Shiny NOVA&晶華のNEOスーパー空想(妄想)タイム

主に特撮やSFロボット、TRPGの趣味と、「花粉症ガールというオリジナルキャラ」の妄想創作を書いています。

中村主水=藤田まことさんを偲びながら

 伊福部昭氏や、曽我町子氏など、訃報を聞いたときに何かを書き残したいと思った人は、今までもいた。
 ただ、今回の藤田さんはそういう方々と並べても、別格に感じている。
 だって、フィクションでも、人の生死について真剣に考える機会は、さほどない。いや、作劇上の斬られ役などで、記号的な死ならいくつもある。でも、そういうドラマにおいて、死というものは、さほど重く論じない方向で作られている。
 「人を殺すことの是非」、こんな物を真正面から論じてきた殺し屋の物語。それが何十年も映像作品として続いてきたのは、必殺シリーズの一つの意義と言えるだろう。
 そんなことを真剣に考えさせてくれた作品と、役者について、自分の思い出話を語ってみる。

邂逅編

 自分は、思春期を、必殺シリーズを見て過ごしてきた。
 世代としては、人気の盛り上がってきた時期と言える『新仕事人』から『仕事人III』に掛けてが、初遭遇となる。
 大体、小学校高学年で、それまで好きだった特撮よりもアニメをリアルと感じ、そちらに目が行くようになっていた時期。でも、周りでは、アニメ以外の話題もちらほら聞こえていた。
 指の間にえんぴつをはさみ、シャキーンと効果音を立てて回す奴。
 何だか、口から何かをつまんで、キーッと効果音とともに、引き伸ばして、両手で糸みたいなものをたぐりよせたりしながら、突然、投げるマネをして、それから首をしめるようなアクションをする奴。
 時々、チャララーと例のフレーズを口にしてから、「おもいでのいとぐるま♪」のメロディを歌う奴。
 そういう連中が、一人だけじゃなく、一体、何の世界なんだ、これは? と戸惑いを感じた時期があった。


 で、どうやら、それが『必殺仕事人』というタイトルの作品と理解したときは、番組は終了し、次の『仕舞人』が始まっていた。
 でも、それが時代劇という認識はなかったんだね。何だか、仕事人はサラリーマンの話、仕舞人は踊り子の話で、自分のツボにハマる世界観だとは思わない。ただ、気にはなったので、新聞の番組紹介欄などをチラチラ見るほどには意識していた。
 そして、始まる『仕事人III』(その前のスペシャル「仕事人大集合」には気付かなかった)。
 「殺しを見たのは受験生」というサブタイトルにビックリし、これは何かのサスペンスドラマか? なんて勘違いしたりもした。メインの登場人物が「中村主水」。これが読めずに、「なかむらしゅみず」と読んだりもしていた。親に「仕事人って何?」って聞いたこともあって、「なかむらもんどだろう?」という返答を受けても、よく分からず、しばらく「もんど」と「しゅみず」が同じだとは気付かずにいた。
 それだけ、興味を持っていたんだったら、実物を見ろよ! というツッコミもあるかもしれない。でも、金曜の夜10時という時間帯は、小学生の子供にはまだまだ敷居が高かったわけで。
 それに自分、物を直接見る前に、書籍などで先行情報を見たりしながら、ある程度の研究というか予習をしてから見る性質の子供だったもので。ウルトラも、ライダーも、ゴジラも、シリーズ物は先に出版物から入った。戦隊だけは、物心ついた当時、元祖のゴレンジャーが始まった辺りで、関連出版物もあまりなかったため、直接見ることから入ったけど、映像よりは書籍での解析の方に重心を置いていたわけだ。


