White NOVAのNEOスーパー空想(妄想)タイム

主に特撮やSF、TRPGの趣味と、「花粉症ガールというオリジナルキャラ」の妄想創作を書いています。

商売人25話「毒を食わせて店食う女」&最終話「毒牙に噛まれた商売人」

 番組改編期なので、一日で2話分放送。
 幸い、時間帯の変化に気付いたので、録画をミスらずに済みました。
 後番組は、韓国ドラマの『朱蒙』。まあ、人気ドラマかもしれませんが、必殺ファンとしては残念。どうせなら『必殺!最強チル』だったら、ネタとして視聴を続けていたかもしれないのに。
 ともあれ、「商売人」追跡は今回で終了。
 まあ、必殺ネタは、まだ書きかけの記事もあるし、「2010(仮)」もあるので、不定期で続けていく予定ですがね。
 「大怪獣バトル」も終わったので、4月以降のブログ記事をどうするか、現在考え中ってことで。

25話

 ええと、最終回と合わせて、「毒毒シリーズ」の1つめ。
 主水が懇意にしている料亭が、食中毒事件を出してしまい、1年間の営業停止。何だか、中国餃子のネタとタイムリーな感じですが、本作は30年以上前の話なので、当然、風刺の意図はございません。
 で、1年も営業停止なら、いっそのこと店を売って田舎に引っ込もうか、と考える主人。そこに上方の大店のおかみが現われて、正八や、秀英尼をつてに、3000両の代金で店を買いとるのですが、実はいろいろと裏でややこしい陰謀があって、料亭主人が殺害。娘は金も受け取れないままに店を追い出される危機に。商売人メンバーの調査で、悪女の上方おかみ他、食中毒事件の犯人である料亭の板前その他の悪事が判明。
 そして頼まれもしないのに、親切心から、悪党を始末する流れですね。


 物語としては、「悪党連中の、ずいぶん手の込んだ店乗っ取り」がポイント。そのために、板前さんが半年かけて、店で働いて信用を勝ち取るのですが、別に悪事に手を染めなくても、そのまま店の跡継ぎになれるところまで行ったのに、店を継ぐことよりも、金をせしめることを優先してしまうのが、ちょっと不可解。
 まあ、意外は意外な展開なんですが、トリックのためのトリックという感じで、ずいぶん杜撰な悪党の計画に思えます。そもそも、「1年間の営業停止」という奉行所の沙汰だって、不確定要素ですよね。もしかすると「3ヶ月の営業停止」で済んでいたかもしれないし。


 悪党の計画の杜撰さよりも、問題なのは、商売人のプロ意識のなさ。
 前回もそうですが、今回も、依頼人はなし。
 前回は死んでいく娘の遺したお金を頼み料と解釈して、仕事に持って行ったのですが、
 今回は、秀英尼が大店おかみから受け取った店紹介の仲介料を、正八が無理矢理奪って、頼み料にする顛末。
 要するに、「誰も恨みを晴らしてくれと頼んでいないのに、勝手に事件を調査して、悪党の企みを知って、個人的な感情で事を起こす、思い上がった『正義の味方』」に堕してしまっているんですね。
 この時点で、プロフェッショナルなチームの看板が有名無実となっているわけで。
 ま、だから最終話の流れになっていくわけですが。


 なお、この話の見どころは、秀英尼さんに妙にスポットが当たっていること。
 尼僧服姿で、酔っ払って陽気に踊っているなど、いつもよりテンションが高まってます。
 で、実は「殺し屋の娘で、裏稼業も先刻ご承知」という隠し設定が、最終回で披露されるのですが。
 だったら、もっと話に深く関わっても……という意見は、後に、尼寺が殺しを依頼する『仕舞人』や、元締めの娘の春光尼が元締めを継ぐ『橋掛人』で実現することに。
 でも、坊主が殺し屋って必殺はあるけど、尼さんが殺しに手を染める必殺はないなあ*1

最終話

 「毒毒シリーズ」第2弾……って、イヤな言い回しですな(苦笑)。


 ええと、この話、最終話だけあって、いろいろ語れるのですが、
 前話感想からの流れですと、科特隊のフジ隊員こと桜井浩子さんが尼さん姿のおりんに扮して、勘定奉行を必殺「糸返し」で始末する、というオープニングがまず、ポイント。
 ただし、実際の殺しのシーンが描かれたわけじゃないので、「糸返し」がどのような技かは、推測するしかないのですが。血が流れる技なので、絞殺よりも、むしろワイヤーで切断する系統なんでしょうね。


 で、本筋なんですが、勘定奉行殺しの下手人を求めて、奉行所が大々的な捜査を敢行。
 江戸の殺し屋の総元締め・蛭子屋は、奉行所との裏取引で、無実の罪の商売人おせいを犯人に仕立てることで、事態の鎮静を図ろうとするわけで。
 もっとも、実は、諸悪の根源は、蛭子屋と、その愛人のおりんだったわけですが。


 前作「新・仕置人」からの流れだと、江戸暗黒街の総元締めは虎さんだったわけですが、寅の会壊滅後、結局、小物の外道殺しが闇の世界を牛耳るようになったみたいですね。
 主水さんも、裏稼業のベテランながら、「俺は殺し屋の組織は信用しねえ」と言ってます。まあ、虎さんとの接点も少ないですし、それ以前の殺し屋組織だと、「仕留人」時代の仕上げ屋とか、「仕置屋」時代の市松絡みとか、もっぱら抗争相手といった認識しかないのでしょう。
 初めて、主水が元締めの下についたのが「仕事人」になるわけで、基本的に、主水は大規模な殺し屋組織よりも、零細企業感覚で働く方が性に合っている感じです。まあ、例外としては、一部劇場版の他に、大奥の人が元締めを務める『激突』時代があるのですが、あまり権力者の走狗にはなりたくないのでしょうな。


