夢か現(うつつ)か
粉杉翔花は、目が覚めて気がつくと、ベッドに寝ていました。
最初かの女は、今も記憶の片隅を去らない、長い、楽しい夢を見て、寝過ごしてしまったと思いました。それとも狂気だったのでしょうか? それにしてもこの天井は見なれないものでした。
(以下、情景描写省略)
翔花「ここはどこだろう? 今は何時だろう?」
答える声「コンパーニュの塔じゃ。今は朝の十時じゃ……と言いたいが、記事書きが少々遅れたみたいなので、昼の1時過ぎじゃ。知りたければいってあげるが、6月14日の昼じゃよ」
翔花「ヒノキちゃん!」
ベッドのそばに、老女っぽい口調の幼女が玉座に腰を下ろしていました。
ヒノキ「やあなのじゃ。こなっちゃん、ようやく会えたの。このコンパーニュの塔の主人にして、かつての南郷家に仕える精霊頭の阿里、今は日野木アリナ。それがわらわの名じゃ。本来は花粉症ガール2号を名乗りたかったのじゃが、いつの間にか粉杉翔花2号なるものが湧き出てしまったために、どうしようか悩んでおる。こうなったら、わしこそが技と力を合わせ持つ、赤い仮面の花粉症ガールV3を名乗ってもいいのでは、と考え始めているところじゃ。こなっちゃんはどう思う?」
翔花「うん、ヒノキちゃんがいいなら、私も異存はないよ。別に私は宮内洋さんのファンじゃないし。そういうのは、NOVAちゃんに任せた。私は光太郎さんやクウガさんに憧れるから、風見志郎先輩とかフォーゼの風城美羽先輩みたいな仕切り役の立ち位置はヒノキちゃんにお願いするね」
ヒノキ「ムムム、これぞ世代差という奴かの。あっさりV3ポジションを勝ち得たのは僥倖じゃが、いささか拍子抜けしかねんの。まあ、それはともかく、台本通りに行こうかの。ええと、『お前さんも、家を出てからさんざんばかなことを仕出かしたようじゃが、どうやら運よくここまで来られたな』さあ、次はお前さんの番じゃ。わしがガンダルフで、こなっちゃんがフロド、『指輪物語 旅の仲間 下巻』を台本に、舞台劇を展開するのじゃよ」
翔花「ええ? 『指輪物語』なんて敷居が高すぎるよ。この間、妹の2号ちゃんが『ロードス島戦記』にハマったとかで、私に灰色の魔女がどうこうなんて30分も話し続けて眠たくなったのに」
ヒノキ「何を言うか。たかだか30分の趣味語りで根を上げてどうする? マニアの域に達すると、ファミレスで3時間は延々と語って、まだ語り足りないと聞くぞ。マニアが二人揃えば、徹夜で延々語り通して、気が付けば朝日を拝んだ経験も一度や二度ではない。『おお、俺たちの熱い語りに応えて、朝日が招来されたわ。朝日を呼ぶオタクとは正にこのことじゃけん』と寝惚けたたわ言を口にする者もいたな。寝言は寝てから言えっての。ともあれ、そういう経験を踏まえて、心と技と体を鍛え上げた者こそ、ようやくマニア道、もしくはオタク道の入り口に到達したと言えよう。近頃は、そういう経験もしないままでオタクを名乗ろうとする図々しいファッションオタクと称される若造どもが増えて、古式ゆかしいマニア連中の嘆きの声が至る所で響いて来よる。下手すると、悪霊となりかねん。こなっちゃんはどう思う?」
翔花「ええと、マニアとかオタクとかそういうのもよく分からないし、たぶん専門家っぽいNOVAちゃんに任せた。もちろん、花粉症ガールとしては、生まれた悪霊は何とか浄化したいと思うんだけど、今ここに悪霊がいるわけじゃないよね。それより、私の目の前でもっと重要な問題があるのよ。聞いていい?」
ヒノキ「もちろんじゃとも、ヒヒヒ」
翔花「どうして、ベッドの横に玉座があるの? 九州ではそういうのが当たり前なのかしら?」
ヒノキ「そんなはずがなかろう。本当は、わらわも玉座の間でこなっちゃんにあいさつしたかったのじゃが、何故かうちのゲンブと戦いになってしまい、疲労困憊したおぬしがベッドにずっと寝たきりになってしまったのでな。起きたらすぐにあいさつできるよう、ゲンブに命じて玉座をここに運んだのじゃよ」