 でも、必殺って、子供の視野には、関連書籍が見えなかったんだね。
 だから、外堀を埋めるのに、なかなか時間が掛かっていたりする。
 結局、初めて実物を見たのは、現代版スペシャルの『仕事人VS暴走族』だったりする(笑)。大晦日で夜更かしもできるわけだし、「現代版」という表記を見て、初めて必殺が「時代劇」であったことを推測するなど、いろいろ収穫もあったんだけど、この話って、本編の時代劇を知っている人じゃないと、面白さがよく分からないだろうね。
 何で、ただのカラオケ仲間が警察を頼らずに、暴走族と殺し合いをするんだ? とか。
 いろいろ疑問に思いながら、初めて見た本編は、14話『婦女暴行を見たのはおりく』だったと思う。小学生の子供が何てサブタイトルの話を見る気になったんだ? ってツッコミどころ(爆)。
 ちなみに、その頃の自分は、当然、純情だったので、女の人が襲われる、そういったシーンは、恥ずかしくて目を背けていた。で、ひどい目に合わされた被害者の仇を討つため、「正義の味方」の仕事人が、格好良く悪い奴をやっつける痛快時代劇だって理解をした。
 ああ、少し前に、級友たちが真似をしていた、かんざしとか、三味線の糸って、こういうことだったんだ、と納得した。すぐに、自分でもマネをするのに飽きたらず、そういうキャラの活躍するお話を紙に書いたりもした。キャラ名「久津四五人(ひさつ・しごと)」って何なんだろうね(笑)。


 で、自分は西順之助のエレキテルなんかも好きだったんだけど(何だか仮面ライダーストロンガーみたいで)、仕切っている主水さんがしばしば、「今回の仕事は、ガキの出る幕じゃねえ」みたいな感じで、止めたりするのが不満だったりもした。
 何だよ、ガキって? 大人がそんなに偉いのかよ? 自分だって、もうすぐ中学生。大人料金だぞ、って妙な張り合いをしていた(爆)。いや、口に出したりはしないけど、何となく、そんな気分を感じていた反抗期の入りかけ。
 でも、まあ、そういう説教親父の主水さんがいるから、順之助、そして自分もいろいろ学べるんだな、と思ったりもしていた。
 しかも、子供相手に年長の大人として、偉そうに、厳しくも優しい言葉を言っている主水さんが、家庭では「種無しかぼちゃ」*1といびられ、職場では「役立たずの昼行灯」と蔑まれる姿は、自分の印象では、「ああ、立花のおやっさんかあ」とか、「ゴレンジャーの江戸川総司令(スナック・ゴンのマスター)かあ」と感じさせる面があった。格好の悪い普段の姿を隠れ蓑に、実は格好いい変身後の姿を持っているおじさんってのは、子供心には憧れの大人って感じがした。
 まあ、普段から格好いい、秀さんや三味線屋には、普通に憧れを持っていたんだけどね。自分は基本、秀派で、三味線屋の遊び人要素は、純情奥手な自分には相容れなかった。
 でも、しばしば悪人どもの密談を、吉原なんかで偶然、耳にしたりする様子は、「ああ、こういうキャラじゃないと、分からない情報もあるんだな」と理解はしていた。主水は奉行所で、順之助は友人関係や書物知識で、秀は屋根裏などに忍び込んで、加代はお喋りを生かした聞き込みで、おりくさんは異常に詳しい闇世界の噂で、それぞれ情報収集に貢献して、もつれた事件の糸が一本につながっていく様子は、ミステリーとしても面白いと思った。


 そして、最終回。
 「淋しいのは主水だけじゃなかった」
 もう、これが、順之助に自分を投影したNOVAと、主水の初のお別れ。
 せっかく知った世界にも、こういう形で最終回を迎えなければならないなんて、と本気で哀しく思った。

再会編

 続く『必殺渡し人』。
 これはこれで、大吉のレントゲン殺しとか、光るダイヤの指輪の首切りなど、ハマる映像はあったけど、やはり秀や勇次には及ばないなあ、と感じながら、見たり見なかったり。いつの間にか、殺しのテーマが変わったり、中村雅俊の似合わない赤フンギャグに最後までなじめなかったり、違和感を覚えながら、番組終了。