 そして、この話、「仕置屋」以降の最終回にありがちな「殺し屋組織の抗争による組織崩壊」を描いております。
 で、商売人チームを狙う殺し屋に対する反撃話なんですが、基本的に主水以外が「江戸から逃げる」という選択肢がプロの選択肢としては、正解なんですね。
 それでも、正八が殺し屋組織の理不尽な仕打ちに、感情的に憤りを示し、
 プロのはずの新次が、おせいを罠にはめられたという感情的理由で、単身、死地に赴いた、と。
 このラストの展開は、これまでの他のシリーズ、「仕置屋」「仕業人」「新・仕置人」の最終回に比べると、若干、説得力を欠く感じです。他のシリーズだと、仲間が敵に捕らわれ、その救出に際して犠牲者が出る形なのですが、本話の場合は、そこまでの急を要する危機ではない。
 新次がおせいと一緒に逃げる、というのが、大人の殺し屋としては一番、無難な終わり方なんですね*2
 でも、新さん、おせいを守るため、そして殺し屋としての筋を通すべく、たった一人で乗り込んじゃった。どちらかと言えば、主水シリーズよりも、むしろ「からくり人」のラストを想起させます。仲間を守るために、たった一人で、情に突き動かされて……。


 もちろん、新次が一人で決着をつけに行ったことには、理由があります。
 おせいは敵のターゲットですし、八丁堀は子供が生まれたという事情から世話を掛けたくない。ケリを着けるためには、一人でやるしかなかった、と。ドラマを外から見て、効率優先で考えるなら、「仲間同士で協力して」とか「逃げたら良かったのに」とか、賢こぶったことは言えます。でも、そういう機械的判断よりも、あえて愚かな行動に走らざるを得ない「想いの昂ぶり」が、どれだけ描かれているか、が本話のポイントですね。
 そして新さんの水中での戦いは、やはり「からくり人」の藤兵衛さん(芦屋雁之助さん)を想起させます。惜しむらくは、「糸返し」のおりんさんがあっさり船上の奇襲攻撃で殺されたこと。殺しそのもののドラマツルギーを魅せるなら、むしろ、おせいVSおりんの女の戦いを描くべきだったのでは? とも思いますが。
 新さんは、結局、おりんと、敵ボスの蛭子屋は、さして苦戦することなく倒して、目的達成します。でも、その後、手下の復讐にあってしまい、水中での奮戦むなしく、多勢に無勢で、背中に刀傷を受けた後、蛭子屋と結託した同心・根来の矢を首筋に受けて絶命。


 仲間が死んだ後、最後に決着をつけるのが主水さん。
 これまでは、保身のために腰が重くて仲間からの非難を受けたり(「仕置屋」「仕業人」)、お前は切り札だからと出陣を止められたり(「新・仕置人」)、いろいろと感情的な葛藤の多い主水さんでしたが、
 今回は、新次の方の勇み足が原因で、駆けつけたときには遅かった、という流れ。
 やむなく、新次を射殺した同心・根来(ディケイド版死神博士こと石橋蓮司さん)をめった斬りにします。曰く、「あんたは知りすぎたんだよ。知りすぎた人間は殺される……殺し屋の掟を教えてやろう」


 そして、なかなか帰ってこない新さんの様子を見に来たおせいですが……草笛さん、3度目の悲劇ですね。
 政吉の死、直次郎の死につづいて、またも愛する者と死に別れるわけで。
 「師匠、お前も無粋な女だな。あの色男はようやく一人になれたんだ。冥土まで追っ駆け回すこともないじゃないか」
 粋な言葉で、後追い自殺を制止する主水さん。こういったセリフ回しが、通好みな一作。


 ラスト。
 帰宅した主水を待っていたのは、葬式の場面。
 この辺、以前、初視聴時に「死んだのはりつ」だと勘違いしたと書きましたが、今回、改めて見て、「そりゃ勘違いするわ」と納得。
 まず、赤ん坊ですが、劇中一度は「オギャー」と泣き声をあげていたんですね。つまり、厳密には流産でも、死産でもなく、「生まれた後で、力が尽きて死んだ」形になります。こういうのは、何て言うんでしょうかね? 
 次に、セリフ回しだけでは、主水がおせいについた嘘も含めて、誰が死んだのか、はっきりしません。
 分かるのは映像をじっくり見て、「横たわっているりつには白布がかけられておらず、仏壇前の白布を、主水さんがちらっと見て、悲痛な表情を浮かべるシーン」で察することができるか否か。セリフではなく、一定以上の映像解釈能力が求められるわけですね。
 今だと資料本を見たり、録画してそのシーンを何度も見たりして納得済みなわけですが、
 仮に前知識がなく、一見パッと見だけなら、今見て正確に「りつではなく、子供が死んだのだ」と理解できたかどうか、自信がありません。それぐらい、分かりにくい描かれ方だったと思います。


 まあ、それだからこそ、そういう解釈を知って、映像を見返すと、なるほど、とセリフの奥に込められた内面的心情にポンと手を打てるわけですが。表面だけでは分からない、通好みの奥深さがある最終回ってことで。

*1:現代版必殺漫画の『ブラックエンジェルズ』では、催眠術で相手を死に追いやるクリスチャンの尼さんが出てくるけど。

*2:ある意味、仕事人的ラストがそう。