翔花「ゲンブさんと戦いになった件はごめんなさい。でも、わざわざあいさつのためだけに玉座の必要性は感じられないの」
ヒノキ「仕方ないじゃろう。玉座であいさつをするイラストを描いてもらったのじゃからな。イラストを優先するなら、玉座の一つや二つ、ベッドの横に運ぶことに何の支障があろうや。大切なもののために玉座を動かす、これこそ誠の愛と正義のあるべき姿じゃ。これぞSuperior Sacrament、至高の聖体とも、略してSuSac、朱雀とも呼称され、南天を護りし者として日野木三獣士を従えし者の心意気と言えよう。阿蘇に眠る空の大怪獣ラドンと炎の力に掛けて、わらわは玉座をこの場に置いたことを微塵たりとも後悔しておらん」
翔花「う、うん、ヒノキちゃんの情熱の程は十分伝わったよ。じゃあ、もう一つ聞くけど、私がずっとベッドに寝たきりってどういうこと? 私、この間、ヒノキちゃんにバシルーラで飛ばされ、NOVAちゃんの部屋に帰って、妹の2号ちゃんといっぱいお話しして、仮面ライダーごっこもして、楽しく日常を満喫していたんだよ」
ヒノキ「ほうほう、それは何とも楽しそうな夢であったのう。 悪夢に苛まれるより良かったと言うべきか」
翔花「え、ええ? 夢って一体!?」
現実と仮想の境界にて
翔花「夢なんて、絶対おかしいよ。私は確かに、いつの間にかできていた妹の2号ちゃんとお喋りして、KPちゃんを交換して、いつの間にか家出していたNOVAちゃんの帰還を迎えて、それから2号ちゃんと録画したニチアサを見て、あ、プリキュアは録画してなかったから見れなかったけど、NOVAちゃんのシャドームーンを必殺のWショーカエクストリームで撃退して、とにかく他にもいろいろ覚えているのよ。あんなにはっきりした夢なんてありえない」
ヒノキ「ふむ、それはおそらく明晰夢という奴じゃ。そなたの関係者に、明晰夢を見る者はおらんかの?」
翔花「あ、そう言えば、NOVAちゃんがそんなことを言っていたような気がする」
ヒノキ「そうじゃろう。そなたの言うところのNOVAちゃん、すなわち我らが聞きおよぶところの伝説の魔術師、白新星どの。確か、そなたの契約相手であり、父親役を自認しているそうじゃの。昔から、精霊と恋人や愛人関係になる人間の話はよく聞くが、精霊の父親役を選択する男はなかなか珍しい。昔話の桃太郎やかぐや姫を、それぞれ桃の精、月由来の光竹の精と解釈するなら、老夫妻の孫として扱われるケースはたまに見かけるが。人間男が精霊少女を娘として養う話は何かあったかの? いや、この場合、精霊が宇宙人や怪獣、ロボットなどと拡大解釈する手もあるが」
翔花「他の話なんて、どうでもいい。NOVAちゃんは、翔花のパパとして娘の私たちをしっかり可愛がってくれるんだから、それで十分なの。いくらヒノキちゃんでも、NOVAちゃんを変わり者呼ばわりするなんて……あ、確かに変わり者だし、NOVAちゃんは普通呼ばわりされるよりも、変わり者と呼ばれる方が喜ぶ、オリジナリティを持ったクリエイター気質の変わった人だから、この場合、褒め言葉と解釈したらいいのか。フッ、変わり者だけど変態呼ばわりされると怒りそうなNOVAちゃんのこと、そこまで評価してもらえて、娘としては光栄だわ」
ヒノキ「何ちゅう論理展開じゃ。勝手に誤解して、勝手に怒り出そうとして、勝手に自分でブレーキ掛けて急停車して、勝手に路線変更して逆走し、勝手に自分で納得して結論にする。これが伝説の白新星どのの娘御の技か。この日野木アリナともあろうものが、一瞬、話の流れを見失い、呆然としてしまったわ。ヒヒヒ、お主、なかなかやるの。久々に技のキレを見せてもらった感じゃわい。まるでジャックさんとゼロさんの力をお借りしたような」
翔花「ああ、それ知ってる。確かオーブさんのハリケーンスラッシュって形態ね。光を超えて、闇を斬る。青くて、ランスを持って、素早い形態。いかにもNOVAちゃんの好きそうな形態だわ。パワータイプには憧れるけど、スピードタイプには感情移入しちゃう人だものね。だけど足の骨を折ってからは、昔みたいに機敏な動きはできなくなったから、知識や精神性で勝負しないと俺に生きる道はない、なんてポツリと口にしていた気もする」