 そして、待ちに待った『仕事人IV』。
 予告編で、順之助の言う「いよいよですね」だったか、そんなセリフが自分の心情と相まって、期待を高めていった。
 でも、このシリーズでは、どんどんギャグキャラにシフトしていった順之助には感情移入できなくなって、それよりも養い娘、お民ちゃんとの関わりで、どんどん人間味が深まっていた秀に、どんどん関心が募る。そもそも、不慣れとは言え、エレキテルで殺しに参加していた順之助が、前座の石打ち係に格下げされたので、下っ端感が強まっていったと言える。
 IIIではドラマ的に描かれていた彼の成長が、IV以降では頭打ちになり、精神的には、中学生になっていった自分の方が成長していったと感じられたのだろう。


 そして、この頃には、映画と、その時に買ったパンフレットの影響もあって、「中村主水」の歴史の断片を知るに至る。子供の時から、シリーズ物の系譜を辿る研究は好きだった。
 順之助にはさかのぼる系譜はなくて、三味線屋も比較的、新顔。秀は、仕事人当初からの顔で、そして八丁堀。自分が知るよりも、10年も前から裏稼業を始めていて……こういう取っ掛かりがあると、いろいろ知りたくなるのが自分でして。
 中村主水の名前と共に、彼の仲間だった「鉄」「錠」「糸井貢」「大吉」「市松」「印玄」「剣之介」「又右衛門」といった歴代殺し屋の名前と役者、殺し技、表の稼業や、パンフ写真から予想されるキャラ配置(クール系とか、人情系とかは役者の顔を見れば、ある程度推測できる)など、子供がヒーロー図鑑や怪獣図鑑を覚えるように、記憶していった。
 比較的早い時期に、見ることができた過去作品が『必殺商売人』で、今と同じサンテレビの再放送。でも、中学生の自分には、理解できないことも多かった。
 あと、理解困難だったのは、『新仕置人』のキャラ配置。鉄は分かるし、正八とおていが情報屋なのも分かる。でも、巳代松、虎、死神の立ち位置がどうなってるのか、パンフ写真では分からず。そもそも巳代松(みよまつ)って字も読めなかったし(笑)。あ、もっとひどいことに、写真だけでは、誰が巳代松で、誰が虎で、誰が死神かも分かっていなかったな。ええと、初めは、優しそうなご隠居風の虎を巳代松と思い、死神を虎と思い、巳代松を死神と勘違いしていたっけ。それぞれの役者の顔も知っていなかったから、名前と武器のイメージを、役者に合わせて分かったつもりになっていた。だって、あのお爺ちゃんが棍棒で人を殴り殺すなんて思わないじゃない? 扱うなら鉄砲だろうとか、いろいろ理屈付けて想像していた。
 さらに理解困難だったのは、『うらごろし』。先生とか、おばさんとか、若って、どういうキャラネーム? どこかの長屋か何かが舞台? まともな名前が正十だけで、おねむってのも変わってる。


 それと、伊吹吾郎氏演じる「畷左門」も、「なわて」って読めなかったなあ。
 ……とまあ、分からないことばかりなのを、少しずつ情報集めて、知識を補完するのが楽しかった中学、高校時代だったりします。ある程度、全体像が判明したのは、やはり24年前の「当たるトラ年!」のスペシャル番組だと思う。その辺で、過去の必殺シリーズの歴史を振り返るみたいな企画があったと記憶する。それと、シリーズの人気沸騰に合わせて、再放送も頻繁に行われて、マニア道突入を自覚していった時期。
 で、主水シリーズは割と再放送されやすいので、なかなか見られずに視聴に苦労したのは、『仕事屋』と『からくり人』関係。後は、『渡し人』もレアな感じがする。まあ、それでも、大学時代にはレンタルビデオなどもあって、シリーズとしては一通り、チェックできたな、と思う。
 この辺の知識の補完する経緯を語ると、さらに長くなるので、割愛。
 そもそも、もはや中村主水の話ではなくなっている(爆)。


 ええと(汗)、この後、どういう風に話を展開すればいいかな? 
 やっぱり、自分の中村主水追跡記憶にするべきなんだろうけど、思い出すと涙が出てきそうなので、「涙をふいてお出で直す」ことにします。
 陰膳すえて、待っておくんなせえ。(つづく)

*1:子供にはこのフレーズも意味不明だった。