でまとめると、結局、オタクって『楽しくて深いもの』に惹かれるんだよ。自分が楽しめる、そして深く追求できる。その逆が『つまらなくて軽いもの』だから、軽々しい悪口って、その場だけの日常雑談トーク以上に毛嫌いされるんだよね。好きを表明していない悪口って、害悪以外の何者でもない」

シロ「だったら批評家はダメじゃないですか」

NOVA「彼らは、嫌い以上の好きで自分を固めているんだよ。好きなものがあるから、その好きに対する対立軸で暴言かましても、好きのファンが付いてくる。つまり、一つ悪口を言ったら、その三倍は何かを褒める。ただし、今の時代は価値観が多様化しているから、90年代と同じ感覚で暴言かましたり、傲慢かましていると、たちまち反論が湧き上がる。つまり、味方以上の敵が湧いて出やすい環境なんだ。まあ、味方が少なく(ほぼ皆無で)、大勢の敵に寄ってたかって切り捨てられたいなら、今のスタイルで頑張るべきだけどな。俺には真似できん」

晶華「ネットが誕生して、一億総批評家の時代だもんね。誰でも自分が批評して、逆に攻撃されないターゲットを求めている」

NOVA「失言した人間をイジメる構図だな。そして、イジメのターゲットは反論しない、できない人間だ。感情的にムカツく発言、常識を知らない愚かな発言は、手っ取り早いスケープゴートになる。これはオタク同士も同じで、まあ、彼らは推しをめぐって論争を交わすのに慣れているから、仲良くケンカしなのレベルなんだけどな。匿名のまとめサイトで、作品への悪口が盛り上がる様は見ていて微笑ましい」

シロ「それも微笑ましいんですか?」

NOVA「彼らの悪口は、半分自虐なんだよ。せっかく期待して毎週、番組を追っかけているのに、最近はどうも素直に喜べなくなった。頼むから、俺が楽しめる作品にしてくれ。今のままだと俺が楽しめん。そうだ、少しでも楽しむために、今の展開のダメなところを挙げて、改善願望を書きつづろう……といった感じだな」

晶華「つまり、歪んだファン心理ってことね」

NOVA「そう。だから、彼らの中では良い悪いの峻別ラインがしっかりあって、同じ人物が時には褒めたり、時に意見を覆したりもしている。回によって当たりと外れがあるようにな。その上で、自分の好きを見定めるならいい。だけど、悪口の波に流されて、どこでもそれが当然のように思い込んだら、オタクとして不幸だよなあ」

晶華「オタクは、自分の好きなものの悪口を軽々しく言う人間を、過剰に敵対視しがちだものね」

NOVA「悪口ばかりが目立つ人間って、普通に友だちとしても楽しくないぞ。中高生ならともかく、大人社会でそれはない。無難に大人の友好関係を維持したいなら、『悪口はやむを得ず、愛情表現の裏返しとか、つい口が滑った的な装いをこらして、それが本分じゃないと見せかける』作法が必要。『嬉々として悪口に夢中になる態度』は、大の大人がみっともない、と受け取られる」

晶華「NOVAちゃんの説教芸も、下手したら悪口と受け取られるものね」

NOVA「でも、軽くはないだろう?」

晶華「重すぎるよ。ここまで、読んでくれたお客さんは凄いよ。それだけで尊敬する」

NOVA「何せ、1万字超えだからな。原稿用紙にして25枚強。書いた俺も尊敬に値するが、読んでくれたお客さんもヨイショして、WinWinの関係を紡ぎたい。批評の是非については、いろいろな意見もあるだろうが、ここでは『オタクの友好関係を維持するためには、見えぬ敵をいっぱい作るネガティブ論評は控えるべし。ネガティブよりもポジティブな意見をいっぱい出せる人を、多くの人は尊敬する』って感じでまとめよう」

シロ「オタクの根源は、好きって想いのほとばしりですからね」

リトル「好きこそ物の上手なれ、ですぅ」

晶華「私も、自分の周りには、好きなものをいっぱい集めたいものね。嫌いなものへの悪口で固めた人生なんて、決してハッピーじゃない」

NOVA「自分の文章は、他人にハッピーと思索のどちらかを促す文章か? という観点で自己批評するといい。俺の目指すのも、楽しく、かつ、ためになる文章だからな。1万字も書いて、どちらも到達できなかったら、それこそ涙目だ」

 

晶華「大丈夫。授業が終わったから、シーちゃんのスイーツが食べられるよ。涙目なんて、スイーツパワーで吹き飛ばそう」

シロ「分かった。アッキー、お前も手伝うんだぞ」

晶華「ええ、そんなの面倒くさい」

シロ「ダメだ。お前はボクの料理の弟子なんだから、好き勝手は許さん」

リトル「リウもお手伝いするですぅ」

晶華「仕方ないわね。友だちだから、面倒なことも引き受けてあげる」

 

NOVA(そう、友だち意識は、他人に求めるものじゃなくて、自分がどうあるかって振る舞い方なんだよな。子どもたちに友だち感覚を身につけさせただけでも、俺の授業は無駄じゃなかったと思おう)

 (当記事 完)