ヒノキ「なるほど、新星どのの一押しはハリケーンスラッシュか。わらわは当然、炎使いのバーンマイト一押しじゃがの。タロウさんとメビウスさんの力をお借りして、紅に燃えるぜ! なのじゃ」
ヒノキ「紅に燃えるついでに、メビウスさんの雄姿も目に焼き付けておこうかの」
翔花「うん。ヒノキちゃんが凄く熱い想いを抱いたヒーロー魂溢れる花粉症ガールだってのは分かったの。だけど、今は仮想のヒーロー話に浸っている場合じゃない。私にとって大切なのは、NOVAちゃんとの大切な休暇の思い出が、ただの夢でした、で片付けられていいのかってこと。絶対あれは夢なんかじゃなくて、本当にあったことなんだから」
ヒノキ「やれやれ。夢だとか現実だとか、そういう区分けがそれほど重要なことのようには、わらわには思えんがの。自分で夢だと思えば夢なんじゃろうし、現実だと思えばそうなんじゃろう。所詮、人の世はうたかたの夢の如し。ならば我々、人の想いを具現化した精霊は、夢も真も等しく受け止め、心の赴くがままに在り続けるが良かろう。そう思わないものかの?」
翔花「NOVAちゃんだったら、そうは思わないよ、たぶん。夢は空、現実は大地。足元の地面をしっかり固めて、心の目はしっかり空へ、そして広い宇宙へ向けて羽ばたかせる。だけど現実と夢の区別はしっかり付けないと、社会で生きていけないって言うんじゃないかな」
ヒノキ「それは人の身に縛られているからじゃの。確かに一理はあるが、我らは精霊として人とはまた違った価値観を有すもの。そなたは生まれて間がない上、常に人と共にありしが故に、人と異なる存在の価値観に馴染まないのも分かる。じゃが、人と精霊はたとえ堅い絆で結ばれていようと、どれだけ愛を抱こうと、結ばれること叶わぬ間柄。人の短き情熱は、我らに一時の喜びを与えてくれようが、それとてうたかたの夢、泡沫の如しじゃよ」
翔花「そんなことない。たとえ、それがヒノキちゃんの価値観だとしても、今の私には受け入れられない。そんな話は聞きたくもないし、考えたくもないの。私にとって大切なのは、今のこの想い。明日、明後日、その後も続く大切な一瞬一瞬で、その先の遠い未来、人の寿命が尽きた先の話なんて、私には関係ない。今はただ、今の気持ちを抱えて生きていきたい。それがどうしていけないの?」
ヒノキ「いけないとは言っておらぬ。ただ、年経てもなお姿の変わらぬわらわには、人の世の移り変わりは刺激が多すぎての。どこかで距離を置いて達観せねば、心が摩耗してしまう。ならばこそ、人の作りし魂の文化、創り手が死して後も末永く残る映像や芸術作品に耽溺しても構わんじゃろう。じゃから、わらわは人の想いを精霊の世界にも継承すべき手段として、精霊ネットを構築した。全ては、人の想いを大切に扱わんがためじゃよ。我ら精霊にとって人の寿命はあまりにも短すぎる、儚いものであるが故、誰かが想い出だけでも語り継ぎ、後世に伝えないと、人と精霊の絆は忘れ去られる一方じゃからの。現実だろうと、夢だろうと、仮想だろうと、時に虚実相反しようとも、人の想い、それに育まれし精霊の想いの交わるところは皆同じ。それが、今のわらわの価値観じゃ。今すぐ、お前さんに理解しろ、とは言わんがの。むしろ、そなたはそなたの純粋な今の想いを大切にすればいい。それが未来への可能性を創造するやもしれんからな。ヒヒヒ、いささか喋りすぎたようじゃの」
翔花「う〜ん、何となくフワフワと伝わってくるものはあるんだけど、私にはよく分からない。結局、夢なのか現実なのか、はっきりして欲しいんだけど」
ヒノキ「そなた、夢の中で、いや記憶の中でと言ってもいいがの、ガンダルフの名を口に出しはしなかったか? 寝言で『灰色のガンダルフが白のガンダルフに昇格したのと同じくらい、劇的な変化を遂げた』とか言っていたようなのじゃが、覚えているかな?」
翔花「う〜ん、言ったような気もするし、よく分からない。だけど、翔花は生まれてから、小説の『指輪物語』も映画の『ロード・オブ・ザ・リング』も読んだり見たりしていないのだから、そんなことがとっさに言えるはずがない。それとも、NOVAちゃんの魂の影響なのかしら」
ヒノキ「そういう辻褄の合わないときは夢だと考える、とは誰の言葉じゃったかな。もちろん、夢と現実は完全に二分されるものではなく、明晰夢が時に予知夢や、過去の記憶が混ざり合ったもの、時に未来からの啓示であることなど、しばしばじゃからな。わしは夢や幻についても長年研究して来て、人の心や無意識についても考えて来たから。副業として悪夢狩人(ナイトメア・ハンター)を名乗ったこともある。同業者の麗夢ちゃんなんかアニメにもなった」
翔花「はあ、夢や幻の専門家さんなんだ。それに炎や空を司って、精霊ネットを構築して、随分といろいろな技を持ってるのね、ヒノキちゃんは」
ヒノキ「さらに南郷流の剣術や拳術の継承者でもある。熱い想いを鎖で繋いでも今は無駄じゃよ。邪魔する奴は指先一つでダウンってことも可能じゃな」
翔花「本当に?」
ヒノキ「疑うなら、この場で試してみるかの。喰らえ、朱雀幻魔拳!」
翔花「え、ヒノキちゃんの人差し指が私の額に向けられて……キャアーーーーーッ」
幻夢
悪夢の魔物「ケケケケケイソーン!」
翔花「え、もしかしてケイソンさん。これは夢? 過去の記憶? どうなってるの?」
NOVA「翔花、こいつは危険だ。お前の手には負えない。今すぐ逃げろ! こいつの相手は俺が何とかする!」
翔花「あ、NOVAちゃん。何だかボロボロになって倒れてる。バカね。そんなNOVAちゃんを置いて、私一人で逃げられるはずがないじゃない。一緒に戦うわ。ブルーアイズで何とかなるわよ」
NOVA「ブルーアイズは使用不能だ。理不尽だろうが何だろうが、これがこの悪夢のルールである以上、俺には手が出せない」
翔花「だったら、これよ。アストロモンスさんの力を借りて、チグリスウィップ、そしてもう片手にチグリスニードル。武装生成完了。過酷な九州の灼熱の中で習得した初歩的な火炎術も付与して、チグリスニードル・フィンガーボムズ! ブルーアイズの力に頼らなくても、基本技だけでここまでできるようになったのよ」
NOVA「おお、やるな、翔花。炎をまとった針弾が5つ、ケイソンの姿を借りた悪霊に放たれ、殺人鬼の巨体を劫火で包み込む。父親として娘の花粉症ガールが成長してくれて嬉しいぜ」
翔花「解説とか感激とか、そんなことは置いておいて、今は何とか逃げてよ。NOVAちゃんがそこでボロボロで倒れていると、戦いに集中できないんだから」
NOVA「俺のことは心配するな。それより、しっかり集中しろ。奴はただのケイソンなんかじゃない。ケイソンだったら、中身が俺の過去の少年、秀だって分かっているから、俺だってここまでボロボロにはならねえ。奴の正体は、暴走した炎の魔神、その名も……」
翔花「な、何? 炎に包まれたケイソンさんの体がひび割れ、中から出て来たのは……ローグ?」
NOVA「そう、ひび割れと言えば2018年6月の俺が最も好きなダークヒーロー、げんとくん……って、そんな訳があるか。 俺はげんとくんの感想は何度も書いたことがあるが、自分の創作小説の中に登場させたことは一度もない。登場させるとしたら番組終了後だ、たぶん。とにかく、奴はげんとくんではなく、炎をまとう暴走魔神にして、少年の愛と哀しみを内に宿した、ヒーローになり損ねた存在として、俺の記憶にはまだまだ新しい。闇堕ちヒーローにして、ラスボスクラスな大物。その名は……」
翔花「あ、ああ、これがもしかして、伝説の……」
ラーリオス!?
ヒノキちゃんの朱雀幻魔拳によって、悪夢の世界に閉じ込められた翔花は、まさかのラーリオスと対峙することになった。
NOVAの10年前の創作作品と、現在進行形の創作作品が、時空を超えて激突するのか? 未完の作品に希望はあるのか? つづく
(一応、バトル物なので戦わせる次第。完)